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静寂が部屋へと流れる。あるものは王を、あるものは菊を見ていた。
だが、王と菊だけは違う。互いに見つめ合い、他者のことなどまるで気にしないとでも言うように見据えあっていた。
数分か、あるいは数十秒かの重い時間が流れた後、意外にも口を開いたのは菊の方だった。
「私は日本国。本田菊ですよ?」
彼の瞳の黒曜石は濁りを知らない。それはまるで真っ黒な夜空のようで、まっすぐ見据えられてしまったら、今にも吸い込まれそうだ。
「……国としてなら、偽物を見つけたら即処刑。…でも、ここからは我の話」
ふぅ、と一呼吸おいた後にぽつりぽつりと話し始めた。
「正直、いつからとかそんなことより、今までお前が菊じゃない何かだってことに気付けなかった我が一番最低ある」
ぎゅっ、と力一杯に手を握り手のひらに爪の痛みがとても来るぐらいだった。それでも、今はそんな痛みも自分には通じなかった。
そんな彼の話を真正面に受け止めた彼は、先ほどよりも大きく笑った。
「あははっ、”彼”のことをこんなにも大事に思ってくださる人がいるのですね。よかったよかった」
「……彼、ということは……お前は、菊ではないのか」
誰かが震える声で菊へと問いかける。誰かなどどうでもいい。今は、目の前の何かに集中しなくては。
そうして問いかけられた菊はきょとん、とした顔で首を傾げた後すぐに目を細め、口を開いた。
「申し遅れました。私、日本国と申します」
「んーと、正確に言えば本田菊であり本田菊ではない、存在ですね」
「………は?」
そんな驚愕の声が思わず漏れ出てしまう。本田菊であり本田菊ではないとは、どういうことなのだろうか。考えたらますますわからなくなってくる。
そして、その言葉の真実を確かめるべく彼の話の続きを待った。
「お話は長くなるのですが、いいですか?」
「……いいある」
口元に弧を描く。そして、ぽつりぽつりと話し始めた。目線を下にして目を伏せながら。そんな彼を自分は真正面から一時も目を離さず真っ直ぐ見据えていた。
「私は本田菊によって作られた人格の1つ」
目を伏せるのをやめ、どこか穏やかな、それでいて不気味な雰囲気を醸し出しながら目を瞑る。そして自身の白い軍服の胸の上へと手を乗せた。
それはそれはとても優しい手つきであった。
「この体は本田菊なのに。いざ中を開けてみれば見せかけだけのただの偽物!ああ、なんと哀れなり」
目を瞑ったまま不気味に口角を上げる。
目の前の彼は、何が言いたいのだろう。
「まぁ、別にそんなこと思ってませんけど。」
先ほどとは打って変わって冷めた表情で言葉をこぼした。ここまでの彼を見て思ったことは、感情の浮き沈みが激しいということだけ。ますます謎が深まった。
早く進めろ、という気持ちが先走ってしまったのだろう。ばちっと目と目が合ったとき、彼がはいはいとどこか呆れたように話を続けた。
「本当の本田菊当本人は戦時中、その光景にストレスが溜まりに溜まってしまった。けれども、国の化身たるものそんな弱みなど吐いてられぬと我慢してしまったのです」
「そしてとうとう耐えきれなくなった本田菊が頼ったのは自分。そう、そこから人格が作られていったのです」
すうっと小さく息を吸う音が、静寂だけが流れる部屋に大きく木霊する。
「……でも、そんなものも長くは続かない。ある日からぽつりぽつりと思うようになったのです。──私は私だけれど、わたしではない」
「人格がたくさん合ったのです、そうなってしまうのも仕方がない。そんなつもりに積もった不安が亀裂を作り、ついに割れてしまった」
「……割れたということは、バレてしまったのか」
真剣な顔をした德国が小さく問いかけた。彼はそちらの方を向こうともせず、目を伏せたまま答える。
「大正解。…あぁ、あと1つ。上にバレる前に起きたことがありまして」
「最近は平和ですがなにかが原因で体調を崩してしまい。その時も彼は自分の体に鞭を打ち、無理やり仕事を行ったのです。」
「………それがいけなかった。運悪く狙撃されてしまう。一発でした。…普段でしたら、本田菊というオリジナルではなく人格の方が死ぬのですが、体調不良とストレスが重なり、オリジナルが死んでしまったのです」
目を大きく見開き、驚愕する。オリジナルが死ぬ、すなわち…死?
「なので、私は本当の本田菊ではないのです」
時計の秒針の音以外が鼓膜を揺らすことはなかった。その状況は言わずもがな、みな淡々と告げられた真実に声も出ないのだろう。実際、自分が良い例だ。
目の前の彼はやはり掴めず、真っ暗な黒曜石と目線を合わせても何も感情を掴めることができなかった。
「じゃ、あ…今目の前にいる菊は、ちゃんとした国の化身なのか?」
誰かが少し震えた声でそう問いかけた。問いかけられた彼は、少し考える素振りを見せたあと小さく口を開けた。
「ちゃんと、説明しましょうか」
ちゃんと説明とは、これ以上に説明をすることがあるのだろうか?訝しむ気持ちを抑えながら次の言葉を待った。
「そもそも、根本から違うんですよねぇ」
「は?根本からって……今までの話全部嘘ってことか?」
そんな言葉に焦るように手を振る。
「そういう意味ではなく…!あの、私は本田菊によって作られた人格、と先ほど説明いたしましたよね?」
こくりと頷いた。その頷きを確認して、また話を続ける。
「そのオリジナルは、上によって作られた国の化身…と言ったら?」
「作られた国の化身……?」
言葉の意味がわからない。否、頭が意味を汲み取ろうとしていないだけだろう。作られた国の化身……それは、すなわち本田菊が元々は人間だった、ということ。
「中国さん、人から国へ、国から人へと変わることがあるのはわかりますよね?」
話を振られると思わず、びくりと肩を揺らした後小さく返事をした。
「…啊,わかるある」
「まぁそんなのはイレギュラー中のイレギュラー……もうお分かりでしょう?」
「私のオリジナル、本田菊は──人間でした。」
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