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※暴力表現あり。
午前5時。
カーテンから朝日が漏れ出るのを感じ、勇斗はアラームの設定時間よりも早めに起きてしまった。
朝から重たい脱力感とストレスが重なり、勇斗は自然に仁人を思い出してしまう。
枕の横には昨日のイルカのキーホルダー。
が、二つ。
仁人と勇斗で一つづつ…のつもりだった。
濡れて色濃くなった仁人の方は萎れかけている。
ただの人形だけど、息をしているみたいに。
勇斗「仁人君…。」
名前を呼んでも勿論反応は無い。
軽くキーホルダーに触れた指先は勇斗の愛情、憎しみ、寂しさ、様々な感情を出ていって絡みつく様に感じた。
勇斗は皆と親に心配されながらも学校へ朝早くに向かう。
今日の最高気温は30度前後らしい。
昨日行けなかった屋上は寂しそうにしている。
校門を抜けると、また昨日のような寒さに変わってしまった。
体感温度は10度くらいだろうか。
肌も内臓も温度差で凍えてしまいそうだ。
とりあえず、教室に行くしかないな。
コツッコツッコツッ…。
リズミカルに足音が階段に響く中、勇斗は冷や汗をかき始めた。
また教室に居るんじゃないか。
影が襲ってくるんじゃないか。
…でも、仁人君と会えたなら…いや、今日はきっと仁人君が夢の中に呼んでくれるはず。
最近日記に書いている事といえば、現実かもしれない所で起こった事や景色。
端っこに描く絵には必ず仁人が入る。
教室のドアを開けると、友達や女子達の声でガヤガヤしていた。
もう皆来てるのか。
「あ…勇斗!あー…おはよう。」
「勇斗君お、おはよう。」
勇斗「…おはよ。」
勇斗は知っている。自分が最近になってどんどん変に見られ始めている事を。
何が変なのか、何処が悪いのか、全く分からないしそんな変な所なんて自分には無いと思っている様だ。
…そもそも、お前らのその歪んだ顔の方が変だよ。
なんだよその螺旋階段みたいな顔。
仁人君の方がよっぽど綺麗な顔をしてるのに。
勇斗は頭の中での愚痴が止まらなかった。
一日だけでここまで周りからの対応が変わるのかなんて気には留めない。
…仁人君以外の声なんて。
…いらないのに。
机にカバンを置き、提出期限が今日の提出物を取り出す。
周りの声がどんどん遠のいて行くのに対し、勇斗はそれを無視していく。
日記書かなきゃ。
昨日の分忘れてたんだった。
舜太「は、勇ちゃん!お、おはよう…。」
勇斗「おはよう。」
舜太「あ、あのさ、今から一緒に小テストの勉強せえへん?前も勉強して30点台やったやん(笑)やから一緒にし」
勇斗「ごめん俺これ書かなきゃいけないから。ごめん。」
皆が冷たい目で二人を見つめ、ヒソヒソと小話をし始める。
舜太は勇斗が怒っているのかオドオドし、その場から立ち去って行った。
舜太「…ごめん。」
勇斗がせっせとペンを動かしている間、周りの声はもっと遠く、ぐちゃっと歪んでいく。
雑音でしかない皆の声は勇斗が滅多刺しにしたいくらいうるさい。
…早く消えろよ。
「ァいツマェよりモナンカ縺医ユになっタょな」
「もシカしテ閼諤タラ甕麑ケ嘛※なンジゃねェノ�」
…うるせぇ。
「ハャとクンっテジントノコト甕麑ケなノ�」
…ああもう我慢できない。
その時、ノートの端がじわっと黒くなり始めた。
「ま」
だ。
…もしかしたら、と考えがよぎる。
それは仁人が文字を書いてくれているのかもしれないという小さな願望。
「ま」の隣にはまた、薄くから黒いインクが染みてきた。
…この字は仁人君か。やっぱり仁人君だよね。
「また」
勇斗「…また、」
思わず口に出してしまうと、ふんわりと仁人の柔軟剤の香りがした。
ここに居るのか、もしかしたらまた夢に誘っているのか、現実と夢の境は定かではなかった。
「また放」
あ…「また放課後」って書こうとしてる。
俺が書いてあげようかな。
勇斗はペンを持ち直すと、誰かの文字の途中から、
「課後」
と付け足した。
すると仁人の匂いはふわっと消え、また教室のうるささが目立ってしまった。
…今日、放課後か。
勇斗の心は恋をしている様に高ぶり、また、締め付けられた。
「なー、山中ー!一緒に帰ろうぜ〜。」
柔太朗「あぁ、良いよ。…あ、でもごめん。俺ちょっと先生に呼び出されてんだよね。」
「おーまじかよ…じゃ、またな!」
柔太朗「じゃ。」
勇斗は周りなんか気にせずにせっせと着替え、足早に屋上へと向かった。
と、それと同時に柔太朗も屋上へ向かう。
何故かというと柔太朗は今日、同じクラスの女子の小林さんに屋上に来るよう言われていたからだ。
…正味、行きたくないなぁ。
とは思う。
小林さんはあまり良い噂を聞かないし、一年生の時なんかいじめっ子に回っていたとか。
「あっ、あの…///山中君…///今日の放課後…空いてたりする?♡」
柔太朗「あー…部活終わりは空いてる。」
「ほ、放課後…屋上来て♡」
柔太朗「あ、うん。」
多分告白だろうなとは勘づいている。
というか、友達の女子からも聞いた事があるので小林さんが自分の事を好きなのは知っている。
勇ちゃんも行くのかな…。
同じサッカー部で友好関係にも当たる勇斗と話さずに屋上へと足を運ぶ。
屋上は屋上でも広いので、勇斗の目に付かない所で告白をして欲しいと思う様だ。
勇斗「柔太朗、どうしたの?」
柔太朗「いや、なんか小林さんに呼ばれててさ(笑)」
勇斗「あー(笑)あの人か。」
朝からある程度気持ちを整理し、勇斗は良い顔で柔太朗と会話が出来た。
アスファルトの階段は乾いた音を立てる。
錆びたドアノブを握り締め、風の吹き抜ける屋上へと足を入れた、その時だった。
「お前っ、気持ちわりぃんだよっ!お前なんかっ、死ねよ!」
女子の小さい足から鳴る音と共に、小林さんの大きな罵声が響いた。
小林さんは蹴り、蹴り、蹴っている。
仁人を。
勇斗「っ、おい!やめろよ!」
仁人のギターは床に横たわる仁人と一緒に蹴られている。
勇斗はそんな仁人を放って置ける訳も無く、咄嗟に小林さんの胸ぐらを掴んで小林さんを突き飛ばした。
「なっ、何よっ…!きゃあっ!」
勇斗「仁人っ、仁人!大丈夫か!」
仁人「あし…いた…い…。」
柔太朗「…ちょっと見せて。…これちょっとヤバいかもね。保健室行こうか。」
勇斗に突き飛ばされ、床にへたる小林さんは少し涙を流したがそんな声は誰にも届かない。
気になる仁人の足は、見事な迄に青アザができ、脛に関しては骨折が心配される程。
勇斗は仁人をおぶって柔太朗と階段を降りた。
「うーん…今日は親御さんに車で迎えに来て貰おうか。今日の晩は腕にも湿布貼って寝てね。」
仁人「…はい。」
勇斗「仁人君大丈夫…?痛かったね。…あ、柔太朗もう帰っても大丈夫だよ。」
柔太朗「あ、ほんと?じゃあっ…仁人君、お大事にね〜。」
重たいリュックを背負って柔太朗は保健室を足早に出て行った。
柔太朗と接点の無い人見知りな仁人は柔太朗に感謝を伝えられなかったが、心はきっと感謝をしていた筈だ。
勇斗「…じゃあ一緒に行こっか。」
仁人「…うん。」
「失礼しました。」
礼をして出て行き、二人で夕焼け色に染まる廊下をしんみり歩く。
勇斗は自分から仕掛けるか仕掛けまいか、少し迷い気味である。
もう近い仁人との距離を縮めたいが為に真隣にある仁人の指先に触れた。
仁人「…ん。」
仁人は勘づいていなく、手をそのままにしている。
優しく触るように仁人の手の内に指先を回し、目を逸らしながらでも手を握った。
仁人「…何。」
勇斗「じっ、自分で考えたら?」
照れ隠しに顔を真っ赤にしながら勇斗はそのまま優しく手を握ったままだった。
その時、勇斗は足を止めて仁人の心の中に踏み込んでみる。
勇斗「あのさ…まっ、また、俺ん家泊まってかない?」
仁人「…良いの?」
勇斗「ま、まあ…。」
仁人「…また予定見とくね。」
純粋に聞き返す仁人の綺麗な目は勇斗の心にトドメを刺した。
…ダメだ。可愛い…。
勇斗の心は高ぶりを抑えられず、鼓動をドクドク速めていく。
今日の事を朝から全て忘れさせてくれるように。
第四章、完。