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――一方、帝都の皇宮では。
「セレナ様! お野菜をぱぱっと食べちゃいましょう!」
「やだよ~!」
「ほんのひと口でいいですから!」
「やーだ!」
朝食の席。アンナが笑顔で差し出したフォークを前に、セレナはぷいっと横を向いた。
「セレナ、きょうドラゴン見にいくの!」
「その前にお野菜を食べるんです!」
「おかしがいい!」
「朝からお菓子なんて絶対にダメですよっ!」
「じゃあ、ギルバートにもらうもん!」
「へっ、俺っすか!?」
壁際に控えていたギルバートが、突然巻き込まれて目を丸くする。セレナは椅子から身を乗り出し、子犬のようなきらきらした瞳で彼を見つめた。
「ギルバート。おかし、いっこだけちょうだーい?」
「……一個くらいなら、ポケットに――」
ゴゴゴゴゴゴゴ……!
「ギルバート様?」
背後から、凄まじい圧。
「まさか、甘やかしたりしませんよね……?」
アンナは笑っている。しかし、目が一切笑っていない。
「…………」
ギルバートは、そっと視線を逸らした。
「……やっぱ絶対ダメみたいっすね、姫様」
「ギルバートのけちー!」
「俺のせい!?」
アンナはふんっと小さく鼻を鳴らし、再びフォークを構えた。
「いいですか、セレナ様! このお野菜をひと口ぱくっと食べたら、お昼にお菓子をひとつ食べてもいいですよ!」
「……ほんと?」
「本当です! 約束ですよ!」
セレナは眉根を寄せ、緑色の野菜と睨み合う。しばらくして――。
「むぅ……」
小さな温野菜をひとつ、もぐっと口へ放り込んだ。
「……まずーい!」
「はい、よくできました! えらいですね!」
「おかしちょうだい!」
「お昼って言ったじゃないですか!」
「いまほしーの!!」
朝から、すでに戦いは始まっていた。
***
帝都の大広場では、年に一度の『春の幻獣祭』が開催されていた。色とりどりの旗がはためき、青空では翼を持つ巨大な幻獣が悠然と旋回している。そして、人だかりの向こうには――。
「わあぁぁ! ドラゴンだ~っ!!」
セレナが目を輝かせた。人間界には、目には見えない微量の魔力が漂っている。それが長い年月をかけて一か所へ蓄積すると、高濃度の魔力を宿した天然の魔石が生まれる。
そして、その中でもごく一部――生命を宿した魔石から誕生するのが、幻獣だ。魔界の亀裂から現れ、人間へ害をなす魔獣とは異なる、人間界生まれの希少な魔法生物。現在では野生個体はほとんど残っておらず、多くが保護施設や幻獣使いのもとで大切に育てられていた。
「見て見て! ちっちゃいドラゴン!」
柵で区切られた触れ合い広場には、子犬ほどの幼竜たちがいた。まだ翼も小さく、丸いお腹を揺らしながら、よちよちと頼りない足取りで歩き回っている。
「セレナ、もっと近くで見たい!」
「はいはい。順番に並びますよっ!」
「みえないー!」
広場は親子連れで大賑わい。
小柄なセレナからでは、人垣に遮られて何も見えない。
「ギルバート! だっこ!」
「了解っす」
ギルバートがひょいっと抱き上げる。
「見えました?」
「まだみえない!」
「じゃあ、これでどうっすか」
よいしょ、と肩車。
「わああぁっ!」
一気に視界が開け、セレナが歓声を上げた。
「あっちにもドラゴンいる! ギルバート、あっちいって!」
「姫様、俺は乗り物じゃないんすけどね……」
「はやくはやくー!」
「はいはい……」
後ろを歩くアンナが、思わず吹き出した。
「……完全にお馬さん扱いですね!」
「笑ってないで、誰か俺の肩と腰をいたわってくださいよ……」
ようやく柵の最前列へたどり着く。幻獣使いの女性が、集まった子供たちへ注意事項を説明していた。
「この子たちは生まれた時から人の手で育てられているので、とても温厚ですよ。ただ、急に触るとびっくりしてしまうので、最初はゆっくり手のひらを近づけてあげてくださいね」
「うんっ!」
肩から降ろされたセレナは、真剣な顔で小さな手をそーっと差し出した。
一頭の翡翠色の幼竜が、つぶらな瞳を瞬かせながら、くんくんと鼻先を寄せてくる。
「……かわいい」
セレナがそっと頭へ触れようとした――その瞬間。
「ぷしゅっ!」
くしゃみとともに、パチパチッ!
鼻先から、小さな火花が爆ぜた。
「きゃあああっ!」
セレナは飛び上がり、すぐ後ろにいたギルバートの脚へガバッとしがみついた。
「こわいよぉぉぉ!」
「大丈夫っすよ! ほんの小さな火花ですって!」
ギルバートのズボンをぎゅうっと握りしめ、顔を埋めてしまう。アンナがすかさず隣へしゃがみ、目線を合わせた。
「セレナ様。見てください」
「……?」
「この子も、びっくりしちゃったみたいですよ?」
見れば、幼竜のほうも小さな翼を縮こまらせ、しょんぼりと首をすくめていた。
「……ドラゴンも?」
「はい。セレナ様と同じで、びっくりしちゃったんですね」
セレナはおそるおそるギルバートの脚から離れ、幼竜を見つめる。
「……ドラゴンも、こわかった?」
「キュウ……」
幼竜が小さく喉を鳴らした。すると――。
「じゃあ……セレナが、よしよししてあげるね!」
今度は自分から、そっと手を伸ばす。小さな手のひらで、幼竜の頭を優しく撫でた。
「もうだいじょうぶだよ。いいこ、いいこ」
「…………」
アンナとギルバートは、思わず顔を見合わせた。その後、すっかり調子を取り戻したセレナは――。
「ごはんだよー! いっぱい食べてね!」
飼育用のおやつをあげ。
「ピカピカにするの!」
貸し出されたブラシを両手で握りしめ、幼竜の鱗をゴシゴシと磨き。
「姫様、そこばっかり磨きすぎて鏡みたいになってますぜ?」
「もっとピカピカにするもん!」
「反対側も磨いてあげてくださいね?」
小型幻獣のパレードを最前列で観賞。空飛ぶ幻獣のショーに大興奮。昼食後、また幼竜のところへ戻る。疲れればギルバートへ抱っこをせがんで休憩。さらにもう一度ドラゴンを見に行き――。気づけば、空はすっかり夕焼け色に染まっていた。
「セレナ様! そろそろお城へ帰りますよ!」
「やだ」
「もうお日様が沈んじゃいます!」
「まだあそぶー!」
「朝からずーっと遊んだじゃないですか!」
「まだ足りないもん!」
「また遊びに来ましょう!」
「ドラゴンとおうち帰るぅぅぅ!!」
「ドラゴンは連れて帰れませんよ!?」
「やだぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
次の瞬間。ごろんっ!セレナは地面へ仰向けにひっくり返り、手足をばたばたと暴れさせ始めた。――魔の三歳児、ここに極まれり。
「帰らないもおおおおおん!! やだやだやだーーーっ!!」
「セレナ様! お召し物が汚れちゃいますよ!」
通りすがりの人たちから、「あらあら……」と微笑ましそうな――あるいは同情に満ちた視線が向けられる。
「ほら、帰って美味しいご飯を食べましょう!? 今日はセレナ様の大好きなハンバーグですよ!」
「ごはんいらない! ドラゴンがいいぃぃぃ!」
「そんなぁ……!」
完全に万策尽きたアンナの横で、ギルバートがため息を吐いた。
「……こりゃ、力技でいくしかないっすね」
「え?」
ギルバートがしゃがみ込み、暴れるセレナの身体をひょいっと抱え上げる。そのまま――軽々と担いだ。
「やだぁぁぁ! おろしてぇぇぇ!」
「はいはい。帰りますよ、姫様。晩飯の時間っす」
「まだあそぶぅぅぅ! ギルバートのばかぁぁぁ!」
セレナの小さな拳が、ギルバートの脇腹へぽかぽかと降り注ぐ。それでもギルバートはびくともせず、暴れるセレナを担いだまま、すたすたと馬車へ向かっていった。
***
皇宮へ戻る、夕暮れの馬車の中。
「……すぅ……すぅ……」
あれほど「帰らない」と大号泣していたのが嘘のように、セレナはギルバートにもたれかかり、天使のような寝顔で爆睡していた。その向かいでは、アンナもぐったりと座席へ沈み込んでいる。
「…………」
しばらくして。アンナが、ぼそりと口を開いた。
「……ギルバート様」
「なんすか?」
「まだ初日も終わってないのに……私たちの体力、最後までもつと思います?」
はぁぁぁぁぁぁ……。
二人の長いため息が、ぴったり重なった。
コメント
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「第78話、番外編、読み終わりました〜!」 いやあ、もうね…朝からお野菜を拒否るセレナ姫のかわいらしさと言ったら!アンナのあの圧のある笑顔も怖くて好きです。ギルバート、初日から完全にお馬さん&担ぎ役で草。幼竜にびっくりするセレナを「同じようにびっしゃこしたドラゴンもかわいそう」と撫でる流れ、胸が温かくなりました。 それにしても魔の三歳児パワー、おそるべし…。アンナとギルバートの「体力持つのか」コンビ愚痴、めちゃくちゃ共感。本編の重い空気を忘れさせてくれる、ほっこり癒しエピソード、ありがとうございます〜!