テラーノベル
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王城の自室に戻っても、私の体の震えは一向に収まる気配を見せなかった。
重厚な扉が閉まり、外の世界の喧騒が遮断された瞬間。
アイン様は私の震える肩をそっと抱き寄せ
まるでもう二度と離さないと誓うような強さで、私を柔らかなソファへと誘った。
「シンデレラ、大丈夫か。……酷い目に遭わせたな。あいつらに無理やりなにかされたり、他にもどこか怪我をさせられたりしていないか?」
アイン様は、自らの左頬が赤紫に腫れ上がっていることなど
まるで視界に入っていないかのようだった。
彼は私の両手をそっと取り、冷え切った指先を自らの熱い掌で包み込む。
その瞳に宿っているのは、叔母たちへの激しい怒りよりも
私を心底案じる深い慈しみと、狂おしいほどに濃厚な庇護欲だった。
「顔色が紙のように白い……。今すぐ温かい飲み物を用意させる。それとも、少し眠るか?俺が側に付いているから、何も心配しなくていい」
大きな手が私の頬を包み込み、指の腹でこぼれ落ちる涙をそっと拭う。
その手のひらから伝わるあまりの優しさが、今の私には鋭い刃のように胸に突き刺さった。
「……っ、やめてください、アイン様……!」
私は逃げるようにその手を振り払い、弾かれたように立ち上がった。
視界が涙で滲む中、震える手で救急箱を取り出し、彼に詰め寄る。
「どうして……っ、アイン様のお顔に、こんな……酷い傷をつけてしまったのに。私の、私のせいなのに……っ!」
私は涙しながら、冷たい水に浸して固く絞った布を彼のアザへとそっと押し当てた。
布越しに伝わる彼の体温が、私の罪悪感をさらに煽る。
アイン様は痛みに眉をひそめることさえせず、ただ黙って
私の乱れた呼吸と、必死に動く指先をじっと見つめていた。
「ごめんなさい…ごめんなさい、アイン様。私のせいで、社交界という晴れ舞台で、あんなにも無様な笑いものになってしまって…やっぱり、私のような『灰かぶり』が、貴方の隣にいてはいけなかったんじゃ…っ」
アイン様の頬を冷やす私の指先が、絶望に激しく震える。
彼を想えば想うほど、自分の不遇な生い立ちが彼を汚す「呪い」のように思えてならなかった。
私のせいで彼が傷つくくらいなら、いっそあの日
助けてもらわなければよかったとさえ、一瞬だけ過ってしまう。
「シンデレラ、それは違う。俺が勝手にやったことだ。君が責任を感じる必要なんて、どこにもない」
アイン様は静かに言った。
その声には、地を這うような重低音の響きと、揺るぎない決意が込められていた。
「君を傷つけようとする者には容赦しない。たとえ相手が誰であっても……それが君の血縁だろうと、高貴な令嬢だろうと、俺にとってはゴミ以下の価値もない」
「でも……私が弱いせいで、アイン様まで泥を投げられるような巻き添えに…っ」
「違う」
アイン様の長く節くれだった指が
私の顎を優しく、けれど拒絶を許さない力強さで持ち上げた。
強制的に視線が重なる。
琥珀色の瞳が、射抜くような真剣な光を湛えて私を捉えた。
「俺は王子として生まれた。持てる限りの特権と、誰にも負けない権力がある」
「だが、その力を──自分のたった一人の大切な女を守るべき時に使わないのなら、そんなものに何の意味もない」
私の目から、再び大粒の涙が溢れ出した。
彼の言葉が、冷え切った胸の奥深くまで熱い毒のように、あるいは救いの光のように染み渡っていく。
「アイン様…っ、ごめん、なさ…ありがとうございます……っ」
「君は誰よりも強い。あの地獄のような日々を生き抜き、俺の隣で完璧に振る舞ってみせた。ただそれを、自分自身で認められていないだけだ」
「だからそんなに…自分を責めないであげてくれ」
アイン様はそう言って、私の乱れた髪をゆっくりと撫でた。
その手つきは驚くほど優しくて、けれどどこか
小鳥を慈しむような、独占的な温かさに満ちていた。
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