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はるか
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ゆひ
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「仁人、起きて。朝だよ」
耳元で聞こえた低く優しい声と、頬を撫でるあたたかい指先。
僕が薄目を開けると、朝のやわらかな光の中で恋人の勇斗が愛おしそうに自分を見つめていた。
「ん……勇斗……」
「まだ眠い? もう少し横になってていいよ。朝食、できたら呼ぶから」
勇斗は僕の額に優しくキスを落とすと、ベッドから起きてキッチンへと向かっていく。
整った顔立ちに、仕立ても仕草も品のある洗練された佇まい。自分に対してどこまでも過保護で、惜しみない愛情を注いでくれる理想の恋人。
静かで、誰も邪魔する者のいない二人だけの部屋。
この穏やかな日常が、僕にとってのすべてだった。
……だけど。
(また、だ……)
ベッドから体を起こした僕は、胸の奥にこびりつく重い違和感にそっと息を吐く。
毎夜、暗闇に落ちるたびに僕を苛む「悪夢」。
夢の中に出てくる勇斗は、目の前にいる優しい男とはまるで別人だ。
冷ややかな目で見下ろされ、逃げることすら許されず、壊されるような激しい愛撫で全身を暴かれる。拒絶しようとしても、夢の中の自分は情けなく喘ぎ、勇斗にすがりついてしまうのだ。
「仁人? どうしたの、ぼんやりして」
スープの香りと共に、勇斗が部屋に戻ってくる。心配そうに眉を寄せる姿は、どこからどう見ても自分を大切にしてくれる「いつもの勇斗」そのものだった。
「ううん、なんでもない……ちょっと、変な夢を見ただけ」
「夢?」
「うん。勇斗がすごく冷たくて……すごく、意地悪する夢」
僕が苦笑いを浮かべて誤魔化すと、勇斗は一瞬だけ足を止め、それからふっと優しく目を細めた。
「俺が? そんなわけないじゃないか。俺が仁人に冷たくなんてするはずないよ。……俺は、仁人を世界で一番愛してるんだから」
勇斗は僕の隣に座り、引き寄せるように強く抱きしめた。
その腕の温もりに包まれながら、僕の胸の奥で罪悪感が膨らんでいく。
(そうだよ……勇斗がこんなに優しく愛してくれているのに。どうして僕は、あんな淫らで恐ろしい夢ばかり見てしまうんだろう)
現実に満たされれば満たされるほど、夜の訪れが怖くなる。
そうして一日が過ぎ、深い闇が部屋を包み込む頃、僕は逃げ場のない意識の底へと再び沈み込んでいった。
気づけば意識は暗闇に塗りつぶされ、冷たい空間へと放り出されていた。
目を開けると、そこはいつもの場所だった。
冷たい空気、暗い室内。そして、僕を上から見下ろす勇斗の影。
「……あ、勇斗……っ」
逃げなきゃ、と身体が警鐘を鳴らす。
だけど、両手首はベッドのヘッドボードに固く拘束されていて、指一本動かすことすら許されない。
昼間の優しく微笑む勇斗は、ここにはいなかった。
目の前にいるのは、氷のように冷ややかな瞳で僕を「所有物」として見下ろす、冷酷な支配者だ。
「……また逃げようとするのか、仁人。俺から逃げられると思ってる?」
低い声が耳元に届いた瞬間、勇斗の長くて冷たい指先が、僕のシャツの隙間から肌を這いあがってきた。
「嫌……っ、やめて、勇斗! 今日の勇斗は意地悪だ……お願いだから離してっ」
必死に首を振って拒絶する僕を、勇斗は冷笑しながら見つめる。
「意地悪? 違うだろ。お前が俺の言葉を聞かないから、身体に教えてやってるんだ。……俺以外の男のこと、考えてただろ」
「考えてない! 僕には勇斗しか……っ、あ!」
言い終えるより早く、勇斗の指先が僕のいちばん弱い場所をピンポイントで抉るように愛撫した。
脳裏が真っ白になり、背筋に強烈な電撃が走る。
「くっ……ぁ! や、ぁ……っ!」
「嘘をつくな。……ほら、嫌がってる口とは裏腹に、身体はこんなに俺の指を欲しがってる」
勇斗は容赦なく、僕の身体の弱点を徹底的に攻め立てていく。
逃げようとして腰を浮かせても、勇斗の強い手に押さえつけられ、さらに深いところまで強引に暴かれる。
「泣いても離さない。お前の身体は、俺の指先ひとつでこんなに歓喜してる……そうだろ?」
「嫌……っ、こんなの、嫌だ……っ!」
拒絶したい。昼間の優しい勇斗の元へ戻りたい。
なのに、勇斗の指が触れるたび、肌が重ねられるたびに、身体の奥から甘い熱が溢れ出して止められない。勇斗の手つき、体温、強引な支配——そのすべてに、僕の身体は長年教え込まれたように歓喜の声をあげてしまう。
「あ……っ、勇斗、勇斗っ……!」
気づいたときには、僕は涙をボロボロとこぼしながら、自分から勇斗の体にすがりつき、狂おしくその名前を叫んでいた。
「……そうやって俺を求めていればいいんだ。
お前は一生、俺から離れられない」
勇斗の耳元の囁きと、身体を突き抜ける圧倒的な快楽の渦の中で、僕はただ流されるまま、深く、深く甘い地獄へと沈んでいった。
どれほどの時間が経ったのだろう。
「はぁ……っ、ぁ……っ」
ハッと息を呑んで目を開けると、全身にまとわりつく恐ろしいほどの熱と、身体の奥に残る痺れるような疼きが僕を包んでいた。
荒い息を吐き出しながら、僕は悪夢から覚めたことを確認するように自分の手を見つめる。
(また……あの夢だ……)
夢の中で勇斗にお仕置きされ、抵抗もできずに快楽に屈してしまった自分。
溢れ出る罪悪感と情けなさで胸が潰れそうになり、僕はそっと目を伏せた。
(勇斗は……あんなに優しく僕を愛してくれているのに……)
その時、聞き慣れた甘く柔らかな声が部屋に響いた。
「仁人? どうしたの、そんなところでうずくまって」
見上げると、朝の光を背に受けた勇斗が、心配そうに僕を見つめていた。
エプロン姿で、いつものように優しく微笑んでいる。
やっぱり、夢だったんだ。
目の前にいるこの人が、本物の、僕の大好きな勇斗だ。
「勇斗……っ」
「顔色が悪いよ。また変な夢でも見た?」
膝をついて僕と目線を合わせ、愛おしそうに僕の頬を撫でてくれる温かい手。
僕はその手つきに身を委ね、すがるように頷いた。
「うん……すごく、嫌な夢。勇斗がすごく冷たくて、僕を……っ」
「そっか。可哀想に……俺がついてるから、もう大丈夫だよ」
勇斗は優しく僕を抱きしめ、背中をポンポンとなだめるように叩いてくれる。
その圧倒的な安心感に包まれ、僕はホッと胸を撫で下ろした。
やっぱり僕の居場所はここなんだ。この優しい勇斗の腕の中だけが、僕の現実——
「ねえ、仁人」
耳元で、勇斗の声が低く落ちた。
「……昨日の夜、泣きながら俺の名前呼んでくれた時の顔……すごく可愛かったよ」
一瞬で、心臓の音が跳ね上がった。
血の気が引いていくのがわかる。
喉がキュッと縮み、息がうまく吸えなくなる。
「……え?」
ゆっくりと体を離した勇斗の顔を、僕は引きつった目で見つめた。
さっきまでの柔らかい微笑みは、影も形もない。
そこにいたのは、僕を見下ろす、暗く冷ややかな瞳。
夢の中で僕を惨めに暴き立て、逃げ場を奪っていた——あの冷酷な支配者の顔だった。
「な、にを……言ってるの、勇斗……?」
「なにって。そのままの意味だよ」
勇斗は薄く唇を歪め、僕の顎を強い力で持ち上げた。
親指で僕の唇を強く撫で回す手つきは、優しさなど欠片もなく、昨日の夜、僕の身体を玩具のように扱っていた指そのものだった。
「毎日毎日、勝手に優しい俺の幻影を作って、都合のいい妄想に逃げ込んで……本当に可愛いね、仁人は」
「あ……ぁ……っ!?」
「でも、残念だったね。お前が逃げ込もうとしてた『優しい世界』なんて、最初からどこにもないんだよ」
頭の中で、ガラガラと世界が崩れ去っていく。
優しい朝食。過保護な愛情。甘い言葉。
それらはすべて、勇斗の圧倒的な支配と過激なお仕置きに耐えかねた僕の心が、狂わないために作り出していた都合の良い妄想だった。
毎夜、手首を縛られ、逃げ場もなく激しく愛撫され、泣きながら勇斗の名前を呼んでいたあの惨めな夜こそが——たった一つの現実。
「嫌……嫌だっ! 離して、勇斗っ!」
ガタガタと震える体で逃げ出そうとしたけれど、勇斗の強い腕に簡単に押し倒され、ベッドへ叩きつけられた。
「逃げるなよ。……妄想の甘い夢に逃げるより、俺の体温と快楽をその体に刻み込まれる方が、ずっと気持ちいいんだろ?」
勇斗の長くて冷たい指先が、僕の服の中に潜り込んでくる。
嫌だと拒絶したいのに、昨夜教え込まれた快楽を覚えている身体は、勇斗の手が触れただけで熱く跳ね上がってしまう。
「ひっ……ぁ……っ!」
「ほら、身体は正直だ。もう二度と、妄想の中に逃げさせないから」
耳元で甘く囁かれ、僕は二度と解けない檻の中で、ただ勇斗の熱に呑み込まれていった。
end…