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「とりあえず、基礎はここまでですね。何か分からないところはありましたか?」
エリーゼは剣を鞘に収め、優しく微笑む。
カイルはすっきりとした笑みを浮かべ、自信ありげに深く頷いた
「大丈夫だよ。」
全部、分からなかったから。
「ならよかったです。じゃあ私がゴブリンの倒し方を見せるので、見ていてください。」
エリーゼが周囲を見渡す。
ゴブリンたちは他の冒険者と戦いながらも明らかにエリーゼを警戒している様子だった。一歩踏み出すごとに、ゴブリンは少しずつ後退する。
「なんで私から逃げていくんだろう。」
エリーゼはつぶらな瞳で、ゴブリンをまっすぐ見つめた。ゴブリンたちは目を逸らそうとするが、動きを止めてしまう者もいる。
そのうちの一匹は、つい見惚れてしまったのか、頬をわずかに赤く染めた。
ふらふらとエリーゼに近づこうとしたゴブリンは、すぐに仲間に頭を強く叩かれ、ハッと正気に戻った。
しかし、別のゴブリンは違った。
「ゴブ!」
何かを思いついたように、戦場の隅で花を集め始めた。 必死に小さな手で花を摘み、泥だらけの手で束ねる。
エリーゼの前に駆け寄り、震える手で差し出した。
「ゴブ!」
エリーゼは目を瞬かせる。
「きれい……」
エリーゼが手を伸ばしかけたその時、
「ゴブゥッ!!」
横から飛び込んできた仲間が、花束ごと蹴り飛ばした。
泥の上に転がった花びらを握りしめ、泣きながら立ち上がろうとする。だが、仲間に腕をつかまれ、ずるずると引きずられていった。
周りのゴブリンも冒険者との戦いを止めて、エリーゼに猛アピールする。
木の棒で地面をなぞり、必死にエリーゼの顔を描く者。しかし、途中で仲間に蹴られ、絵がぐちゃぐちゃになる。
他のゴブリンは楽団を作り、全力で愛を叫んでいた。
エリーゼは戸惑いながらゴブリンのアピールを見ていた。
「どうすればいいんでしょうか。」
戦闘になってないんですけど….
「仕方ない。俺が出るしかないようだな。」
カイルは決意を決めたような眼差しで前に出る。
すると、ゴブリンたちはカイルを見るなり露骨に唾を地面に吐き、興味を失ったように去っていった。
ふざけやがってこいつら! 主人公のおでましなんだぞ!!
カイルはゴブリンを追いかけ、さらに奥へと走っいく。
「どいつと戦おうかな。」
周りを見渡すと、一箇所だけ目につく場所があった。
岩の上に、ゴブリンがあぐらをかいて腕を組みながら座っていた。赤いマフラーを風になびかせ、異質なオーラを放っている。
「決めた。あいつにしよう。」
挑発するような視線を向けると、ゴブリンの目が鋭く光る。
ゴブリンは飛び上がり、空中でわずかに体をひねりながら、地面に片足で静かに着地した。
その華麗な動きに、周囲のゴブリンたちが感嘆の声を上げ、拍手を送る。
カイルの方へと近づき、深く呼吸をする。
「ゴブゥ……」
ゴブリンは拳法の型を披露した。
右足を軽く引き、両腕をゆっくりと構える。 流れるような動きで拳を突き出し、足を滑らせるように踏み込む。
その動きはまるで水のようにしなやかで、力強さと優雅さを兼ね備えていた。 一撃ごとに空気が震え、地面にわずかな砂埃が舞い上がる。
無駄のない動き。洗練された技。その姿は、まさに達人の風格を漂わせていた。
「相手にとって不足なし。」
カイルは殴りかかろうとしたが、拳法ゴブリンは棍棒をカイルに投げ渡した。
「ゴブ。」
拳法ゴブリンは手をクイっと動かし、余裕の笑みを浮かべる。かかってこいと言わんばかりだ。
「舐めやがって。ぶっ飛ばしてやるよ!!」
カイルは棍棒を上から振りかざす。狙いは頭。
しかし、拳法ゴブリンは未来でも見えるかのように、カイルが振りかざす前に避けた。
「なに!?」
動揺するカイルに、拳法ゴブリンは横腹へ鋭いパンチを叩き込む。
それほどダメージはなかった。すぐに体勢を立て直し、棍棒を振りまくる。
だが、今度は目を閉じたまま、風を感じるように軽やかに避けていた。
「なんで当たらないんだ!」
拳法ゴブリンは目を開き、カイルに正拳突きを叩き込む。
「ぐはっ!」
カイルは棍棒で防いだおかげで深い痛みはなかったが、遠くへと転がっていった。
拳法ゴブリンは周囲のゴブリンたちを呼び寄せる。
「ゴブ。」
数匹のゴブリンが頷き、カイルの元へと走って来ていた。
拳法ゴブリンはカイルに静かに視線を向けると、何事もなかったかのように去っていった。
カイルは疲労で立つことすらままならず、ただ悔しげに睨むことしかできなかった。
さっきのゴブリン、俺を煽りながら去っていきやがった。マジで悔しい!!
数匹のゴブリンがカイルの前に迫り、棍棒を振りかざそうとした瞬間、左にいたゴブリンが斬られた。
他のゴブリンは驚き、急いで距離を取る。
カイルが顔を向けると、そこには一人の剣士がいた。
猫耳があり、尻尾もあった。獣人族だ。
「さっきの一発も当たってなかった人じゃん!」
その言葉に、剣士は何も気にしていないようにフッと笑った。
「さっきの私とは違うぞ。」
そう言って、カイルに手を差し伸べる。 カイルは剣士の力を借りて立ち上がった。
「私が真ん中のゴブリンをやるから、お前は右の方を頼む。」
「あぁ。わかった。ところで名前はなんていうんだ?」
「私はゼリア。」
「行くぞ、ゼリア!!あとで猫耳と尻尾触らせてくれ!!」
「あぁ!….え?」
彼女は一瞬戸惑ったが、首を振って意識をゴブリンへと向けた。
一歩で距離を詰め、迷いなく剣を振るう。
鋭い一閃がゴブリンの腕をかすめ、血がほとばしる。
しかし、ゴブリンは素早く腕を引き、致命傷を避けた。
腕からじわりと血が滲む。
「ゴブゥ……」
ゴブリンは目を細め、警戒しながらじりじりと距離を詰める。
「この一撃で仕留める。」
剣を構え直し、深く息を吸った。騎士の教えを思い出す。
力を抜いて、相手の目を見ずに斬る——。
「私はあの日から、二度と逃げないと決めたんだ!」
張り詰めた静寂が訪れる。風が止まり、空気が重くなる。
一枚の葉がゆっくりと舞い落ち、地面に触れる。それを合図に、二人の足が同時に動いた。
「はぁぁ!!」
「ゴブゥゥ!!」
一閃——鋭い剣筋が閃き、ゴブリンは崩れ落ちた。
「ふぅ……」
額の汗を拭い、カイルの方を見る。
「は?」
カイルはなぜかゴブリンと固く握手していた。 隣では、エリーゼが照れくさそうに顔を伏せている。
ゼリアは訳がわからず、目をぱちくりさせながら見ることしかできなかった。
何が起こったんだ?
その周りでは、ゴブリンも冒険者も涙を流しながら、感動したように見守っている。
カイルは棍棒でゴブリンの腕を叩こうとした時、ゴブリンは両手を前に出し、敵意がないことを表した。
「ん?」
どういうことだ?戦わないつもりか?
首をかしげるカイルに、ゴブリンはどこかへと走っていった。
「なんだあいつ?」
見守っていると、多くの花束を持って戻ってきた。
「もしかしてさっきのゴブリンか!」
「ゴブ!」
ゴブリンは頷き、少し遠くにいるエリーゼの方を見る。
「お前、もしかしてエリーゼのことが好きなのか?」
ゴブリンは頬を赤くして、頭をかきながら、照れくさそうに頷く。
「ゴブ。」
「なるほどねぇ。」
俺もエリーゼのこと好きなんだけどな。ここまでの熱意があるなら別にいいか。
「まぁいいだろう。俺が呼んでくるから、ちょっと待っとけ。」
ゴブリンは慌ててカイルの腕を掴む。
「ゴブゴブ!!」
言葉の意味はわからないが、なんとなく伝わる。
「振られるのが、怖いのか?」
ゴブリンは沈んだような顔で頷く。
「ゴブゥ」
カイルは呆れたようにため息をつき、ゴブリンの肩をポンと叩いた。
「やる前から諦める男は、男として失格だぜ。」
ゴブリンは顔を見上げる。
「ゴブ?」
「失敗を怖がるやつは、何も掴めねぇんだよ。」
日差しががカイルの背を照らしていた。周囲には多くのゴブリンと冒険者が集まっているのがわかる。
「いくのか、いかないのか。お前が決めろ。」
「…….ゴブ!!」
「さっきから見ていたんですが、なんで戦わないんですか?」
不思議そうにゴブリンとカイルを見つめるエリーゼ。
そんなエリーゼを気にせず、カイルはエリーゼをゴブリンの前に立たせる。
「どういうことですか?カイルさん。」
エリーゼは慌てながら周りを見る。
周りにはすでに泣いているゴブリンや、ハンカチで涙を拭いている冒険者もいた。
「ゴブ。」
ゴブリンはエリーゼを真剣な眼差しで見つめる。
「え?」
エリーゼもゴブリンを見つめたが、あまりの真剣な表情に、思わず背筋を伸ばしてしまう。
ゴブリンはしばらく動けずにいた。それを見ていた周りが応援する。
「頑張れー!!ここでいくのが男なんだろ!いけよ!!」
「そうよ!ここで恐れてなんかいたら、あなた一生前に進めないわよ!!」
「ゴブ!!ゴブ!!」
声援を受け止め、ゴブリンは決心した。
「ゴブ」
エリーゼにそっと花束を差し出した。
その小さな手の中には、色とりどりの花がぎゅっと束ねられている。
赤やピンクの花が鮮やかに混ざり合い、白い花が優しくそれを引き立てる。黄色の花が元気よく広がり、ところどころに淡い紫の花が揺れていた。
花びらは少し乱れていて、葉には泥がついている。それでも、どの花も力強く咲いていて、必死に集めたことがよく伝わる。
決して整った花束ではない。
だが、その不器用な美しさが、何よりも心を打つ。
この場所に陽の光が差し込むことはほとんどなかった。木々が生い茂り、いつもは薄暗い影が広がっている。
しかし、今は雲が晴れ、枝の隙間から柔らかな光が降り注ぐ。花束の色が鮮やかに浮かび上がり、命を吹き込まれたかのように輝いた。
「これを私に?」
「ゴブ」
周囲は静まり返り、風がそっと花びらを揺らした。
「受け取ってくれよ。エリーゼ。」
「さっきから意味がわからないんですけど….」
カイルは涙を拭いながら、エリーゼに呟く。
「……こいつさ、本気なんだよ。」
カイルの呟きに、エリーゼの肩がびくりと震える。 花束を見つめる視線に、揺れる迷いが滲んでいた。
何か返さなきゃ。でも、どう言えばいいの?
「……わ、私は……その……」
ちらりとゴブリンの目を見ると、まっすぐで、冗談じゃないと語っていた。エリーゼも真剣な表情になり、答える。
「……ご、ごめんなさい!でも、気持ちは嬉しいです。」
頭を下げると、髪が顔にかかり、表情は誰にも見えなかった。
太陽の光がゴブリンの背を照らし、影を長く伸ばす。
差し込む光に溶け込むように、静かに去っていった。
「ちょ待てよ。」
「ゴブ?」
「せめて花束は渡そうぜ。」
ゴブリンは立ち止まり、震える手で花束を握りしめる。ゆっくりと顔を上げ、ためらいがちに差し出した。
「ゴブ、ゴブゥゥ」
声を上げて泣くゴブリン。それを見た一人の冒険者が声を上げた。
「お前はよくやったよ!!俺も正々堂々と戦って英雄になってやる!!」
それに続いて、他の冒険者やゴブリンも拳を握りしめながら思いを口にする。
「こんな単純なことだったのに……どうして今まで気づかなかったんだろう。」
「ゴブ!ゴブ!」
カイルは周りを見て満足げに微笑んだ。
「お前は最高の男だぜ。」
カイルがそう言って手を差し出すと、ゴブリンは少しだけ戸惑ったが、やがて意を決したように手を握った。
ぎこちない、けれど力強い握手だった。
「ゴブリン!!ゴブリン!!YEAHHHHH!!!!!!」
周囲の歓声が響く中、ゼリアはぽつりと呟いた。
「これは….一体何を見せられているんだ….?」