テラーノベル
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「とても思いつめた様子で……僕の知っているウールウォードという女性は、リリアンナという名ではないかと聞かれたんだ」
疲れたように吐息交じりで落とされた言葉に、ランディリックの眉がピクリと動く。
「……ウィル、セレノ殿下にダフネを引き合わせたのか?」
今の物言いは、先にセレノとダフネが話していなければ成立しない。どこかで二人が自己紹介をし、フルネームで名乗り合ったからこそ、ダフネはセレノが〝ウールウォード〟と言う名を冠した女性と縁があると知り得たに違いないのだから。
「いや、わざわざそんなことをするはずがないじゃないか」
これにはウィリアムも困惑した顔で否定する。その様子は嘘をついているようには見えなかった。
「……ペイン卿は悪くないよ。たまたま……この屋敷へ着いてすぐ、庭で水汲みをしていた彼女と出会って少し話したんだ」
ウィリアムの戸惑う様に、セレノが助け舟を出す。
「その時、ペイン卿は荷下ろしの采配をしている真っ最中だった」
セレノの言葉に、ウィリアムが息を呑む。
「俺が目を放してる隙にそんなことが……」
下働きをさせているダフネは、ペイン邸では一番下っ端だ。必然的に皆がやりたがらないつらい仕事――水仕事をさせられていることが多いのは、ウィリアムもこの家の主として知っていた。
邸内には厨房に汲み上げポンプ式の上水道が完備されているけれど、衣服を洗ったりは街中の共同水場へ行くことが多い。だが、ちょっとしたことならば庭の片隅に設置してある水場を使うこともある。
例えば拭き掃除のためのバケツへの水汲みなどがそうだ。
セレノの話によると、ダフネは手にバケツを持っていたらしいので十中八九掃除の最中だったのだろう。
「すまない。ランディ。結局のところ……やはり僕の監督不行き届きだ」
セレノとともに自邸へ着いた際、ダフネの位置を把握しておかなかった俺が悪かったと、自身を責める様子の友へ、ランディリックは小さく吐息を落とした。
「……ウィル。さすがに僕もそこまでキミに求めたりしないよ」
ペイン邸にだって沢山の使用人がいる。ましてや長旅を終えて訪問したばかりの客人――セレノを迎える準備でてんやわんやだったはずなのだ。
この家の主たるウィリアムも相当に忙しかったはず――。
執事や侍女頭なども手伝ってはくれただろうが、その彼らに指示を出すのもまたウィリアムなのだ。
そんな混乱の最中に、要注意人物とはいえ、たった一人の侍女を監視しておけというのは酷な話である。
いくら腹立たしく思っていても、それくらいの分別がつかないランディリックではない。
「まさかちょっとした侍女との会話が、こんな大事を引き起こすとは思わなかったんだ。すまない」
そうして、セレノが本当に申し訳ないと言った様子で頭を下げたことで、ランディリックはどんどん冷静になれた。
「不可抗力です。殿下もお気になさらず。わたくしが取り乱したせいでお二人に要らぬ気遣いをさせてしまったようでこちらこそ申し訳ありません」
ランディリックが深々と二人に頭を下げたと同時、ウィリアムとセレノが驚いたように息を呑んだ。
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