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今日の雨は、アジアや北アメリカらへんに降らせるらしい。
つまり、これから日本へ帰るときもきっと雨。
僕にも、地上に帰る許可が出た。
行ってきますと挨拶をしに上司のところへ行くと、まさに天気を仕込んでいる最中だった。
でも、何かが少し違う。いつもしかめっ面で作っているのに、今夜は表情が柔らかい。
「今から帰ります」
そうか、と顔を上げることなく言う。
「……何かいいことがあったんですか?」
ふとこちらを見る。「虹をかけられるんだ」
その言葉に、笑顔になった。
「晴れ」のほうとうまく条件が合うと、さらに上の機関から特別な天気にする許可が下りる。
雨に異動になってから初めての虹だ。
「しかもおまえの家がある東京だ。しっかり見てこい」
はい、と返事をして外へ出た。
改札から出ると、雨がざあざあと降っていた。梅雨だ。
持っていた傘をさして久しぶりの家に帰ろうとしたとき。
駅に入ってきた人に目が留まった。
ベージュのコートを着たすらりとしたシルエットや長い髪に見覚えがある。思わず追いかけた。
「……あの!」
改札に入る直前で呼び止めた。その女性は驚いて振り返る。
「…青山さん、ですよね」
名前を絞り出し、恐る恐る訊いてみる。
うなずいたがまだ理解していないようだ。
「灰原。覚えてる?」
名乗ってみても、彼女の反応は乏しい。曖昧に微笑んで会釈し、去っていった。
学生時代の友人に似ていた気がしたが、人違いかもしれなかった。
翌日になっても、彼女のことが気になっていた。
仕事に行くような格好だったから、またあの駅に行けば会えるかもしれない。そんな一縷の望みを胸に、昨日と同じ時間に向かった。
外は弱い雨が降っていたが、駅に着くときには止んだ。
出てきた改札の近くで、通行人を眺める。
しばらくそうしているうちに、だんだん冷静になってきた。
こんなところで待っていたって、会える確率はきっと低い。
やっぱり帰ろう、と駅を出ようとした瞬間だった。
「あの」
背後で声がし、びっくりして振り返る。そこにいたのは、探していた女性だった。
「昨日声かけてくれたよね。……灰原くんでしょ」
昔と同じように親しい口調で話しかけてきた。嬉しくて頬が緩む。
名前を聞くまでもない、彼女は青山空。学生時代の知り合いだ。
「覚えてくれてたんだ」
もちろん、と言うように笑う。「まさかこんなところで会えるなんてね」
「僕もびっくりしたよ。人違いかとも思った」
アハハ、と彼女はあの頃と同じ笑みを見せた。
「家、近いの?」
そう尋ねると、「ううん、職場が駅の近くにある」
「そうなんだ」
僕が天気職人を目指していたことは知っている。今は雨の部門にいることを伝えると、
「じゃあ今日の雨も灰原くんがつくったんだね」
晴れ空みたいな笑顔だった。
「さっき虹もかかってたよ。もしかしてかけた?」
「僕じゃないけどね。今日は上手くいったんだ」
そっか、とさも嬉しそうに言う。どうやら喜んでもらえたようだ。
「ねえ、これから時間ある?」
少しもじもじしながら訊いてみる。彼女は苦笑して言った。
「ごめんね、ちょっと仕事が残ってて、家でやらなきゃいけないの。また今度」
手を上げ、改札の向こうに消えた。
虹には気づいてくれたのに、僕のこの心には気づいてもらえなかったみたい。
明日こそは誘えるといいな。
終わり