待ち合わせ場所は町の喧騒から少し離れた川沿いにある公園。
遊歩道が整備され、朝と夕方にはジョギングやランニングの人で賑わう。昼は子供の遊び場になる公園も夕方は人気がなく、遊歩道から離れ影になっているここは、他の場所よりも早く夜が訪れる。
夏の夕暮れは一日お疲れ様と告げてくれているようで、冬の夕暮れの寂しさとは違い優しくて好きだ。
こういう情景を俳句の季語で習った気がするが、思い出せなくていつもモヤモヤする。
そんなことを思いながら夏の夕暮れの僅かな清涼の訪れを肌に感じ、緊張で震える自分の足を見て笑ってしまう。緊張の原因が今から春日井沙耶に会うからだと知っているから、心の底から湧き上がる高揚感が可笑しくてたまらない。
事前に写真を送り合っているから顔は分かる。
そもそもこの時間に公園のベンチに座る中年なんか滅多にいないから、すぐに分かるだろうと俺が送ったメッセージに対し「そうですね(笑)」と返してきた春日井沙耶の飾らない態度に、これまでのやり取りで得た信頼を表しているようで嬉しく感じる。
あまりキョロキョロして浮わついているのを悟られないように、下を向いて土を見つめる。
土というよりは砂っぽいな、などとどうでもいいことを考えていたとき、ジャリを噛む足音がして夏の夕暮れにはまだ早い影が差し、俺を覆う。
白いサンダルに、鮮やかな青いネイルの爪は海と砂浜を連想させる足元が俺の視線に入ってきて、ゆっくりと顔を上げると大人の境目にいるのだと感じさせる幼さと、色気を持った少女が俺を見て微笑む。
俺も笑みを返すが、昨晩見た写真の春日井沙耶とは違う顔と、事前に聞いていたのとは違う服装に戸惑う。
黒い髪でたれ目の幼さが先行する大人しそうな顔だち。更に白いワンピースを着てくるはずの春日井沙耶はここにはない。
目の前にいる子はブラウンの艶やかな髪を夕日に梳かし、透き通った瞳は見ているだけで美しさに心臓が跳ねる。
顔立ちは可愛いさあるが美しさが際立ち、全体的にバランスのとれた見た目に、年甲斐もなく一目惚れしてしまいそうになってしまう。
若い芸能人やアイドルの顔の見分けがつかないことは多々あっても、ここ最近やり取りをした相手の顔、まして昨晩穴が開くほど見た春日井沙耶の顔を見間違えることはないはず。
ゆえに間違いなく他人だという確信を持とうとすると共に、更に状況が飲み込めなく混乱しつつも、目の前の子に惚れそうになる自分の気持ちを押さえる大惨事。
そんなことはお構い無しに少女は、微笑みを俺に向けたまま口を開く。
「隣に座っても良いですか?」
恐ろしく間抜けな顔をしているであろう俺が声も出せず頷くと、少女は俺の隣に腰を掛ける。
座るときに少女の動きに合わせて動いた空気が運んできた香りは、混乱する俺をより深く混乱へ誘い一層困惑させる。
「初めましてですね。花蓮麻琴といいます。おじ様のお名前を、聞いてもいいですか?」
花蓮麻琴と言う聞いたこともない名を名乗る少女に、春日井沙耶でないことが確定しただけで、混乱と疑問はただただ大きくなる。







