「ひ……っ」
郵便受けを恐る恐る開けた私は、小さく悲鳴をあげた。
まただ……またあの手紙が入ってる。
破り取られたノートのページに殴り書きされた、ストーカーからの手紙。
”〇〇ちゃん、おかえり。今日も可愛かったね”
”今日着てた服は初めて見かけたな。この間友達と出かけた時に買ったのかな?”
「……!」
先週の休日、友達と遊んだ時のことまで知られている。
もしかして、あの時もどこかから見てたの……?
「もう、やだ……っ」
『……〇〇さん?』
「きゃっ!?」
恐怖で泣きそうになっていたその時、後ろから名前を呼ばれて、私はびくりと肩を震わせた。
『あ、急に声かけちゃってごめん……!びっくりしたよね、』
「阿部さん……!こちらこそすみません、失礼なことして……」
振り返ると、そこにいたのはお隣に住む阿部さんで、途端に肩の力が抜けていく。
阿部さんとは、半年前に私がこのマンションに引っ越してきたことで知り合った。
歳が近く、本が好きという共通点もあって仲良くなり、……実は私は今、密かにこの人に想いを寄せている。
過剰に驚いてしまったことを詫びる私に、阿部さんは優しく笑いかけた。
『全然失礼なんかじゃないから、気にしないで。
それより……何かあったの?』
「え?」
『今の反応、単にびっくりしたっていうより、何かに怯えてる感じだったから。それに……泣きそうな顔もしてるし』
「あ……実は……」
鋭い分析に驚きつつ、手に持っていた手紙を見せると、阿部さんの顔色が変わった。
『何、これ……もしかしてストーカー?』
「は、はい……数ヶ月前から、帰り道で視線を感じることはたびたびあったんですけど、気のせいかなって思ってて。でもここ1ヶ月くらい、こうして郵便受けに手紙が入ってるようになって……」
『ハガキとか封筒じゃなくてただの紙ってことは、直接ここに入れに来てるよね。書いてあることも、一日監視してたかのような内容だし……』
「私が先週友達と遊んだ時のことも知ってるってことは、家の周りだけじゃなくて私の行く先々にずっとついてまわってるってことですし……やばすぎますよね笑」
『……笑わないでよ』
空元気で笑う私を見て、阿部さんは辛そうに眉根を寄せた。
『無理に笑わなくていい。本当は怖くて仕方ないんでしょ?
ずっとずっと、怖くても独りで頑張ってたんだね』
私の頭を撫でようとして伸ばされた手が、迷うように数秒止まったあとで、私に触れることなくそっと戻っていく。
男の人に怖い思いをさせられている私を気遣ってくれたのだろう。そんな彼の優しさに気づいた瞬間、我慢していた涙が溢れてきた。
「阿部さんっ……」
『え、〇〇さん……!?』
急に抱きついた私を受け止めた阿部さんは、やがて困ったように笑った。
『ストーカーに遭ってるっていうのに、それはちょっと無防備すぎない?笑
……俺が我慢してたこと、さらっとやってのけちゃうんだから』
「え?」
体を離した阿部さんは、真剣な目で私を見つめた。
『こんな時に言うことじゃないってわかってるんだけどさ。
俺、〇〇さんのこと好きだよ。だから〇〇さんのこと、守りたいって思ってる。〇〇さんさえ良ければ、付き合ってほしい』
「……えええええ!?」
思いもよらない言葉に、思わず大きな声が出てしまう。
『ちょっと、そんなに驚くこと?俺結構アプローチしてたつもりなんだけどなぁ』
「そ、そりゃめちゃくちゃ優しい人だな〜と思ってましたけど……まさか好きでいてくれていたとは……」
『俺も、下心があるただの男だってことだよ。その手紙送ってくるストーカーの男と同類。
……それでも俺のこと、信じてくれるの?』
「阿部さんは、ストーカーとは違いますよ。私が嫌がることはしないし……それに、好きな人は特別ですから。
こちらこそ、よろしくお願いします」
『……!』
今度は、阿部さんの方から抱きしめてくれる。
『信じてくれてありがとう。
明日、一緒に警察行って相談してみよう。それで、これから仕事の後はなるべく俺が迎え行くね』
「……はい。
阿部さん、本当にありがとうございます」
『これからは彼氏と彼女になるんだし、敬語やめない?笑
あと、〇〇って呼びたいし、……亮平って、呼んでほしいな。ダメ?』
こてん、と首を傾げる可愛らしい仕草に、思わずきゅんとしてしまう。
「……ダメじゃないよ。
これからよろしくね。……亮平くん」
照れて囁くように呼ぶ私に、亮平くんは優しい笑顔で頷いてくれたのだった。
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