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今日の空は、やけにやさしい色をしていた。
薄いミルクみたいに白くて、ふわっとにじんだ雲がゆっくり流れていく。
私はいつもより少し重たい足取りで、学校からの帰り道を歩いていた。
友達の悩みを聞いていたら、自分のことを考える余裕なんてなくなってしまって——
気付けば、息をするのも疲れてしまっていた。
ふと顔を上げた瞬間。
見覚えのない路地が、目の前に続いていた。
淡いミルク色の街灯が並んでいて、その光が夜の空気をふわふわと白く染めている。
…こんな道、今まであったっけ?
不思議に思いながら歩いていくと、小さな木の扉の店があった。
看板には柔らかい文字で——
「月のミルク屋」
吸い寄せられるように扉に手をかけると、ゆるいベルの音が鳴った。
カラン——。
中には、白い髪の男の子が一人。
月の光を溶かしたみたいな瞳で、静かにミルクを混ぜていた。
「…願いを、叶えてあげるよ」
その声は、ふわっと優しくて。
気付いたら私は、胸の奥がすこしだけ軽くなるのを感じていた。
「願い…?」
思わず聞き返すと、白髪の男の子はミルクをそっと注ぎながら、ゆっくりとこちらを見た。
その瞳は、淡い紫の光を宿していて、不思議と心を落ち着かせる色をしていた。
「うん。ここに来た子の願いを、ひとつだけ」
「ひとつだけって…そんな、急に言われても……」
願いごとなんて、子どもの頃以来まともに考えたことがない。
それに、今の私は望むより、ただ——
誰かに弱音をこぼしてみたかった。
気付いたら、ぽつりと本音がこぼれていた。
「……話、聞いてくれるだけでいい。ずっと、人の話ばっか聞いてて……今日はもう、ちょっと疲れちゃった」
男の子は、少しだけ瞬きをした。
その表情が、ほんのわずかに柔らかくなる。
「いいよ。話して。ぼくはユル。君の声なら、いくらでも聞ける」
「ユル…くん?」
名前を呼んだ瞬間、ユルの瞳がかすかに揺れた。
まるで、その言葉が特別な音に聞こえたみたいに。
私は、他愛ないことからぽつぽつ話し始めた。
今日の疲れたこと、言えなかったこと、心に引っかかっていたこと。
ユルは、うん、と小さく頷きながら、ただ静かに聞いてくれた。
否定もしないし、無理に励まそうともしない。
落ち着いた声で、ときどき短く言葉を返してくれるだけ。
…それが、どうしようもなく心地よかった。
「そっか。それは、大変だったね」
簡単なその一言に、胸の奥がきゅっと温かくなった。
気付けば、店の外は夜色に染まっていた。
そろそろ帰らなきゃ、と立ち上がると、ユルも一緒に扉の方まで歩いてきた。
「今日は、来てくれてありがとう。また、いつでも」
「……うん。ありがとう、ユルくん」
扉を開けて外に出ると、ミルク色の街灯が風に揺れていた。
振り返ると、ユルは店の入り口で、ほんの少しだけ微笑んでいた。
カラン、とベルの音。
そして気づけば、私は見慣れた通学路に立っていた。
「え…戻ってる?」
あの奇妙な路地は、まるで最初からなかったみたいに消えている。
そのとき、手首のあたりがきらりと光った。
見ると、銀色の粉がすこしだけついていた。
指でこすっても消えない、淡く光る粉。
どこかで——ユルの瞳の色と同じようにも見えた。
「…また、会えるかな」
ふと呟いた言葉は、夜の風に溶けていった。