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「だからこのランボルギーニは」
降谷はあ、と言う顔をしていたが、スミスも同じ顔をする。
「いいでしょ。こんなに死に物狂いで仕事してるんだから」ぱ、と目の前に手が出てくる。「ちょうだい」と。
「あのな」
スミスはぷく、と頬をふくらます。
「歩実がこうやると聞いてくれるって」
はあっ!と降谷は額を押さえた。お前がやるとなんかこわい!と。
「あのな!外車は燃費が悪いし」
ばん!と赤い天井を叩く。
「きみのじゃないし、この車買う金がどこにあるんだよ。何より君の国際免許証届も出てない!」
「じゃだんな様に言う」
くる、となった背中に「待て!」ぱし、と腕を掴んだ。
「お前のそのだんな様はーー」スミスは振り向く。「口、聞いてくんないんでしょ?」にや、とした。
「あと、お前って呼ばないで」
ぐぐ、とふたりでにらめっこ。
「あれ?」蘭が遠くから指差す。「安室さんと名前さんだ」「ねぇ、このまえ蘭んち泊まったんでしょ。名前さん」こそ、と園子。「うん…でも、また喧嘩してない?」
「あぁ、でもま」世良が言う。「他の男んち行ってるようじゃ…なあ?」コナンは見られたが無視した。
「でも珍しいね」
安室さんが、スーツ着てるの……。
「あとだんな様に言ってくれる!」ふん、と髪を揺らしてスミスは言った。
「服がいや!」
「はあああ?」降谷はたまらず近づいた。「靴も色も全部いやっ」「なら自分で言えよ!」「なんなの、まるで事務員じゃないーータイプなわけ!」「風見の好みなんか知らねぇよ…!」知りたくもないし!とふたり。
スミスがわざと首を振ったせいで、目の前がさわさわされる。「っおまーー」
がっ!と顔が掴まれ、キスされた。
また誰かーーと目をやると、目が合った高校生が赤くなって縮む。
「ねぇ透?いつもその格好でいたら?」
スーツのボタンに指が置かれる。
「いやだね」ふうっ、と降谷は腰に手を当てた。「動きにくいし」「…だんな様みたいだから?」くす、という笑みに赤くなってしまう。
「ネクタイ」く、とスミスはそれをいじる。「曲がってる、フフフ…」「く…」
「よかったぁ」と蘭。「仲直りしたんですね!」「あぁ、ごめんよ蘭さん」きゅっ、と彼女を抱く手を、コナンは見上げた。
…今までとちがうな。抱き方が。今までは引っ張りあげてるみたいだった。
「恋愛っていうのはさ」コナンは言った。「平等じゃないよね」スミスが見下ろす。
「必ずどちらかがどちらかを…追いかけてるから……」
はっ!とコナンはして「あはは!映画でそう言ってたよ!」と。
「ませた子だ」
「わからなくはないよねー蘭?」
蘭は赤くなるがコナンも赤くなった。
「それより…」降谷のスーツを下から見上げる。「ん?あぁ、就職活動」「え?」「ここにっ?」「ちがうわ」スミスはふ、と胸元にすり寄る。「車のディーラー……」
まだ言って、と降谷はため息をついた。
「っていうかなに?」園子は車内を見る。「ランボルギーニだあ、すごい。初めて見たなぁ」世良も近づく。
「まさかーー」皆が降谷を見る。ぱ、と両手をあげる。「そんなわけないだろ?こんな高い外車……」
「検問はだめよ!車を絶対にーーあ!」走って出てきた佐藤が無線から顔を離す。
「なにかあったの!」コナンは叫ぶ。佐藤はちら、とスミスを見たがまた走り出す。「ーーっ車が盗まれたの!」「必ず取り返さないとーー」高木がパトカーに行くのを佐藤は止める。
「ああ!だめだわーー」首を振る。「一般道を80キロ以上は出せないっ!高速道路でも160が限界っ…」「盗まれた車って!」コナンはまた叫ぶ。「ランボルギーニ!」高木と佐藤の声が揃う。
無線が入る。「追うのは無理だ!危険すぎるーー」「なにより追い付けない!」「ばかっ!」がし、と佐藤は無線に叫ぶ。
「なんとしても捕まえる!例え……」
くっ!と降谷を払いのける。
「例え規律違反でもーー!」
「佐藤さん!」高木が手を引く。「だめです!それは押収車ーー違反改造してあります!なによりそれに手をつけたら懲戒免職です…!」
怒鳴る高木。「それにこれ以上ーー」「そうよ!」佐藤は高木を見た。
「これ以上、公安にもっていかれてたまるかぁっ!」
「っ」がし、とコナンはスミスの手をつかむ。「名前さん!協力して!」「え」
にやり、コナンは降谷とスミスを見た。
「空をーー空を飛べるね!名前さん!」
「は…」
「え、きゃあ!あ、安室さん!?」
「早い車には早い車さ!」
佐藤は運転席からぐいと押され、古谷は乗り込む。同じように後部座席にコナンは高木と名前を詰め込んだ。
「うわぁ!ぶーーんうっ」胸元が顔にあって、高木は素直に真っ赤になる。「その気はないわよ」
「コナンくんーー!」蘭が叫ぶのと同時に、真っ赤な車は弾丸のような速さで動き出す。
「んああああっ!」全員が同じ方向に押し潰される。
「首都高へ!」無線に佐藤は言う。「やはりそうね!160までなら何も引っ掛からない!」
「佐藤さん!今どこにーー」「っお、押収したランボルギーニにっ…」「なんだってぇっ!?」
「あ、安室さん!」やめて!と言いたげな佐藤に、ガチッ、とギアが入った音がして「わああああーー…」全員で反対側にひっくり返る。
「おい俺のアイスじゃんか!」
「ちがうでしょ」灰原がそれを元太から離す。「みんなの、よ。わたしのでもあるんだからーー」「歩実にもーっ」
光彦が灰原が舐めたアイスに赤くなる。「っぼ、ぼくにもーー…」
わあっ!全員は道路を背にからだを縮めた。
「な、なんだっ!」キョロキョロする元太。
「風…?」歩実がぱちぱち瞬きする。
「違うわ」と灰原。
「車じゃなーーもう危ないのぉ…」
「赤のランボルギーニ…」灰原は目を細めた。
「い、いやぁぁ…」高木がよれ、と起き上がる。「…好きね。あなたも」スミスがにや、とする。また胸元に思い切り飛び込んでしまった。コナンが後ろから顔を出す。
「高木くんっ!」佐藤は違う意味で叫ぶ。「え、ああっ!」ぶんぶん首を振り、頷く。「こ、国土交通省にコンタクトを!」「言われなくともーー指令部!」がさ、と音が鳴る。「はい!」「一般車両は通行止めに!パトカーと…」「わたしたちの赤のランボルギーニを通らせて!ああもうーー」「は?ランボ…」「いいから!」
佐藤は安室を見る。一般道速度違反、一時停止無視ーー…!
目の前でETCのバーがあがっていく。
うわあぁああ!と交通整備の人間が頭を押さえたのが見えた。
ばたばたと料金室が揺れ動く。
「安室さん!もう100キロ以上出てるわ!」ちら、と佐藤はコナンを見た。
「危険すーー」ぶわ!と佐藤は椅子に張り付いた。「ちょ…!」速度はさらに上がり続ける。
「で!」安室も叫ぶように言う。「この先は道がわかれてるよ!どっちに…」
バックミラーから見えた。スミスが左をさす。
「いやあっ!」とまた高木。「ねえ!」
「コナンくん喋らないで!舌を噛むかもしれ…」今さらながらシートベルトをする。「なんなの!?なんでその車を追いかけて…」
「話はあと!」佐藤は目の前を見た。
「っ絶対にっ…!今回だけは…!」
後ろのスミスを佐藤は見る。「あなた!」「あぁ、なぜ左かって?見えたんだ」「はあ!?」と高木。一台も車はいない。
「ち、違ったら…」
コナンはスミスを目だけで見た。この人視力いくつあるんだ。
「うそでしょ」
「いたあっ!」高木が指差すが、また背もたれに張り付く。
「待って、ほんとにっ…」佐藤までぐ、と指先に力を入れる。
安室さん!なんて人なの、あなたーー!
「いました!車両を発見!」「傷をつけないで停められるかーー!」「っむ…」
無理です!高木は叫び、メーターを見た。180!「対象車両は180以上出ていますーーこれでは止めるどころかっ…」
「対象車両まで事故を起こすっ…!」
「どうしたらっ」
「大丈夫だよ!」
天使がいるーー!
コナンがスミスを見る。「いける!?」スミスは肩をすくめた。まるで普通に足を組み、ゆったりしている彼女を佐藤は「はあ!?」信じられない、といったふうにミラーで見る。高木など蜘蛛みたいだというのに。
「何するつもりーー!」
「「飛びうつる」」という降谷とスミス。
「っ…!」あまりの台詞に、一瞬言葉がでない。「バカなこと言わないで!」激しい重力に佐藤は顔を歪める。「でもほら、おしりが見えてきた」
「あとちょっとーー!」「205だ!」コナンは言う。「205!安室さん!いい!?」「よくないっ」高木は叫ぶ。「メーターが見えた!」コナンは眼鏡をズームする。
「200出てる!だから205だ!」
「なんなのっその5キロ!」高木は女性のような喋り方をする。
「並んで飛び乗っても車は動いてる、飛びうつる名前さんは空気抵抗を受けるから、落ちたらーー」
「並んで飛びうつろうとしても、しがみついたら車が傷つくわ。だから、通りすぎる瞬間に、真上から。飛びうつる」
まるでふわりと、羽根みたいに…。
はっ、と佐藤はスミスを見た。「傷、つけちゃいけないんでしょ?」
どうして、と言えたかわからない。
「いいよ」降谷はミラーを見て頷く。
「傷つかないようにできるだけ上から着地したいーー透!」スミスはシートベルトを外し、高木にヒールを投げた。
「ああ!でもちょっと…」にや、とする彼に皆息を飲む。「痛くしちゃうよ!みんな我慢できるかい!」
スミスはドアを開けた。「名前さん!高木刑事、ドアが閉まらないようにして!」
「ああ、だめだめうそでしょーー」
「190!」
降谷はさらにアクセルを踏む。「あぁっ手がもげそう!」
車内はバク、バク、とひとつずつ鼓動がするようだった。
「コナンくん。わたしはたしかに空を舞う…」
「…え……」
でもーー
「195!」降谷は叫ぶ。「トンネルに入る前にやって!」スミスはさらに前のめりになる。ガチッ!という音とともに、すべてがスローになる。「200…!」
後輪に車体は乗り、ぶわっ、という音と共に、空に飛び上がる。無重力になった車内で、コナンには見えた。「205…!」
ーー天使って、呼ばないで……
「いやあぁあああぁっ…!」佐藤は素直に恥ずかしいくらい甲高く悲鳴をあげた。落ちる。
物凄い衝撃と共に前輪が着地した。脳味噌が揺れる。「やべっ…!」
ずるっ、と高木が椅子から崩れ落ちる。
す、と降谷は佐藤の額を後ろにやる。
「あんまり頭を動かさないでください。お星さま。見えてませんか?」コナンも顔を出す。「う、や、やりすぎだって…」そしてまた消えた。
くす、と聞こえて佐藤ははっとした。ばっと後ろを見る。「名前さん!」トンネルから追っていたランボルギーニが出てきて、端に止まる。
出てきたのは、彼女だった。「まさか」出て行くと反対の助手席には、突っ伏す男。
サイレンが聞こえる。「な…」はああ!と膝に手をついた。震えてる。
「なんてことを……」降谷と交互に見る。なんてカップルなのーー…
「あっ!」靴を持って走ってきた高木が、ふら、とするスミスを抱き止める。
「だいじょぅ…」ぶ。でスミスは高木に口付けた。「わあっ!ごめんなさい!」なぜか謝る高木。
「ふふ」「ちょっと!?」という佐藤。当たり前だ。「…ありがと」ゆっくり立ち上がるスミスが、またフラ、と前に倒れたのを止めたのは降谷だった。
「さて、押収車にも一般人の僕が乗っちゃったし、でも車は無事戻りましたし。彼女も……気絶させちゃって」
刑事2人はまたからだに力をいれる。
「協力は……感謝するわ。安室さん、名前さん……」
「わかってますよ。また調書、要りますよね?」よっ、とスミスを抱き上げる。
「…すみませんが」と佐藤は厳しい顔をした。「でも今日はもちろん」「えぇ」「車が」と高木が案内に手をやる。
「安室さん…」コナンの声を背に、降谷は立ち止まる。「なんだい?」「天使って…呼ばないで……」
降谷は前を見た。手招く高木が見える。
「名前さん、そう言ってた」
Don’t call me ANGEL.
「そう……彼もわたしが相手ならあの刑事とうまくいっていても無理……」
歩き出す降谷の胸元で、まだ長く濃い睫毛を伏せたまま。スミスが言う。
コナンには見えないし、聞こえない。
「…キスしたときちゃんと返したかい」
ふ、とスミスは笑みを見せる。
「もちろんーー」
すっ、と胸元に入れた拳銃を思い、スミスはそのままでいた。
「あのさ、歩けるんだろ。なら歩いてくれないか」
「イヤ」
ふふふ。とスミスが首に巻き付いてくるので、まあ…いいか。と降谷は斜めのほうを見た。
コンコン、という窓から女の顔が出てきて、「うわあっ…!」窃盗犯はぞっとする。天井にいるのか!?
またコンコン、という音がする。
銃口だとわかったのは、そんな仕事ばかりしているからだーー。
腰を抜かしている窃盗犯を背に、佐藤はコナンに喋り出す。
「…防衛省の幹部が辞任したの」
「知ってるよ。ニュースの会見も見た」コナンは顎を引く。「所轄の不祥事のせいだって、テレビで」
佐藤がぐいっ!と顔をそむけた。高木が静かに続ける。
「…幹部はほとんど総入替えになって」
「新体制になった?」
「そう……そのほとんど全ての幹部が……」佐藤はまた目をそらす。
「警察OBや、現職の管理官以上クラス…」
コナンはす、と顎に手をやる。
「……警視庁にとって都合のいい人が、集まったってことだよね」
「あぁ」高木はしゃがんでいたが立ち上がった。
「それで…?」
「これは言ったらいけないかもしれないけどね、今夜、その就任パーティーかんあるんだよ。ニュースにはしてないけど。マスコミに圧力をかけてるから」
「【個人的】な集まりがね」という佐藤はもう背を向けていた。
「それで…そのOBが趣味で車を集めていてね…」
「情報っていうのは」はあ、と佐藤は振り向く。「あるかぎり、隠せないのよ」
あるんだから。と。
「で、どっかでそれを知った」と犯人を控え目に指差す高木。「盗みに入って入れ換えてたみたいだけど。見分けがつかないわけないよね、彼ら毎日のように外車を見てるんだから。ディーラーから被害届が出てたからすぐつながったんだ」
「車のディーラー…」
コナンはすぐ同じ台詞を聞いたのを思い出した。
「左から順にーー笠原秀樹、藤堂あつしーー」
名前を読み上げる部屋に降谷は静かに入る。
「降谷さん」囁く刑事にそのままでいる。「【入替え】は無事」「以上!幹部クラス6人のうち、4人は警察元OBです!」
「あぁ。こちらも無事済んだ」
「ですが今回は…」
ぱたん、と風見が入ってきて後ろ手でドアを閉める。
「所轄の【取り分】に。盗まれた笠原秀樹氏のランボルギーニは無事、手元に戻りました」
もちろん、傷ひとつつけず……。ちら、と風見が目だけで降谷を見る。
「あの佐藤という刑事……」風見はさらに顎を引いた。
「なんだよ」くっくっ、と肩を揺らして笑う降谷。「なぜあの女に運転させなかったんです?押収物に手をつければ、通常なら……」
「懲戒免職」首を切るしぐさをした。
「ならばなぜ?」
「なあ、なんで我々動物は競争には夢中になるのかな……」
は?とひとりの座る刑事が顔をあげる。風見はまだこちらを向かない。
降谷も向かなかった。
「…それは……」
降谷が風見にからだを向ける。
「相手よりも先1番に」
風見も向けた。
「……なるため」
「そしてそれはーー」2人はお互いに顎を上げた。互いに見下ろすように。
それが快感だからだ……。
「見てっ」カーテンから出てきたスミスに、風見はさっと赤くなる。
隣にいた店員が「や…」ふわあ、と髪がV字に大きく開いた背中にかかると拍手した。「お客様……!とってもお似合いです!」「お写真よろしいですかーー」
「あ」と降谷は試着室に顔を出す。
「写真はやめてほしいな、彼女なんだ」
独り占めしたいから…。という降谷に店員はバタバタした。
「ねぇ風見ってば」はっとする。向日葵柄のワンピースの裾を持ち、片足を後ろにやるスミス。
「あ、あぁ…」
「似合う?」
「に…っあ」こくり。と頷く。む、とスミスが顔をしかめた。
「でもここ」降谷は胸元を指差す。「あきすきだ。っていうかきみ、ほとんど裸だよ!あのさ、もうちょっとーー」
「そんなことないわよ。丈だって膝まであるし…じゃあーー」
綺麗?と鏡に向かって首をかしげる。
肘を降谷に突かれた。言え。という意味だ。
「っ……あぁ…き、れいだ…」
「え?」
「きれいだっ…!」
なぜか咳が止まらなくなって、ぶは、と言う降谷が見える。あぁそうかよ、どんな意味でも殺す気なんだな。と風見は思った。
「ならこれもっ」
「「え」」男2人は真顔になる。
「着ていくわ。タグを切って?」
あとそのヒールもね、とスミスはずらりと並んだ靴を指差す。
「ちょ」「け、経費で落とせよ」「落ちるわけないでしょ!?」風見は声をひっくり返す。
「あとは鞄を合わせたいから」
「こちらは?」「ん、もっと小さいのは?ねぇ、2人とも?」
どっちがいい?と言われ、2人の男は首を振った。わかりません。
「あぁ……」テラス席でひっくり返る2人の男は、さわさわと揺れる木々を見つめるしかない。
「なんで」風見はからだを起こす。「なんで私までこれに付き合うんです!?」
ずぞ。と降谷は氷でいっぱいのアイスコーヒーを吸った。
「スミスが」
「え?」
「彼女が、風見に、自分の趣味をわかってもらわないとイヤだと言うからだよ」
ふん、とする降谷に風見もしばらくして同じ顔をした。
「悪かったですね……センスが悪くて」
降谷さんみたいに…と呟くのが聞こえる。
「ん?」
「慣れて…ません……から…」
「あと下着」ぶっ、と水を風見は吐いてしまう。後ろからスミスが立っていた。
「したっ」
「日本のはFじゃ無理!もれるし食い込むし欧米ならいいけど日本のはーー」
「あのな!」と風見は振り向く。「どれだけ恥ずかしかったかわかるのか!サイズがわからないといったら下着姿のモデルを山ほど見せられたあげく!とりあえずこれくらいかもと店員が出してきたなんだーー」
「ブラ」と降谷とスミス。
「っそれを買ったらなんだか意味不明なことになんで値段がさっきと違うんだよ!?はあ?」
風見…降谷は肩がずり落ちる。相当ストレス溜めてたんだなと。
「F以上になると紐の太さが変わるのよ!」がさがさとスミスは袋から下着をつかんで出す。ぶらり、とそれは2人の間にぶら下がった。
「っ…!」
「重くなるから!わかるでしょーー支えのために紐が太くなるの!そのぶん高くなるのっ」
「2人ともとりあえず座ってくれ」
頼む。と頭を下げる降谷に、2人は周囲がざわざわしてるのが聞こえてその通りにした。
「…嬉しそうだな」
「は?」
目の前を行くスミスの足取りが軽い。
「そりゃ」がさ、と男2人は紙袋を鳴らす。「そうなんじゃないですか」
「色男両手だもんな?だんな様?」
きっ!と風見は降谷を睨むが、彼も楽しそうだった。
「あぁ…」降谷は木々に目を細める。鳥の声もする。
「こんなふうに……過ごせるんだな…」
この仕事をしなければ。
「…」風見は前を向く。スミスの髪が揺れている。
「そうですね」
「やめたいと思ったことは?」仕事。と降谷。
「山のように海よりも深く」「はは」
そりゃそうだよな…
「…僕もそうだよ」と口にする降谷に、風見は少し驚く。
「こうやってると…余計に、な」はははという声が車で通りすぎる。
ベビーカーを押す家族。スマホを見て歩く学生。
「違う人生が……」
ロイ…!
スミスが叫び泣くのが浮かぶ。あのベビーカーを覗く、お姉ちゃんくらいの歳だった。
「降谷さん」風見は立ち止まる。
「ん…」
「私たち、公安部は。公安部の刑事はあなたを信じています」
「風見」降谷は振り向く。「山のように高く、海のように。深く」
だからこそ、迷わないでほしい。
「迷わず、私を切り捨ててください」
「風見」
「ちょっとふたりともーっ」
スミスが呼び、店を指差し入っていった。
「…彼女も同じはずですよ、降谷さん」
「いやだね」降谷はがさ、と紙袋を鳴らし歩く。「イヤって…」「僕は迷ってないよ、もう迷わないさ」
どちらも失うくらいなら、自分に、その1発を向ける。
「覚悟はもうしたさ」
「降谷さん」
「僕は…」は、とあきれたような顔をする降谷に風見は顔をしかめる。
「好きだ」
息を止めたのが伝わらないといい。風見は願った。
「彼女が……」
「はい」
「好きだ」
「はい…」どんどん下を向くのが自分でわかり、嫌になる。
「お前も……そうだよな。風見」
「っ…」否定できない。ぎゅ、と握った袋の紐が痛い。
「申し訳ありません…」
「なんで謝るんだ」はあ、とため息をつき、降谷はガードレールに腰かける。
「彼女は協力者です……なのにこんなふうに……自分で情けなく思います…」
「彼女は協力者の前に人間だし、女だ。風見、お前も公安部の刑事の前に、人間だし。男だろ」
「しかしーー」見上げた目の前に、彼女を待つような格好の降谷に、ふ、と風見もさっきの降谷と同じ顔をした。
「…これ以上は……私もっ…」ぎゅう!と閉じた瞼の裏にスミスが映る。
「……苦痛…です」
「!」
ふら、と隣に腰かける男は弱々しかった。
「誰かの恋愛感情を抱きたくない…」
「かざーー」
ばっ、と風見は立ち上がった。「でも降谷さん、彼女は、彼女はあなたが好きです。僕じゃない。それでも僕はーー僕は彼女が求めるならなんにでもーー」
例え抱いている間、違う男を想っていても……。
「お願いです…降谷さん。彼女を想うなら、協力者から解放してください」
しばらくなにも言わない降谷に「降谷さん…!」詰め寄ってしまう。
「風見……もし彼女が。こんなふうに出会わなければ、お前たちが付き合っていて、結婚したかもな。僕は、参列者のひとりだったかもな」
「ふーー」
「でもな、過去にもしもはないんだ」
はっ!と風見は目を見開く。
「彼女は解放しない。守ることができなくなる。それに」
天使って呼ばないで。
「…僕たちは……天使に魂を捧げたんじゃない」
降り立ったら、そこにいるのは悪魔だ。
人間の魂がほしくてほしくて仕方ない……悪魔。
「ならば」目の前に風見は立つ。
「死んでも彼女を守ります」
守ってみせる。それが、我々公安部の、自分の仕事なら。それしかできないのなら。
「それでもいい」
「風見」
「それでも……いいーーだから、降谷さん。絶対に」
「ちょっとぉ!」スミスが出てきて2人ともぎょっとした。手にはいっぱいの紙袋。
「「また買ったのか!?」」男2人は顔を見合わせて、ぷっ、としてしまう。
「ん?」スミスは首をかしげた。
「あぁ…あは、は、あははははっ」
降谷は腹を抱える。だんだん耐えられなくて、風見も肩を震わす。「ぶ、くっ…は、はははっ……ははは…!」
「なに?」
スミスはしばらく、笑う男を交互に見ていた。