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季節が、ほんの少しだけ変わり始めた。
夕方の風が、少し冷たくなった気がする。
祐杏の余命は、もう三週間を切っていた。
「なあ」
放課後の帰り道、祐杏はポケットに手を突っ込んだまま笑都に話しかけた。
「ん?」
「ちょっと、寄り道しねぇ?」
笑都はきょとんとした顔をして、それからふっと笑った。
「うん、いいよ」
その返事に、少しだけ救われた気がした。
***
連れてきたのは、町外れの小さな展望台だった。
誰もいない。
夕焼けが街を染めていて、遠くまで続くオレンジ色がどこまでも綺麗だった。
「ここ、よく来るの?」
「一人の時だけな。バカみたいに何も考えずに、ぼーっとできるから」
「ふーん」
笑都は、手すりに寄りかかって景色を見た。
風で髪が揺れる。
その横顔を、祐杏はそっと見つめた。
「…なあ、怖くねぇの?」
「なにが?」
「俺と一緒にいること」
笑都は少しだけ黙って、それから静かに言った。
「怖いよ」
「…そっか」
「でも、いなくなる方がもっと怖い」
祐杏は、喉の奥で何かが詰まったような感覚に襲われた。
「別れが近づいてるってわかってて、それでも好きになるなんて、正直馬鹿だなって思う」
「俺も」
「でも、もう止まんないんだよね。止める気もないけど」
風が吹いた。
その音にまぎれるように、笑都が祐杏の袖を掴む。
「…ねえ、キスしてもいい?」
祐杏は一瞬、息を止めた。
心臓の音がうるさいくらいに響いてくる。
でも、逃げたくはなかった。
「俺から、していい?」
「うん」
祐杏は一歩近づいて、そっと笑都の顔を両手で包んだ。
彼女の瞳が揺れていた。
でも、それ以上にまっすぐだった。
「ありがとう、そばにいてくれて」
「まだ、いるよ。ずっといる」
唇が触れたその瞬間、世界の音が消えた。
祐杏は目を閉じて、ただひとつのことだけを願った。
――どうかこの瞬間だけは、終わりませんように。
長くも短くもない、ほんの一瞬のキス。
でも、それは二人にとって永遠よりも大切な時間だった。
***
帰り道。
手を繋ぎながら歩く二人は、いつもよりずっと静かだった。
言葉じゃ足りない想いが、確かにその手のひらから伝わっていた。
「祐杏裙」
「ん」
「今日、忘れないね」
「俺も。忘れたくても忘れねぇよ」
「じゃあさ、願いごと、しよっか」
「願いごと?」
「“来世でも会えますように”って」
祐杏は少し笑って、それから小さく呟いた。
「バカだな」
「うん、知ってる。でも、わたし、本気だよ」
「…俺もだよ」
たとえ“永遠”が無理でも
“今”だけは、誰にも壊させない
そんな、ひとつの誓いの夜だった。