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昼休み。
机の配置が少しずつ、けれど確実に変わっていた。
遥の席の周囲だけが、不自然に広く空いている。
まるで“舞台”のように。
誰が言い出したわけでもない。
けれど、誰もそこに座ろうとはしなかった。
昼休みになるたび、自然とそこは「観客席」に変わる。
遥は、そこで待っている。
微笑みを、あらかじめ口元に貼りつけたまま。
静かに、けれど明確に、“何か”の始まりを予感させながら。
「……あ、今日もやる気っぽい」
「てか、もう“習慣”だよね。見ないと落ち着かないし」
女子の声。
笑っている。どこか本当に楽しそうに。
前の方の席から誰かが呼ぶ。
「ねえ、“昨日のやつ”さ、もうちょっとバリエーション増やせない? 飽きた」
遥は首を傾けた。芝居がかった、あどけない仕草で。
「飽きさせちゃった? そっか……ごめんね」
膝をつく。机を押しのけて、自ら“舞台”の中央へ出る。
誰も命じていない。
けれど誰も驚かない。
それはもう、“そういう段取り”だから。
遥は教室の中央、床に片膝をついて、誰かの足元に視線を落とす。
「じゃあさ、今日は“そっち”から選んで? 俺、どれでもいいから」
男子が笑う。
「どれでもって……どれが“ある”の?」
「うーん、たとえば、“顔見せ”とか、“反応付き”とか……“舐めるだけ”とか」
冗談のように言っている。
けれど、教室のどこも笑い飛ばそうとはしなかった。
笑い声はある。だが、これは冗談だと否定する声は、ひとつもなかった。
「おまえ、マジで“便利”だな。ってか、ほんと好きなんだろ? これ」
遥は、首をすくめて笑う。
少しだけ、眉を下げて媚びるような仕草。
「うん、“好き”ってことにしといて? そっちのが、“やりやすい”でしょ?」
誰かが爆笑した。
別の誰かがスマホを掲げ、写真を撮った。
──そのとき、
もう遥にとって、「される」も「する」もなかった。
あるのは、「そう“見えるように”整えること」だけ。
「ほら、次は誰? “指名制”にしようか? 人気投票とかさ、やる?」
そう言って立ち上がる遥に、
もはや“羞恥”も“恐怖”も“傷つき”の色は残っていなかった。
あるのは、誰よりも先にこの劇の脚本を読みきった者の余裕──
いや、違う。
書いたのは遥自身だった。
“差し出す”という演技を繰り返すことで、
彼はその場を支配していた。
倒錯の中で、役割と人格の境界を曖昧にしながら。