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『ひだまり』
イラストの専門学校を卒業しイラストを副業にしている私は、イラストの質を高めたく何度もコンペに応募した。結果はいつも落選。個性的なタッチが求められる現代アートの世界でどこか古臭い私の絵は、誰も見向きをしなかった。渾身の力作を持ち込み応 募したがデザイン会社でその場で古臭いときっぱり言われ、帰りのバスで落ち込んで気がつくと知らない街にいた。すぐに引き返すこともできたのに、私は何かに引き寄せられるように一つの喫茶店の前に立っていた。『ひだまり』と書かれた扉を開けた瞬間、心地よいジャズの音色と苦いコーヒーの香りが私を包み込んだ。店主は何も聞かず、ただ静かに温かいコーヒーを差し出してくれた。その一杯が凍りついた私の心を少しずつ溶かしていく。何度か通い店主の夏彦さんにさりげなくイラストの話を聞いてもらっていると突然、「この店に合う絵画を描いてみないか?」と提案された。夏彦さんの言葉は嬉しかったと同時に怖かった。この温かい空間を私の絵で台無しにしてしまうのではないか。そう思っていると夏彦さんは柔らかな表情で「ここは色々な人が集 まって、それぞれの人生を少しだけ分け合う場所だ。そんなこの場所の温かさを、君の絵で表現してくれたら嬉しい。」と言った。その言葉に私は気がつくと「はい」と言っていた。最初の数日間私はただ喫茶店の空気を感じることに費やした。窓から差し込む朝の光。コーヒーの香ばしい湯気。そして常連客たちの穏やかな談笑。私はそれらの何気ない日常の断片を、スケッチブックに丁寧に書き留めていった。いざ絵画を描こうと筆を握った時、「あれ、筆が軽い、、、?」 先日まで重く感じていた筆が、私の手をどこかへ持ち上げ導いた。そして踊るように筆が舞い始めた。「描きたい、、、」 私は心から溢れ出す感情のままに筆を動かした。絵画に描かれていくのはコーヒーカップを両手に手を温める女性。編み物に集中する老婆。原稿用紙に向かう作家。そしてカウンターに立つ夏彦さんの姿。それはこの場所で出会った人々の笑顔、彼らが分かち合った温かい空間が凝縮された一枚の大きな絵だった。私が描いた絵画はやがて喫茶店 『ひだまり』の名物となった。遠くからわざわざ絵画を見に来る客も増え、店は以前にも増して賑わうようになった。絵画はもはやただの絵ではなく、この場所に集まる人々の心を繋ぐ、希望の象 徴になっていった。ある日の夕方、一人の男性が店に入ってきた。彼は昔、私が描いた絵を冷評した名高いアートディレクターだ った。「この絵を描いたのはあなたですか?」 その言葉に私は思わず息を呑んだ。絵画は派手さも奇抜さもないありふれた日常の風景画だ。ましては昔厳しい評価をもらった。失望させるのではないかと縮こまっていると、アートディレクターは絵画の前に立ち尽くしたまま静かに語りだした。「最近僕は心のない絵ばかり見てきた。頭で描いた、計算された絵ばかりだ。効率と利益を追求した流行りばかりの心のない絵。だがこの絵には心がある。描いた人の心がこの絵画から伝わってくる。」そして彼は名刺を差し出した。「もしよければ僕と一緒に働きませんか?あなたの絵は、もっとたくさんの人の心を温めることができるはずだ。」私は受け取った名刺をじっと見つめた。それはかつて遠い夢だと思っていたものがすぐ目の前にあるという現実だった。「ありがとうございます」 絞り出すようにそう言うと、アートディレクターは優しく微笑んだ。昔と違った印象で。「これからの 時代にあなたの絵は必要される。」彼のたった一言は、私の心を強く揺さぶった。評価ばかり気にして誰かのために描くことを忘れていた自分。彼は穏やかな笑顔で私を見つめている。その表情は「自分の信じた道を行きなさい。」と言っているようだった。私は絵画に描かれた笑顔でコーヒーを飲む自分の姿を見つめた。あの時の温かいコーヒーが心に染み渡ったように、私の人生はこの小さな喫茶店で再び動き始めた。
コメント
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読了しました。『ひだまり』、じんわり沁みましたね……。常連客たちの日常の断片をスケッチするところから、絵が生き生きと動き出すラストまで、心がほぐれるようでした。特に「筆が軽い」と感じるあの瞬間、描くことの喜びが甦る感覚がリアルで、胸が熱くなりました。温かいコーヒーの香りがしてきそうな、素敵な第一話でした🕊️
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るれ
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