穏やかな夜の風が身体に纏わりついて本当に寒い。身体を小さく丸めて両手で自分の身体を擦っていると「日和さんっ!」と、イルミネーションにも負けないくらいのキラキラ笑顔の悠夜が手を振りながら近づいてくる。条件反射か、日和の身体はほんの少しだけビクリと強張ってしまった。あの日以来悠夜には初めて会う。
「あ、爽やかイケメンじゃない」
あの日の出来事を綾乃は知らない。言えるわけがなかった。でも何かを察してくれたのか何日経っても綾乃はいつものように何があったのよ~、とは聞いてこなかった。
「日和さん、サンタの格好凄い似合ってますね!」
「あ、ありがとう」
何もなかったかのように普通に話しかけてくる悠夜にどうしても警戒心が抜けず、寒いはずなのにギュッと握る手のひらにじわりと汗が浮き出てきた。
「あの、僕凄い反省してます。あのあと別の日に兄貴に呼び出されてこっぴどく怒られちゃいました、そりゃそうなんですけどね。でも、もうあんな事はしませんから! 今日はケーキ買いに来ちゃいました。やっぱり日和さんのケーキが一番美味しいから……ダメですかね?」
キュ~ンと鳴く子犬のような眼差し。悠夜はやっぱり根はケーキの大好きないい人なのかも知れない。日和は「もちろん、買いに来てくれて嬉しいよ」とホールケーキを一つ持ち帰り用の袋に入れた。
それにしても、一つ悠夜の発言で気になったことがある。別の日に洸夜と会った? そんなことは一切日和の耳には入っていない。まさかボコボコに殴られたとかじゃ……なさそうだ。悠夜の顔は腫れ一つ無い綺麗な顔だ。
「あのさ、あの男に会って、その、どうなったの?」
悠夜は「あ~」と日和は何も知らないことを察したようで「大丈夫ですよ」と優しく言った。
「こっちが拍子抜けしちゃうくらい優しい言葉をかけてもらいました。残された兄弟なんだから仲よくやっていこうって。僕泣いちゃいましたよ。でも最後に物凄い怖いこと言われましたけどね」
「怖いこと?」
「日和に手を出したら殺すだけじゃ済まねぇぞって。あれは震えましたね。怖すぎて」
「そ、そうなのね……」
あんだけやりあっても根は兄弟なんだなぁと思った。洸夜はなんだかんだ怖いことを言うかも知れないけど、態度も大きいかもしれないれど、とても優しい人だと日和は知っている。
「じゃあ、帰りますね、未来のお姉さん」
「へっ!?」
ケーキを嬉しそうに持った悠夜はからかうように笑って去っていった。
(み、未来のお姉さんって。っそりゃ、あいつと結婚したら……って、何考えてるのよ!)
「日和、ひーよーりー」
「は、はいっ!?」
一体なんの話だ、と不服そうな綾乃に事情を説明した。説明と言っても彼ら二人が淫魔とか、襲われかけたいうことは除いて。
「なにそれっ、めっちゃロマンチック~~~」
ろ、ロマンチックなのだろうか? むしろ複雑すぎないかと思っていたのだが、あまりにも綾乃がキャアキャア喜ぶのでなんだが二人が兄弟だったことなど全てが運命のようなロマンチックなものに思えてきた。
「運命かぁ……」
ボソリと呟いた。運命なんてこの世に存在するのだろうか。