渡辺side
びっくりした
無意識に漏らした名前に返事があって、慌てて取り繕った
バクバクと音を立てる心臓に、あぁまだ好きなんだ、なんて再確認させられる
諦めの悪い自分に辟易としつつも、それでも話せたことが嬉しいと思ってしまうのを止められない
高揚する気分と、自己嫌悪とが入り混じって、大好きなあべちゃんの話が半分も入ってこない
「あ、これ翔太好きでしょ?」
好き、という単語に反応して、今度はやけにハッキリとあべちゃんの声が聞こえるようになる
「え……うん、よく覚えてるね」
なんで?なんで覚えてるの?覚えてくれているの?
「それくらい当たり前だよ」
おれの好きなものを1つでも覚えてくれていることに舞い上がって、でも、そういう期待を持たすようなことしないでよって怒りたくもなって
どちらも隠さなきゃって思って、 笑ったおれの顔は今日も作りものだ
「翔太の好きなもの食べてる時の顔って、幸せそうで癒されるんだよね。だから自然と覚えちゃう」
頭の片隅に存在しているという嬉しい甘さと、でも、唯一の存在にはなれなかったという抉られるような痛みとが同時に襲いかかる
「なんだよ、それ笑」
それでもほんの少し甘さが上回り、気分が少し上向きになる
でもそれもほんの泡沫の夢で
「あ、これ佐久間が好きなやつだ」
その一言で気分は一気にどん底に落ちる
「…っ…へぇ、そうなんだ」
「うん、最近2人でよく食べるんだ」
その笑顔が今のおれには眩しすぎる
「お、おれ、飲み物買ってくるね」
「そう?いってらっしゃい」
「うん、あ、あべちゃんも何かいる?」
「ん?俺はいいよ。ありがとう」
「そっか、了解」
もっと長く話していたいって思うのに、耐えられなくなってその場を逃げ出す
楽屋を出る間際、心配そうな目をしためめと一瞬目が合う
おれが勝手に避けているのに、純粋に気にかけてくれる優しさに胸が痛む
自販機の横のベンチで1人ぼーっと佇む
頭も体も重たい、、、それに心も
気分の浮き沈みはまるでジェットコースターで、乗り物酔いをしたかのように眩暈がする
冷たい水を目元に当てて落ち着くのを待って、習性になってしまった笑顔を貼り付けて楽屋に戻った
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かなしい。 むね、きゅっとなる。