テラーノベル
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で、いくら必要なんだ?」
ファストフード店の小さなテーブルに、冷めたコーヒーが置かれている。
スンホはプラスチックのカップを両手で包んでいたが、何も飲めずにいた。
「……ウォンで、2億……くらい。」
俯きがちな声は、周りの雑音にかき消されそうだった。
「2億ウォン?」
黒いキャップを被った男が、笑ったのか、吐息を漏らしただけなのか分からない声を出す。
「日本円で2000万ちょいか……若いのに、派手にやられたな。」スンホは視線をテーブルの端に落としたまま、唇を噛んだ。
「……友達に……船を貸すっていう……チャーターの仕事で……」
言葉が途切れるたびに、男の視線がスンホの顔を探る。
「保証金?先に払ったら、全部持ち逃げされたってやつか。」
その言い方は、どこか楽しんでいるようにも聞こえた。
スンホの喉がひくひくと動いた。
「家族にも言えなくて……誰にも言えなくて……だから、日本に……」
男は短く鼻で笑った。
「なるほどな。で、その借金取りは?」
「……まだ韓国に。でも……最近……日本の携帯に、電話が来た……」
スンホは震える手でスマホを握りしめる。
「……見つかるのも、時間の問題か。」
男は冷めたコーヒーをひと口飲んだ。
「まぁいいや。」
テーブル越しに、男の指がスンホの手に触れる。
「金、欲しいんだろ?」
スンホは黙って頷くしかなかった。
「じゃあ、言うこと全部聞けるか?」
男の声は静かだったが、背筋に冷たいものが走る。
スンホは声にならない返事をするしかなかった。
男はゆっくりと笑った。
「……いい子だな。」
そして、携帯を取り出してスンホの前に突きつけた。
「これからお前にやってもらうことを送る。……返事は一回でいい。“はい”ってだけでいい。」
スンホの指先が、小さく震えていた。
送られてきた住所は、郊外の小さなショッピングモールの隣だった。
待ち合わせの喫煙所には、男がもういた。
「緊張すんなって。ただスマホ契約するだけ。」
男はそう言って、スンホに書類の一式を渡した。
「新規で2台。名義はお前。でも使うのはウチら。な?」
スンホは、喉がひりつくのを感じながら頷いた。
「……これって、違法じゃ……」
「名義貸し。まぁグレーだな。バレてもお前がちょっと怒られるだけ。たいしたことないって。」
男は笑って言う。
「代わりに、5万。すぐ払うよ。」
スンホは迷っていた。でも、5万。今日の生活費さえ心許ない今、それは大金だった。
書類にサインをすると、男の目つきがふっと変わった気がした。
「いい子だな、ほんとに。」
スンホはその言葉に、少しだけ背筋が冷たくなるのを感じた。
でももう、引き返せなかった。
「今日はもう一件だけ頼むわ。」
待ち合わせたカフェの隅席で、男はそう言って、封筒を机に置いた。
「これをこのまま新宿のコインロッカーに入れるだけ。」
スンホは封筒を見た。中身は何か、聞くのが怖かった。
「現金だよ。振り込みじゃ足がつくからな。」
男はカップを置き、スンホを見た。
「お前はロッカーに入れて、番号だけメッセージする。それだけで1万追加。」
たったそれだけで1万円。
スンホは唇を噛んだが、首を縦に振った。
「……わかりました。」
男の口元がゆるむ。
「いい子だな。ほんとに素直だ。」
スンホの胸の奥が、また冷たくなる。
それでも、手は封筒を掴んでいた。
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