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100記念ですね!
と、同時に中也、誕生日おめでとう!!
(そしてなつほ誕生日おめでとう!(自分で自分におめでとうを言う惨めな女))
暗い地下通路に、乾いた足音が二つ響く。
任務帰りの空気は重く、火薬と血の匂いが、少年の形をした暴力たちの衣類に深く染み付いていた。
「あーあ、疲れた。中也、肩を貸したまえよ」
「ふざけんな。手前、自分では一歩も動いてねぇだろうが」
十五歳の太宰治は、大袈裟に溜息をついて隣を歩く小柄な相棒を見下ろした。
汚れ一つない黒帽子を直し、不機嫌そうに唇を尖らせている中原中也。その横顔を眺めていた太宰が、ふと思い出したように口を開く。
「そういえば、今日って中也の誕生日じゃなかったっけ」
「……は? あぁ、そういやそうだな」
あまりに無造作な問いかけに、中也は拍子抜けしたような声を出す。
ポートマフィアという組織に身を置いていれば、祝祭の類など日常から最も遠い場所にある。中也自身、日付が変わった瞬間に誰かから祝われることなど期待もしていなかったし、自分でも忘れていた。
「へぇ、やっぱり。じゃあ、おめでとう」
「……それだけかよ」
「それだけだよ。何だい、私からの熱烈な抱擁でも期待していたのかい? 反吐が出るね」
「誰がそんなもん欲しがるか。死ね」
太宰は近くにあった自動販売機の前に立ち止まると、小銭を投入してボタンを一つ押した。
ガコン、と重たい音を立てて落ちてきたのは、どこにでもある安っぽい缶コーヒーだ。太宰はそれを拾い上げ、中也の胸元に無造作に押し付けた。
「ほら、お祝い」
「……。いや、いらねぇんだけど」
冷えたアルミ缶の感触に、中也は眉をひそめてそれを受け取る。
「ブラックは苦くて飲めない」と文句を垂れる中也に対し、太宰は心外だと言わんばかりに肩をすくめた。
「失礼だね?! 確かに今日になるまで覚えてなかったけど、これでも精一杯の誠意だよ」
「覚えてなかったんじゃねぇか! 大体、手前が飲みたいから買っただけだろ、これ」
「バレた? でも中也にはその苦い液体がお似合いだよ。背が伸びない呪いをかけておいたからね」
「手めぇ……っ! ぶっ殺す!」
地下通路に響く怒号。
逃げる太宰と、それを追う中也。
あの頃の二人にとって、誕生日はその程度の、取るに足らない「日常の一コマ」でしかなかった。
「……そんなこともあったねぇ」
グラスの中で回る氷が、カランと涼やかな音を立てる。
琥珀色の液体に反射する光を見つめながら、太宰は懐かしむように目を細めた。
横浜の夜景を一望できる、静かなバー。
あの頃のような湿った地下の空気も、安っぽい缶コーヒーの味もしない。
目の前に座る男も、少年から青年へと姿を変えている。
「何の話だ」
「中也に初めて誕生日プレゼントをあげた時のことだよ。自動販売機の、あの不味いコーヒー」
「……あぁ。あれか」
現在、二十二歳。
二人の関係は、あの頃よりもずっと複雑で、それでいてひどく簡潔なものになっていた。
かつての相棒は、今では同じ家で眠り、同じ朝を迎える「恋人」という枠組みに収まっている。
中也は呆れたように鼻で笑い、手元のワイングラスを傾けた。
成人し、酒の味を知った彼にとって、あの時のコーヒーは確かに「不味いもの」に分類されるだろう。けれど、その記憶を語る中也の瞳に嫌悪の色はない。
太宰はコートのポケットから、小さく包装された小箱を取り出した。
派手な装飾はないが、丁寧な手仕事が伺える、上品な包み。それをカウンターの上を滑らせて、中也の前へと差し出す。
「誕生日おめでとう、中也」
その言葉は、十五歳の時のような揶揄いを含んでいなかった。
低く、落ち着いた、真実の響き。
中也は一瞬、驚いたように目を見開いた。
普段から一緒に暮らしていれば、サプライズなど難しいはずだ。いつの間に用意していたのか、あるいはいつから計画していたのか。
中也は戸惑いながらも、その箱を手に取る。
「開けていいか」
「もちろんだよ。君に似合うものを探すのは、中々骨が折れたんだから」
包みを開くと、中から現れたのは、深い藍色のタイピンだった。
派手すぎず、けれど確かな存在感を放つそれは、組織の幹部として生きる中也の正装に、しっくりと馴染むだろう。
中也はしばらくその贈り物を見つめていたが、やがて「ふっ」と、柔らかく、けれどどこか照れくさそうな笑みを浮かべた。
「……ありがとな、太宰。大事にするわ」
「おや、素直だね。明日は槍でも降るのかな?」
「うるせぇ。せっかくの酒が不味くなるようなこと言うな」
中也はそう言いながらも、贈られたばかりのタイピンを愛おしそうに指先でなぞった。
その指先には、太宰が贈った指輪も光っている。
かつて、誕生日は単なる日付の更新でしかなかった。
命の価値を軽んじ、明日をも知れぬ戦いの中にいた二人にとって、生まれた日を祝うことなど滑稽な儀式に過ぎなかったのだ。
けれど、今は違う。
こうして向かい合い、互いの生存を確かめ合い、これからの時間を共に過ごすことを約束する。
その重みが、この小さな贈り物には詰まっている。
「……なぁ、太宰」
「なんだい」
「あの時のコーヒー、実はまだ持ってるんだよな」
「えっ、嘘だろう? 腐っているじゃないか、捨てなよ!」
「中身は捨てたよ! 空き缶だけだ。なんとなく、捨てそびれただけだよ」
中也は顔を背けて、残りのワインを一気に飲み干した。
耳の端が少しだけ赤いのは、酒のせいだけではないだろう。
太宰は呆れたような、けれどこの上なく愛おしいものを見るような眼差しで、恋人を見つめる。
あの頃、適当に放り投げた缶コーヒーが、中也の手元に残り続けていたこと。
そして今、こうして向き合って、新しい贈り物を渡せていること。
「中也は本当に、変なところで義理堅いね」
「っせぇ。手前が勝手に渡してきたんだろうが」
悪態をつきながらも、中也の手はカウンターの下で太宰の手を求めた。
太宰はその熱を逃さないように、強く、優しく握り返す。
「来年も、再来年も、君が嫌だと言っても祝うからね。その度に、私のセンスの良さに震えるがいいよ」
「ふん。手前のセンスに期待なんかしてねぇよ」
言い合いながら、二人の視線がぶつかる。
どちらからともなく、笑みがこぼれた。
煌びやかなバーの照明も、高級なワインも、ただの背景に過ぎない。
重要なのは、今この場所に、二人が生きて並んでいるという事実。
十五歳の自分たちには想像もできなかった、穏やかで贅沢な、二十二歳の誕生日。
「帰ったら、続きをしようか」
「……あぁ、そうだな」
繋いだ手に力を込め、二人は席を立つ。
夜の街はまだ明るい。
けれど、二人の帰る場所は、もう決まっている。
横浜の風が、少しだけ温かく感じられた。
#太受け
#文豪ストレイドッグス