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24
「迎えに来たよ、あべちゃん」
目黒のその言葉を聞いて。
阿部は、しばらく何も言えなかった。
泣きながら笑っているみんなを見る。
自分を追いかけて。
こんな夢の中まで来てくれた八人。
全部忘れて。
誰のことも知らなくなった自分のそばに。
もう一度。
一からいてくれた。
阿部は目元を拭った。
それから。
ふと。
思った。
「……じゃあ」
目黒を見る。
「帰るには、どうしたらいいの?」
笑っていた空気が。
少しだけ止まった。
さっきまでとは違う沈黙。
阿部は、その変化に気づく。
「……何?」
誰もすぐには答えない。
「また言いにくいこと?」
「そういうわけじゃないよ」
目黒が言う。
でも。
少しだけ迷っている。
阿部は待った。
やがて目黒が、握っていた手を少し強く握り直した。
「あべちゃんが決める」
「……俺?」
「うん」
「帰るって決めたら帰れるの?」
「多分」
「多分?」
「天使も、そこは結構曖昧だったから」
「相変わらずだな……」
阿部の口から、思わずそんな言葉が出た。
佐久間が小さく笑う。
「そこ思い出したら絶対言うと思った」
「だって、いつも説明足りないじゃん」
「そうなんだよ!」
「佐久間何回会ってるの?」
「それはまた今度」
「気になるんだけど」
少しだけ。
いつもの空気が戻る。
でも。
目黒はまだ阿部をまっすぐ見ていた。
「あべちゃん」
「うん」
「俺たちが、無理やり連れて帰ることはできない」
阿部の表情から笑みが消える。
「……できない?」
「うん」
「じゃあ」
阿部は少し考える。
「俺が帰りたいって思わないと?」
「帰れない」
目黒が静かに答えた。
阿部は、その言葉をゆっくり受け止める。
自分が決める。
誰かが決めてくれるわけではない。
目黒も。
みんなも。
天使も。
「だからみんな」
阿部が呟く。
「ずっと俺に決めさせようとしてたの?」
宮舘が頷く。
「そうだね」
「記憶のことも?」
「うん」
「思い出すか、思い出さないか」
岩本が続ける。
「俺たちが決めることじゃないと思ってた」
阿部はラウールを見る。
「だからラウは、俺に思い出してほしくなかったけど」
ラウールは少し困ったように笑う。
「最後はあべちゃんが選ぶしかないと思ってた」
今度は佐久間。
「佐久間は思い出してほしかったけど」
「うん」
「それでも無理やりはしなかった」
佐久間は頷く。
「だって、俺の記憶じゃないもん」
阿部は何も言わない。
「昔のあべちゃんを知ってるから、思い出してほしいって思ってた」
佐久間は続ける。
「でも、それで今のあべちゃん壊したら意味ないじゃん」
康二も頷く。
「せやから、最後はあべちゃんが決めるしかない」
阿部は。
全員を見た。
ずっと。
自分は何も知らないと思っていた。
みんなだけが答えを持っていて。
自分だけが置いていかれている気がしていた。
でも。
違った。
みんなも。
答えを持っていなかった。
ただ。
阿部が何を選ぶのかを待っていた。
「……そっか」
阿部は小さく呟いた。
少しして。
もう一つ。
気になることが浮かんだ。
阿部は目黒を見る。
「じゃあさ」
「うん」
「帰らなかったら?」
目黒の表情が固まった。
阿部は、その変化を見逃さなかった。
「ここに」
ゆっくり言う。
「残ることもできるの?」
誰も。
すぐには答えなかった。
その沈黙が。
また答えみたいだった。
「……できるんだ」
阿部が呟く。
「多分」
目黒が答える。
「また多分?」
「そこも天使がちゃんと言わなかった」
「ほんと適当だなぁ」
でも。
今度は笑えなかった。
阿部は。
バーの中を見る。
ここ。
何度も来た場所。
翔太とふっかに散々からかわれて。
照がお酒を作って。
館さんが料理を持ってきて。
康二の歌を聞いて。
佐久間とラウールが騒いで。
めめが隣にいた。
ここでの生活。
全部。
思い出す。
朝、自分の部屋で目を覚ます。
隣の部屋の音を気にする。
カフェへ行く。
働く。
みんなと昼ご飯を食べる。
夜、目黒とご飯を食べる。
手を繋いで歩く。
夢の国へ行った。
人の目なんて気にしないで。
ずっと。
手を繋いでいられた。
阿部は。
自分の手を見る。
「ここに残ったら」
小さく聞く。
「この生活、続けられる?」
目黒は。
しばらく答えなかった。
「……多分」
「現実の俺は?」
そこだけは。
誰も曖昧にできなかった。
目黒が答える。
「眠ったまま」
胸が。
少し痛む。
「ずっと?」
「それは分からない」
「そっか」
阿部は俯く。
現実。
そこには。
病院のベッドにいる自分がいる。
目黒が握っていた手。
待っている人たち。
事務所。
仕事。
ファン。
そして。
あの女優のこと。
全部。
戻れば。
また向き合わなければならない。
でも。
ここなら。
何もない。
もう女優はいない。
週刊誌もない。
人の目もない。
アイドルじゃなくていい。
普通に手を繋げる。
一緒に買い物へ行ける。
毎日会える。
九人で。
好きな時に集まれる。
こんなに。
優しい世界。
「……ずるいな」
阿部が言う。
「何が?」
深澤が聞く。
「こんなの」
阿部は泣きそうに笑った。
「帰りたくなくなるじゃん」
誰も笑わなかった。
阿部は。
少しずつ。
正直になっていく。
「俺さ」
「うん」
目黒が返す。
「現実に帰ったら」
言葉が詰まる。
「またあの人のこと考えるんでしょ」
目黒の顔が苦しそうになる。
「仕事だって」
「うん」
「アイドルに戻るんでしょ」
「……うん」
「めめと普通に手繋いで歩けないかもしれない」
夢の国で。
ずっと握ってくれていた手。
あれが。
この世界だからできたことだと。
今なら分かる。
「ここなら」
阿部は周りを見る。
「全部あるのに」
カフェも。
バーも。
みんなも。
目黒も。
何も隠さなくていい生活も。
阿部は唇を噛んだ。
それから。
ずっと言うのが怖かったことを。
口にする。
「……俺」
目黒を見る。
「ここにいたいって思っちゃう」
誰も。
何も言わない。
阿部の目から。
また涙が落ちる。
「駄目?」
その問いに。
すぐ答えたのは。
目黒だった。
「駄目じゃないよ」
阿部が顔を上げる。
「……いいの?」
「うん」
目黒は。
少しだけ笑った。
でも。
その目は。
ひどく寂しそうだった。
「ここにいたいなら、いていい」
「めめは?」
「俺?」
「帰りたいんじゃないの?」
目黒は。
一瞬だけ黙った。
その沈黙だけで。
本当の答えは分かった。
帰りたい。
阿部に目を覚ましてほしい。
現実で。
また一緒に生きたい。
そう思っている。
でも。
目黒は言わなかった。
代わりに。
阿部の手を握る。
「俺は」
ゆっくり言う。
「あべちゃんが決めたところにいるよ」
「……」
「帰りたいなら一緒に帰る」
「うん」
「ここにいたいなら」
少しだけ。
声が震えた。
「ここにいる」
阿部の胸が締めつけられる。
「そんなの」
「うん」
「ずるいよ」
「なんで?」
「俺に全部決めさせるじゃん」
目黒は。
少し困ったように笑う。
「だって」
阿部を見る。
「あべちゃんの人生だから」
その言葉に。
阿部は何も返せなかった。
目黒はずっと。
そうだった。
自分が何も覚えていなくても。
無理に思い出させなかった。
恋人だったことも。
言わなかった。
自分を好きになってほしいとも。
言わなかった。
また好きにならなくてもいいと思って。
そばにいた。
そして。
今も。
「帰ってきて」とは言わない。
本当は。
誰より言いたいはずなのに。
阿部が決めるまで。
待とうとしている。
「……めめ」
「うん」
阿部は。
目黒の手を強く握った。
まだ。
答えは出せなかった。
帰りたいとも。
残りたいとも。
今は。
決められない。
ただ。
初めて。
自分が選ばなければならないのだと。
はっきり分かった。
夢の中に残るのか。
現実へ帰るのか。
今度は。
誰かのためではなく。
阿部自身が。
自分の人生を選ぶ番だった。
コメント
1件
ああ~もう、この回泣いたわ……。阿部が「ここにいたいって思っちゃう」って打ち明けるシーン、胸がぎゅうってなった。夢の世界の優しさと現実のしんどさの両方を見せられて、どっち選んでも正解で不正解な感じがすごくリアルだった。目黒が「あべちゃんの人生だから」って自分の気持ち押し♡♡♡て選択を委ねるスタイル、ずるいけどカッコよすぎる。続きめっちゃ気になるし、阿部がどんな決断するのか絶対見届けたい🔥
#❤️💙
みら

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