祐杏の体調は、日に日に悪化していった。
呼吸が苦しくなることも、足が重くなることも、目の前の景色がぼやけることも増えた。
それでも、彼女と一緒にいる時は、少しだけ楽になった気がした。
「祐杏裙、今日は病院行く?」
放課後、笑都が心配そうに声をかけてきた。
その顔は、いつもより少しだけ暗かった。
「行かねぇ」
「でも、体調悪いんでしょ?」
「わかってるよ。でも、今日はちょっとだけ、家でゆっくりしたい」
祐杏は微笑んでそう言ったが、その目はどこか遠くを見ているようだった。
笑都は、その視線を追いかけることができなかった。
「祐杏裙…」
「笑都彡、今日は俺と一緒にいよう」
「うん」
そのまま、二人は静かに並んで歩き始めた。
手を繋ぎながら、無言の時間が流れる。
病院の帰り道、祐杏は急に立ち止まった。
「…俺、もうすぐだ」
その言葉に、笑都は心臓を掴まれたような気がした。
「もうすぐ」って、何のことかすぐにわかる。
「どうして…」
「時間、限られてるって分かってるから」
「でも、祐杏裙…」
「俺、笑都彡がいてくれて、すごく幸せだった。楽しかったよ」
笑都の瞳が、ぼんやりと潤んでいく。
それでも彼女は、祐杏の手を強く握った。
「…わたし、絶対に泣かない」
「泣かなくてもいい。でも、笑ってほしい。俺がいなくても、ちゃんと笑っていてほしい」
「祐杏裙…」
「一人にさせないでくれ」
その言葉に、笑都は涙を堪えることができなかった。
彼女の瞳からは、止めどなく涙が流れ落ちていった。
「お願いだ、笑都彡」
「うん」
そのまま、祐杏は笑都を見つめながら言った。
「俺、最後に一つだけお願いしてもいいか?」
「なに?」
「俺のこと、忘れないでくれ」
笑都は、一瞬驚いた顔をした。
でもすぐに、その顔を崩さずに頷いた。
「絶対に忘れないよ。どんなに時間が経っても」
「ありがとう」
二人は、しばらく黙って並んで立っていた。
風が、少しだけ冷たく感じる。
でも、祐杏の手のひらは温かかった。
***
それから数日後、祐杏は再び入院した。
その後、笑都は毎日、病院に通った。
祐杏の顔を見るたび、笑都の心は痛んだ。
でも、彼女は笑顔で「元気?」と声をかける。
「祐杏裙」
「ん?」
「今日、話したいことがあるんだ」
「なんだ?」
笑都は少しだけ考えて、それから決心をしたように言った。
「わたしね、祐杏裙がいなくても、ずっと元気でいるよ」
祐杏は少しだけ驚いたような顔をして、でもすぐにそれを隠した。
「お前は、強いからな」
「だから、心配しないでね」
「…うん、わかった」
二人はお互いに微笑み合った。
その笑顔を見て、笑都は心の中で誓った。
絶対に、祐杏のことを忘れないと。
――一緒に過ごした日々が、どれだけ大切だったか。
どれだけ愛していたか。
それを忘れることなんて、絶対にない。
その日、病室の外には静かな夕暮れが広がっていた。
祐杏の命の音が、少しずつ静かに消えていく前に、
笑都はただただ祈ることしかできなかった。
――どうか、最後まで苦しくありませんように。
どうか、祐杏が安心して、眠れるように。
そして、静かな夜が過ぎていった。
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