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宍戸に告白された日以降、やむを得ない場合を除き、みなみは彼との接触を極力避けていた。同意なく抱き締められたり唇を奪われたりはしたが、宍戸のことを嫌いにはなれず、葛藤の末に彼の行動を赦した。しかしすぐにそれ以前と同じ態度に戻るのは難しかった。

その間に遼子が退職していった。みなみは彼女の業務の一部を引き継ぎ、毎日を忙しく過ごしていたが、そんなある日、上司から資料の返却を頼まれた。それを持って倉庫に向かい、中に入ろうとした時、ちょうどそこから出てきた宍戸に出くわした。

みなみを見て宍戸は気まずそうな顔をする。


「お疲れ」

「お、お疲れ様です……」


みなみもまたぎこちなく挨拶を返し、彼と入れ違いで自動ドアを通り抜けようとした。そこを宍戸に呼び止められた。


「岡野」


一瞬聞こえなかったふりをして、さっさと倉庫に入ってしまおうかと思った。しかし結局、のろのろとドアの前で足を止めて首を彼の方に回す。


「何?」


みなみのぶっきらぼうな態度に不快な顔をすることもなく、宍戸は気づかわし気に訊ねる。


「仕事の方は慣れたのか?」

「え?」


どうして彼がそんなことを気にするのかと、みなみは怪訝に思う。


「ほら、遼子さんが退職しただろ?その後、どうなのかなと思ってさ。最初の頃の岡野は元気がなさそうだったから、大丈夫なのかって心配してたんだよ」


自分には関係のない他人事だろうに、気にかけてくれていたとは思わなかった。みなみは戸惑いながら宍戸に礼を言う。


「あ、ありがとう。もう、大丈夫よ。だいぶ慣れたから」


彼はほっとしたように頬を緩めた。


「そっか、ならいいんだけど。あんまり大変な時は、課長とか周りの先輩だとかにちゃんと相談しろよ」

「言われなくても分かってるわよ」


彼の気遣いを嬉しく思うくせに、つい可愛げのない言い方をしてしまう。みなみはそんな自分に内心で呆れたが、宍戸の方にはそれを気にした様子はない。


「じゃあな」


宍戸はにっと笑い、みなみの前から立ち去りかけたが、不意に足を止めて振り返った。


「そう言えば、あのチケットってどうした?」


みなみは言葉に詰まった。山中との関係をどうしたいのか、その決着をつけるために使えと、宍戸から強引に渡されていた映画のチケットのことだが、それは持ったままだ。

みなみの様子から未だ行動を起こしていないことを察して、宍戸は苦笑した。


「まさか、まだなのか?」

「だって……」

「ぐずぐずしてるとチケットの期限が切れるぞ。あ、行かなきゃ」


宍戸は腕時計に目を走らせ、早口で言う。


「朗報待ってるぜ」

「朗報ってどういう意味でよ」


苦笑して言い返すみなみに、宍戸は以前と変わらないにやりとした笑みを見せて、足早にオフィスの方へと去って行った。

彼の後ろ姿を見送った後、みなみは倉庫の中に足を踏み入れた。奥の部屋へ行き、資料を戻しながらため息をつく。

決着をつけろなどと宍戸は簡単に言ってくれるが、どうやってその時間を作れというのか。山中は忙しく、ほぼ出ずっぱりなのだ。仮に会社で会えたとしても、個人的に話せる機会はきっとないし、彼個人の連絡先も知らない。彼は業務用の携帯電話を持っているが、そこに私的なことで電話をかけるのは非常識だと思うし、彼だって迷惑だろう。

宍戸のチケットの話は無視してしまおうかと、そんな考えが頭をかすめた。とは言え、こんな風に何かしらのきっかけがなければ、自分は行動を起こさないだろうということも分かっている。ではどうするかと頭を悩ませた結果、みなみは消極的な結論を出した。偶然の遭遇を待つことに決めたのだ。

そしてその偶然は、意外にも早く訪れることになる。

その日の午後、みなみは上司の指示で取引先に書類を届けるために、小一時間ほど外出した。無事に用を済ませてビルに戻り、エレベーターホールに向かって歩いていると、後ろから声をかけられた。振り返ってどきりとする。そこにいたのは、ビジネスバッグを手にした宍戸だった。


「お疲れ様」

「お疲れ様です」


みなみは固い表情で挨拶を返した。適当な言葉が見つからず、無言のまま真っすぐ前を向いて歩く。

宍戸はみなみの隣に並んで歩きながら、訊ねる。


「外出してたのか?」

「えぇ。課長に届け物を頼まれたから」

「それはお疲れさんだったな」

「別にたいしたことないわ。ちょっとした気分転換にもなるし」

「気分転換ね」


宍戸はくすっと笑った。彼の表情にも態度にも、ついこの前まで見せていた気まずさはない。

後は自分次第で、以前のような関係に戻れるかもしれないと思った。その一方で、矛盾していると分かってはいながら、まるで何もなかったかのような彼の様子をみなみは不満に思った。

「そろそろエレベーターが着くな。行こうぜ」

「う、うん」


みなみは彼の後ろを歩きながら、エレベーターホール前に視線を飛ばした。待つ人はいない。それはつまり、どこかの階で誰かが乗って来るまでは、宍戸と二人きりになるということだ。彼の方はどうか分からないが、みなみはまだ彼と二人きりの空間に身を置くのは気まずい。それだけではなく、山中との進展について追及されるかもしれないという心配もあった。

エレベーターが到着した。

みなみは静かに開くドアを見ながら、階段で行こうかと考えた。

その間に宍戸はエレベーターに乗り込み、ドアを開けてみなみが乗るのを待つ。


「やっぱり私、階段で行くわね」

「え?十階まで?ま、別に止めないけど……」


不思議そうな顔をしていた宍戸だったが、不意ににやりとした笑みを浮かべた。


「さぼるつもりだな?岡野って不真面目とこもあったんだな」


みなみはむっとして眉間にしわを寄せた。


「そんなこと考えてないわ。乗るわよ」


みなみが乗り込んだのを見て、宍戸はくすりと笑い、ドアを閉める。

ウイーンと機械音がして、エレベーターの階数表示が動き出した。それを眺めるみなみに、宍戸が訊ねる。


「で、あれからどうなった?」


やはり思った通りだと、みなみは身構えた。チケットのこと、ひいては山中との進展について、宍戸が触れないわけはない。そんなことをしても意味はないと分かってはいたが、あえて宍戸の質問の意味に気づかないふりをする。


「何が?」

「しらばっくれようとしても無駄だよ。分かってるんだからな」

「だから何がよ」


みなみは背中に汗がにじむのを感じながら、知らないふりを決めこもうとした。

宍戸は呆れたように笑う。


「あのチケット、無駄にしようとしてるだろ」

「べ、別に、無駄にしようなんて思ってないわよ……」


弱々しい声で答えるみなみに宍戸は言う。


「補佐に対して、岡野が何かしらのアクションを起こしやすいようにと思って、チケットやったんだからな」

「そんなこと言われても……。頼んだわけじゃなかったし……」

「じゃあ、いつになったら補佐に告白するんだよ」


みなみは苛立った。


「そんなこと、宍戸に干渉されたくない」

「干渉したくもなるさ。岡野がいつまでもはっきりさせないでいるから」


宍戸は苦々しく言いながら、みなみの前に立った。

みなみはじりっと後ろに下がった。狭い箱の中では、彼との間に取れる距離などたかが知れている。すぐに壁に背が当たり、それ以上の逃げ場はない。みなみは身を守るかのように、持っていたバッグをギュッと抱きしめた。


「なぁ、やっぱり俺じゃだめなのか」


宍戸は苦しそうに言いながら、伸ばした指先でみなみの頬に触れた。

みなみは全身を強張らせる。


「そのことはもう言ったはずよ」

「でも、俺はお前を諦めるとは言っていない」


宍戸に目を覗き込まれて、みなみは呼吸を忘れそうになった。

彼はふっと微笑み、みなみの顎をくいっと持ち上げる。

その時、エレベーターが軽く振動した。

彼の肩越しに見えた階数表示が示していたのは、二人が降りようとしているフロアの二つ手前の階だった。誰かが乗ろうとしているのだ。

みなみは宍戸の胸をぐいっと押して離れ、急いで隅っこの方へ移動しうつむいた。

宍戸は深いため息をつき、ドアの方に向き直った。

エレベーターには不自然な緊張感が漂う。

場の雰囲気に敏感な人なら、二人の間に何かがあったと気づくかもしれない。乗って来る人が、少なくとも自分たちを知る人ではないことを祈りながら、みなみはそっと目を上げてエレベーターのドアが開くのを見守った。

そこにいたのは、山中だった。そしてみなみにとっては、宍戸と二人でいる所をもっとも見られたくないと思う人でもあった。

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