「では……」
しばらく俺は、言われた通りに音星の持つ手鏡をじっと見つめていた。
すると、手鏡の光は眩しさを増した。
「そのまま……そのまま……手鏡を見ていてください」
「ああ」
…………
突然、車のクラクションが俺の耳に入った。
辺りがすごく明るくなって、雑踏が少しずつ聞こえて来た。
俺はびっくりして、後ろを振り向くと……?
「うん?」
目の前には、バスで来た時に見た八天街のロータリーが広がっていた。
「え? え? な??」
「どうです?」
音星の声の方へ首を向けると、音星は布袋を背負ってロータリーから大通りへと横断歩道をスタスタと歩いて行ってしまった。
「さあ、火端さん。お宿はこっちですよ」
「あ……ああ。さすがに驚いたよ」
なるほど。
こうやって、音星は地獄へ行き来していたんだ。
コンビニ、雑貨屋、大衆酒場や洒落たレストランなどが建ち並ぶ。
大通りをしばらく俺たちは歩いた。すると、音星は大通りから裏通りへと入っていった。
「おや? ここは?」
音星が入った裏通りには、見覚えがあった。
そこは、俺が最初に地獄へと行ったときに訪れた神社のある。あの裏通りだった。そして、音星はスタスタとまた歩いて行って、神社の傍にある宿泊施設へと入って行った。
「民宿??」
音星の入った宿泊施設は、こじんまりとした民宿だった。
「巫女さん。おかえりー」
「こんにちはー」
気前のよいおばさんが玄関先に現れた。音星はまた「こんにちは」といっていた。
「あの。この方は私のお友達の火端 勇気さんです。しばらくここでお泊りさせて頂けないでしょうか?」
「いいよ、いいよ、うちは巫女さんのお友達なら誰でも大歓迎さね」
「よう、ぼうずもか? そりゃいいが……寝床はどうするんだ?」
おばさんの後ろから、大柄なおじさんがぬっと現れた。
「はあー、確かにそうだねえ。寝る場所がないわねえ」
「この通り小さな貧乏民宿だしなあ。ほれ、部屋は他のお客で満員だぞ。なあ、お前。そういや、二階の倉庫が空いていたっけなあ?」
「いやいやいや、それじゃあ、さすがに可哀そうじゃないかしらねー」
おじさんとおばさんが、俺の寝床のことで首を捻って考えている。
「え?? 寝床がない?! 俺、寝袋あるから外でもいいけど……」
「あ、それでしたら、大丈夫ですよ。火端さんは私の部屋でもいいですよ。今の季節でもまだ夜は冷えますし」
「ぶーーーっ!! それはダメだ!!」
「ぶーーーっ!!」
「ぶーーーっ!!」
おじさんとおばさんと俺が同時に激しく吹いた。
大柄なおじさんが、腹を抱えて笑いだした。
「がははははは! 気に入ったぞ! ぼうず! それなら、俺の息子の部屋が空いているぞ。息子のことは気にしなくて良いんだぞ! 今は東京に行ってるからなあ。多分、数年はここに帰って来ることはないだろうからな! 自由に使ってやってくれ!」
「あ、ありがとう!! おじさん! おばさん!」
「火端さん。良かったですねー」
ああ、これでやっと布団で眠れる。
思えば俺はここ八天街へ来るまでは、なんだかんだで野宿ばかりをしていたからなあ。
色々あったけど、今日から暖かい布団で眠むれるんだなあ。
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