翌月の9月20日。
とうとう〈リインカネーション〉の一周年の日がやってきた。
当日の主なイベントは二つ。
〈シンデレラ・プロジェクト〉関連のイベントと記念のディナーパーティー。
パーティーは午後7時から、2階のフレンチレストラン〈ルメイユール・プラ〉にて開催された。
ビル前に続々と車が到着し、美しく着飾ったゲストを下ろして走り去っていく様子が、1時間ほど前から続いている。
さながら、海外セレブが集うパーティー会場の様相だ。
8階のVIPサロンの窓からその様子を眺めていると、支度を手伝ってくれていた律さんが、声をかけてきた。
「今回のゲスト、もう、本当にすごいですよ。政財界の要人の奥様やご令嬢を筆頭に、大使と大使夫人でしょう、それから超有名女優の椿谷志帆、モデルの斉木マリア……みんなオーナーの顧客なんですよね」
今朝、受付担当からリスト見せてもらって、と興奮した様子で話している。
「でも、優紀さん、女優さんやモデルさんにも、まったく引けを取っていないですよ。本当に最近は、つい見とれちゃうほど綺麗。幸せいっぱいだからですかね。正直に言うと、はじめてお会いしたときは、そこまでとは思ってなかったんですけど」
「ありがとう、律さん。でも見とれるっていうのは言い過ぎだと思うよ」とわたしは首を振る。
「ほんとです。お世辞は1ミリも入ってないです。だいいち、このドレスを着こなせるなんて、ハリウッド女優、いや、もはや女神レベルじゃないですか」
今日、着る予定になっているのは、スパンコールがV字に配されたシャンパンゴールドのマーメードラインのイブニングドレス。
今はまだ、窓のそばに置かれたボディーに着せられて、ライトの光を浴びてきらめきを放っている。
玲伊さんが無理を言って、日本に出店しているフランスのオートクチュール専門のメゾンに超特急で作ってもらったもの。
そこのチーフデザイナーさんも彼の顧客だったために、可能となった離れ技だった。
「もう、いつもお世話になっている香坂さんだから引き受けたけれど、他の人には絶対、内緒よ。わたし、これからずっと徹夜仕事しなければならなくなってしまうから」
「もちろん言いませんよ。本当に感謝しています。次回の施術、とことんサービスさせていただきますから。1時間のヘッドスパとスペシャルトリートメント付きで」
そんなやり取りがあって、驚異の短期間で縫い上げていただいたものだった。
わたしは軽くため息をついてから、律さんに視線を向けた。
「そんな、手放しでほめてくれるのは律さんだけだと思うけどな」
「何、言ってるんですか。そんなこと言ったら、オーナーが泣きますよ。俺がどれだけ手をかけてきたと思ってるんだって。今日は大切なお披露目の日なんですから、堂々としていないとだめですよ」
「その通りだよ、よく言ってくれたね、岩崎」
目を向けると、いつのまにかそばまで来ていた玲伊さんがこちらを見て微笑んでいる。
彼も、もちろん正装。
黒のテイルコートに身を包んでいる。
「ありがとう、岩崎。こっちはもういいから受付の手伝いに回ってくれるかな」
「了解です。じゃあ、優紀さん、後で」
「どうもありがとう」
「待たせたね。急いでメイクしないと」
そう言いながら、テイルコートを脱いでハンガーにかけた。
上着の下の装いは、白シャツに白い蝶ネクタイ。光沢の美しい黒の拝絹地のスラックスに優雅なオペラパンプス。
完璧な正装姿は気品にあふれていて、彼を見慣れているはずのわたしの目にも、やっぱり神々しいほど光輝いている。
玲伊さんはわたしにケープを着せると、髪を丁寧にとかし、サイドの髪を少しだけ取って後ろで結び、ドレスと相性のいい色合いの生花のブーケを飾った。
昨晩のオイルパックの効果か、鏡に映るわたしの髪はいつもに増して艶めいて見える。
それから、彼は正面に回り、丁寧に下地を作ってファンデーションを塗り、それから熟練の職人的手際で、鮮やかにメイクを施していった。
「うん、完璧だ。鏡、見てごらん」
洗った手をタオルでぬぐいながら、玲伊さんはわたしを促す。
わたしは鏡に目を向けた。
玲伊さんにメイクをしてもらったとき、鏡のなかの自分はいつもとまるで違う、と思ってきた。
けれど、今日は、本当に別人だとしか言いようのない仕上がりだった。
丁寧な手入れを重ねてもらった黒髪は、つややかで一筋の乱れもない。
度重なるのエステで磨かれた肌は、なめらかな真珠色。
薄紅色のチークが肌の白さを引き立てている。
付け睫毛とアイラインでよりくっきりしている二重瞼と、黒曜石を思わせるつぶらな瞳。
唇も毎晩のパックのおかげでふっくら瑞々しい。
ローズ系のリップで彩られ、まるで朝露に濡れる花びらのようだ。
そして、このひと月で変わったところは、外見だけではなかった。
マナーの先生の厳しい指導のおかげで、立ち居振る舞いにも自信が持てるようになっていた。
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