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23
少しだけ笑い声が戻ったあと。
阿部は、ふと一つの疑問に気づいた。
「……でもさ」
みんなを見る。
「俺が望んだから、この夢ができたんでしょ?」
「うん」
目黒が頷く。
「じゃあ、なんでみんないるの?」
誰もすぐには答えなかった。
阿部は首を傾げる。
「だって俺、最初は一人だったじゃん」
目を覚ました時。
誰もいなかった。
知らない部屋。
大量の段ボール。
自分の名前以外、何も分からなかった。
それなのに。
少しずつ。
一人ずつ。
みんなと出会った。
「俺が寂しいって思ったから、夢がみんなを作ったの?」
その問いに。
目黒が静かに首を横へ振った。
「違うよ」
「……違う?」
「俺たちは」
目黒は一度、全員を見る。
それから阿部へ視線を戻した。
「自分たちでここに来た」
「え?」
意味が分からなかった。
「自分たちで?」
「うん」
目黒は阿部の手を握ったまま、ゆっくり話し始めた。
「現実で」
目黒の声が少しだけ震える。
「あべちゃんが病院に運ばれて」
阿部の身体がわずかに強張った。
でも。
目黒の手がある。
逃げずに、そのまま聞いた。
「処置が終わっても、あべちゃん起きなかった」
「……うん」
「俺、ずっとそばにいた」
白い病室。
眠ったままの自分。
その横にいる目黒。
想像するだけで胸が痛んだ。
「手、握ってた」
目黒が阿部の手を見る。
「ずっと?」
「うん」
「仕事は?」
「そんなの考えられなかった」
目黒らしい。
「あべちゃんの手握ったまま、いつの間にか俺も寝てた」
「それで?」
「夢を見た」
阿部は目黒を見る。
目黒が少し困ったように笑った。
「天使がいた」
「……天使?」
その言葉を聞いた瞬間。
胸の奥に。
また、妙な懐かしさが走った。
真っ白な場所。
白い羽。
やたら軽い声。
『大丈夫、大丈夫』
『多分』
阿部の眉間に皺が寄る。
「……なんか嫌な感じする」
佐久間が吹き出した。
「分かる!」
「佐久間くん」
ラウールが呆れたように見る。
「いやだって、あいつだから!」
「あいつ?」
阿部が佐久間を見る。
目黒も少し笑う。
「話戻すね」
「うん」
「その天使に言われた」
目黒の表情が、また真剣になる。
「夢の中なら、あべちゃんの心の傷を癒しながら、あべちゃんが望んだ夢を叶えてあげられるって」
阿部は黙って聞く。
「ただし」
目黒の親指が、阿部の手をゆっくり撫でる。
「夢の中のあべちゃんは、何もかも忘れた状態になる」
「……みんなのことも?」
「うん」
「めめのことも?」
目黒は少しだけ寂しそうに笑った。
「一番綺麗に忘れてたね」
「ごめん」
「だから謝らなくていいって」
「でも、隣に住んでたのに初対面みたいに」
「最初、自己紹介したからね」
阿部は思い出す。
カレーを持ってきた目黒。
『目黒蓮です』
『阿部亮平です』
あの時。
目黒はどんな気持ちだったのだろう。
自分のことを全部知っているのに。
初めましての顔をして。
「……辛くなかった?」
目黒は少し考えた。
「辛かったよ」
「やっぱり」
「でも」
目黒が笑う。
「また会えた方が嬉しかった」
胸が熱くなる。
目黒は続けた。
「それで天使に、もう一個言われた」
「何?」
「俺一人じゃ無理だって」
阿部が目を瞬く。
「めめ一人じゃ?」
「うん」
『目黒くん一人じゃ、あべちゃんが望んだ夢は叶えきれないよ』
あの時。
天使にそう言われた。
目黒は。
最初、意味が分からなかった。
阿部のそばにいたい。
守りたい。
自分がいれば。
そう思った。
でも。
すぐに分かった。
あべちゃんが大切にしていたのは。
自分だけじゃない。
八人。
九人で過ごした時間。
それも全部。
阿部の人生だった。
「だから」
目黒が言う。
「覚悟が決まったらみんなで来てって言われた」
阿部は。
ゆっくり周りを見る。
「……みんな?」
「うん」
「全員?」
岩本が頷いた。
「全員」
「じゃあ」
阿部は信じられないように笑う。
「みんな、わざわざ俺の夢の中に来たの?」
誰も否定しなかった。
目黒は、夢から目を覚ましたあと。
天使に言われたことを。
全部メンバーへ話した。
阿部がこのまま目を覚ます保証はないこと。
でも。
夢の中なら。
心を癒しながら。
阿部が望んだ生活を送らせてあげられること。
そして。
夢へ行けば。
阿部は誰のことも覚えていないこと。
目黒が少し笑う。
「来る前も来た後もみんなめちゃくちゃ揉めたよ」
「……想像つく」
阿部が呟く。
佐久間が口を尖らせる。
「だって意見違ったもん」
「佐久間は?」
阿部が聞く。
佐久間は。
少しだけ目を赤くしながら。
阿部を見る。
「俺は行きたかった」
「なんで?」
「もう一回」
佐久間が笑う。
「あべちゃんと笑いたかったから」
阿部の目が揺れる。
「俺さ」
佐久間は続ける。
「全部忘れたままで幸せなら、それもいいのかなってちょっとは思ったよ」
「うん」
「でも」
声が震える。
「昔のあべちゃんがいなくなったみたいになるの、嫌だった」
阿部は黙って聞く。
「辛かったことだけじゃないじゃん」
「……」
「いっぱい楽しいことあったじゃん」
佐久間の目から。
また涙がこぼれる。
「九人で笑ったことも、蓮と幸せだったことも、全部あべちゃんの人生なのに」
「佐久間……」
「だから俺は」
涙を拭いながら笑う。
「いつか思い出せたらいいなって思ってた」
だから。
本を渡した。
昔の阿部が好きだったものを。
好きになったものを。
何度も。
さりげなく。
阿部の前へ置いた。
「……あの本も?」
「うん」
「やっぱり読んだことあったんだ」
佐久間が頷く。
「昔のあべちゃんも好きだった」
「そっか」
だから。
知っていた。
ページの先を。
身体のどこかが。
覚えていた。
阿部は。
今度は康二を見る。
「康二も?」
康二は。
涙を拭ってから笑った。
「俺も、さっくんと似た感じやな」
「また思い出してほしかった?」
「うん」
少し迷ってから。
康二は続ける。
「でも、無理やりは絶対嫌やった」
「……うん」
「ただ」
康二の声が優しくなる。
「まためめと笑っとるあべちゃん見たかった」
阿部の胸が詰まる。
「あんな終わり方してほしくなかった」
「……」
「九人でまた写真撮りたかったし」
康二が少し笑う。
「撮ったね」
阿部が言う。
「撮ったな」
バーで。
九人で。
ぎゅっと集まって撮った写真。
今の阿部が。
一番好きだと言った写真。
「あれ」
康二の目からまた涙が落ちる。
「めちゃくちゃ嬉しかったで」
「なんで?」
「だって」
少し声を詰まらせる。
「何も覚えてへんあべちゃんが、自分から九人で撮ろうって笑っとるんやもん」
「……」
「戻ってきたみたいやった」
阿部も泣きながら笑う。
「俺、そんなこと知らずに普通に撮ってた」
「それでええねん」
康二が笑った。
「それが嬉しかったんやから」
今度は。
ラウール。
阿部が見ると。
ラウールは少しだけ困ったように笑った。
「俺は」
「うん」
「思い出してほしくなかった」
はっきりした言葉だった。
でも。
今なら傷つかなかった。
その理由が。
少し分かる。
「なんで?」
それでも。
本人の口から聞きたかった。
ラウールは。
少し考える。
「もうあべちゃんに、無理してほしくなかったから」
「……」
「あの時のあべちゃん」
声が震える。
「ずっと大丈夫って言ってた」
阿部は目を伏せる。
「食べられないのに大丈夫」
「眠れないのに大丈夫」
「辛いのに大丈夫」
「……うん」
「俺」
ラウールが首を横に振る。
「もう二度と聞きたくなかった」
涙が落ちる。
「だから、夢の中で笑ってるあべちゃん見た時」
一度。
息を吸う。
「このままでいいって思った」
「何も思い出さなくて?」
「うん」
「昔の俺が戻らなくても?」
「今のあべちゃんだってあべちゃんでしょ」
佐久間と揉めた時にも。
ラウールが言った言葉。
阿部は。
今になって。
その意味をちゃんと理解した。
「だから学校の先生かもって話した時」
阿部が言う。
ラウールの表情が止まる。
「佐久間にすごい顔した?」
「……見えてた?」
「その時は見えてなかったけど、今考えたらそうだったんだろうなって」
ラウールが少し気まずそうに笑う。
「だって佐久間くん、余計なこと言いそうだったから」
「言わないよ!」
佐久間が反論する。
「言いそうだった」
「ラウひどい!」
阿部は。
二人を見て。
少し笑った。
「翔太は?」
阿部が聞く。
渡辺は。
すぐに答えなかった。
「……聞かなくても分かるでしょ」
「本人から聞きたい」
「めんどくさ」
そう言いながら。
渡辺の目は。
また赤くなっていく。
「あんな顔」
小さく言う。
「もう見たくなかった」
「……」
「あべちゃん、最後の方ほんとに酷かったから」
声が震える。
「何言っても大丈夫って言うし」
「何も食べないし」
「連絡返ってくるだけで、今日は生きてるって安心するくらいだったし」
阿部は。
何も言えなくなった。
渡辺が。
涙を拭う。
「だから」
「うん」
「何も覚えてないで笑ってるなら」
少しだけ笑う。
「それでよかった」
「……そっか」
「めめのことだって」
渡辺は目黒を見る。
「また好きになったから結果オーライだけど」
「結果オーライって」
目黒が苦笑する。
「もし好きにならなかったら、それでもいいと思ってた」
阿部は驚いて渡辺を見る。
渡辺は。
何でもないように言った。
「だって、あべちゃんの人生じゃん」
「ふっかも?」
「俺も翔太と一緒」
深澤は。
迷わず答えた。
「忘れたままでいいと思ってた」
「……うん」
「むしろ」
深澤は少し笑う。
「夢の中に来て、最初にあべちゃんが普通に笑ってるの見た時」
その笑顔が崩れる。
「もうこれでいいじゃんって思った」
涙を堪えようとして。
できなかった。
「何も覚えてなくていいから」
「ふっか」
「生きててほしかった」
その一言が。
阿部の胸に。
深く落ちた。
深澤は泣きながら笑う。
「それだけ」
阿部も。
涙を止められなかった。
宮舘は。
静かに阿部を見ていた。
「館さんは?」
「俺は」
いつもの穏やかな声。
「阿部が選ぶまで、待とうと思ってた」
「思い出すかどうか?」
「それも」
宮舘は頷く。
「夢に残るのか」
「現実に戻るのか」
阿部が少し目を見開く。
宮舘は続ける。
「思い出させるのも、忘れたままにするのも、俺たちが決めることじゃないと思った」
「……」
「だから」
少し笑う。
「この世界で阿部が何を選ぶのか、見ていたかった」
カフェ。
宮舘は。
いつもそこにいた。
働きたいと言った時も。
理由を聞かなかった。
仕事を教えて。
賄いを作って。
阿部が自分で生活を作っていくのを。
ただ。
見守ってくれていた。
「……館さんらしいね」
阿部が言う。
宮舘が小さく笑った。
「そう?」
「うん」
最後に。
岩本を見る。
「照は?」
岩本は。
少し考えてから。
短く言った。
「九人で帰るため」
阿部の目が揺れる。
「……それだけ?」
「それだけで十分でしょ」
岩本は笑った。
「夢に来る前から決めてた」
「何を?」
全員を見る。
「最後は九人で帰る」
阿部の胸が。
また熱くなる。
そして。
残ったのは。
目黒だった。
阿部は隣を見る。
ずっと。
手を握っている人。
「あべちゃん」
目黒が先に呼ぶ。
「うん」
「あの時」
目黒は。
一度俯いた。
「みんなに言ったんだ」
「何を?」
「もう一度」
阿部を見る。
涙の残る目で。
それでも。
まっすぐ。
「あべちゃんと一緒に生きたいって」
阿部の唇が震える。
「……一緒に?」
「うん」
「俺、目覚まさなかったのに?」
「だから」
握った手が。
強くなる。
「このまま終わりにしたくなかった」
「……」
「目を覚ましてほしいとか」
目黒は少し首を横に振る。
「昔みたいに戻ってほしいとか」
一度。
言葉を切る。
「それより」
目黒の声が震える。
「もう一回、あべちゃんと生きたかった」
阿部の涙が。
また落ちた。
「だから来た」
「俺が全部忘れてても?」
「うん」
「めめのこと好きじゃなくても?」
目黒は。
少しだけ笑った。
「それでも」
「……」
「俺を選んでもらうためじゃない」
目黒は言う。
「あべちゃんが、もう一回」
少しだけ声を詰まらせる。
「生きてみようかなって思えるようになったら、それでよかった」
阿部は。
もう。
何も言えなかった。
ただ。
目黒の手を。
強く握る。
「でも」
目黒が少し笑う。
「また好きになってもらえたのは」
「……うん」
「めちゃくちゃ嬉しかった」
阿部も。
涙のまま笑った。
「俺も」
「何が?」
「何も覚えてなかったのに」
目黒を見る。
「ちゃんとまた、めめを好きになれてよかった」
目黒は。
泣きながら笑った。
その周りには。
同じように泣いている七人がいる。
自分は。
一人になりたいと願った。
全部忘れたいと願った。
それなのに。
八人は。
そんな自分を一人にしなかった。
無理やり連れ戻すためではなく。
自分がもう一度。
誰かといたい。
笑いたい。
生きたい。
そう思える日を待つために。
ここまで来てくれた。
阿部は。
みんなを見ながら。
小さく呟いた。
「……迎えに来てくれたんだ」
佐久間が泣きながら笑う。
「当たり前じゃん」
康二も頷く。
「九人やからな」
ラウールも。
渡辺も。
深澤も。
宮舘も。
岩本も。
笑っていた。
最後に。
目黒が阿部の手を握ったまま言う。
「うん」
優しい声だった。
「迎えに来たよ、あべちゃん」
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みらさん、第23話読みました……🖤 「迎えに来たよ」って言葉に全部が詰まってた。一人でいいって思ってた阿部くんに、みんながそれぞれの想いを抱えて"来た"っていう事実が、もう尊すぎて胸がぎゅっとなりました。 特にラウールの「今のあべちゃんだってあべちゃんでしょ」っていう言葉が刺さったな。忘れたままでいい、って思えるのって、本当の愛だと思う。そして目黒くんが「もう一度生きたいと思えたらそれでよかった」って……自分のことより阿部くんの人生を優先してるところが、めめらしくて泣けた。 九人で帰る。そのために来たんだね。もう、最高のラブストーリーでした……😢💞
#❤️💙
みら

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