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ゴブリンとエリーゼの騒動が落ち着いてしばらくした後、再び周囲は戦いの空気に包まれていた。
「アチョー!」
「ゴブ!」
カイルはゴブリンと拳法の真似事をしていた。とはいえ、見様見真似のそれは、拳法というには程遠く、ただの素手の殴り合いだった。
蹴りはどれも空を切り、回し蹴りに至っては、足を滑らせて転ぶ始末。
「くそっ、うまくできねぇじゃねぇか!」
読み物で何回も読んだからイメージはできてるはずなのに!!
近くでは、他のゴブリンたちが岩の上で拳法ゴブリンの着地技を真似していた。
「ゴブッ!」
一回転しようとして腰を打ったり、顔面から地面に激突したりと、どれも様になっていない。
エリーゼは地面に座り、膝を抱えながら寂しげにその様子を見つめていた。
「どうして……剣術を教えたのに、使ってくれないんですか?」
せっかく剣に興味を持ってくれて嬉しかったのに……
彼女の問いに、カイルは拳を握りしめながら答えた。
「すまねぇ、エリーゼ。俺は拳法マスターになりたいんだ!」
俺の名はカイル・アトラス。いつか“チェン”の名を引き継ぐ者だ。
突きの練習をゴブリンとしようと構えると、遠くで何かが爆ぜるような音が響いた。地面がわずかに揺れ、草も木もざわめいた。
「なんだ!?」
周囲の冒険者も動きを止め、一斉に警戒の色を浮かべた。
「カイルさん、急いで離れましょう!」
エリーゼがカイルの腕を掴み、引っ張る。
「まだ、感謝の正拳突きが終わってないんだけど。あと千回やらなきゃダメなんだよ!」
「そんなこと言ってる場合じゃありません!」
カイルが顔をしかめると、森の奥に“何か”が見えた。
ものすごい勢いで、黒い影が土を巻き上げながら近づいてくる。
「なんだあれ?」
カイルの近くにいた冒険者の一人が、息を荒げながら叫んだ。
「狼だ! 狼の群れが来てるぞ!!」
その声は震え、焦りと恐怖が滲み出ていた。喉の奥から絞り出すような叫びに、周囲の空気が一瞬で張り詰める。
二十匹ほどの狼が、ひとりの冒険者を追い立てながらこちらへ走ってくる。その群れの奥には、他の狼より二回りも大きな、赤い狼が姿を現していた。
「カイルさん、逃げて!」
エリーゼが振り返る。しかし、周囲にいたはずの冒険者たちはほとんど姿を消していた。
頭が真っ白になる。
「え?」
ただ一人、ゼリアだけが後ろにぽつんと立っていた。
「他の冒険者たちは?」
エリーゼの問いに、ゼリアは気まずそうに視線をそらしながら答えた。
「……もう逃げた。」
「逃げろーー!!」
「速く逃げないと食われるぞ!」
「ゴブ!」
カイルたちは全力で森を駆けていた。横を見ると、花束を抱えたゴブリンが走っている。
「お前、さっきエリーゼに渡したんじゃなかったのか?」
ゴブリンは首を横に振る。
「どういうことだ?」
ゴブリンの視線の先には、弓使いの冒険者がいた。目が合うと、頬がわずかに赤く染まる。
「過去は振り返らないってか。さすが、俺が認めた男だ」
「ゴブ!」
カイル達は遠くまで離れて少し休憩していた。
「ここに狼って現れるの?」
カイルが他の冒険者に聞くと、冒険者は資料をバッグから取り出した。
「いや、そんな情報はどこにもねぇ。早くギルドに戻って報告した方がいいな。」
再び走ろうとすると、後方にいた冒険者の一人がエリーゼの方を指さした。
「あの子と、もう一人が戦ってるぞ!」
全員が足を止める。目を向けると、狼に追われていた冒険者を庇いながら、エリーゼが剣を振るっていた。
エリーゼの剣術は鮮やかだった。狼たちをまとめて斬り伏せる姿に周囲の狼は怯み、動けない。
その様子に、冒険者とゴブリンたちは互いに目を見交わし、頷いた。
「行くぞーー!!」
「あの子に便乗して、狼の皮を取りに行くぞーー!!」
一方で、ゼリアは数匹の狼に囲まれていた。
「チッ……どうすれば……」
剣を構えるが、狼たちはじわじわと距離を詰めてくる。
まだ私には早かったか。だがここで死ぬわけにはいかない!
ゼリアが狼に攻め込もうとした時、後ろから足音が聞こえた。
「見て! 私の矢が狼に当たってるわ! 本当、気持ちいい!!」
「俺の爆弾が炸裂する日が来るとはな。これでもくら……!」
「ヒール!ここで自爆するな!!」
狼たちは音と煙に怯え、ばらばらに逃げていく。
「みんな、ありが……皆んなそっちは、危ないぞ!」
ゼリアの言うことを聞かず、カイルたちは駆け出していた。目指すのは倒れている一匹の狼。
「あの毛皮は早い者勝ちだからな!」
先頭を走るカイルは、勝利の確信を胸に秘めていた。
これで俺の評価も上がる。シュバルツにギャフンと言わせてやるんだ!!
だがその時、奥から巨大な火の玉が飛んできた。
「え?」
カイルはただ、それを見つめていた。足が動かない。心臓の鼓動だけが、妙にうるさく響いていた。
俺、詰んだ?まだニャンパフにも直接会えてないのに!!
カイルが目をつぶると、空中で火の玉が爆発した。
「あっぶねぇ!! なんだ、今の!!」
後ろを見ると、爆弾使いが火の玉を相殺できるほどの量を投げてくれたのが分かった。
「礼は、いらねぇよ。」
「あとで、この子の尻尾触らせてあげるよ。」
「は?」
カイルが視線を前に向けると、奥には巨大な赤い狼が立っている。
その目は鋭く、片目には深い傷。明らかにほかの狼とは違う気配を漂わせていた。
「ゼリアさん、どうすればいいんですか!!」
慌てて彼女の背後に隠れながら、叫ぶ。
こんなことなら逃げておけばよかったよ!!
「知るか! 今はあの騎士に託すしかないだろ。……あと尻尾をこっそり触るな。変態め。さっきの会話も聞こえてたからな。」
エリーゼは、狼に囲まれた冒険者を守りながら一歩も退かずに戦っていた。
飛びかかる狼の顎を斜めに断ち、跳ね上がった体をすかさず踏み込みで地面に叩き伏せる。
「ガルウウ……」
狼たちは身じろぎひとつせず警戒している。
その中、赤い狼は魔法を放った以降、ただじっとしていた。しかし時折、焦ったように背後を振り返る。
「早く奥の人たちのところへ向かってください!」
「ああ、すまねぇ!」
冒険者がカイルたちのもとへ駆けていく。
「お前、どこであんな狼の大群と出会ったんだよ!」
「いや、急に現れたんだって! 俺も何が何だかさっぱり分からねぇんだよ!」
「とりあえず今は、あの騎士の邪魔にならないようサポートするしかないようだな」
エリーゼは剣を構え、じわじわと赤い狼との距離を詰める。
赤い狼は一歩前に出て、咆哮を上げた。
「ガルウウウウ!!」
その咆哮に応じて、狼たちは赤い狼のもとへ戻っていく。
「グルルル……」
そのうちの一匹が一歩引こうとした瞬間、赤い狼が牙を突き立て、仲間の首元を食いちぎった。
「な、なにをしてるんだ?」
「あんなの見たことないぞ!!」
食いちぎられた狼の肉が、赤い狼の喉を通って落ちていく。骨が砕ける音と共に、赤い狼の背がわずかに隆起した。
毛並みが赤から黒へ滲むように染まり、背中から熱気のような煙が立ち上る。
一人の冒険者が震える声で呟く。
「こんなの、あり得ないはずなのに……」
本来、そんな進化は有り得ない。自然の摂理すら無視したその現象に、冒険者たちは本能で恐怖する。
それが可能なのは、人の手で「造られた」魔物だけだ。
命を弄び、理をねじ曲げる。
だが、それは禁忌。神が人間に許さなかった領域。
それでも、誰かが踏み込んだ。踏み込んでしまった。
理性を捨て、正義を捨て、ただ力だけを求めて。
「もう、厄災の始まりは過ぎていたんですね」
エリーゼは赤い狼の脇をすり抜けるように接近し、飛び上がった。
「二式・断獄」
剣が胴体を断ち割り、大地を砕く轟音が辺りに鳴り響く。遠巻きに見ていた冒険者たちは、エリーゼの一太刀に息を呑んだ。
あれはもはや人間が出せる威力ではなかった。
「やっと終わったのか。しかし、あの子はとんでもなく強いな。」
「俺のパーティーに誘ってみようかな。」
安堵の空気が漂う中、冒険者たちは歓声を上げようとした。だが、ゼリアだけはじっと前を見据えたままだった。
「まだ終わってないぞ」
その言葉を皮切りに、赤い狼の肉体が蠢き始める。
エリーゼは小さく息を呑むと、即座に次の斬撃へと移った。沈着な動作とは裏腹に、斬撃の速度は狂気じみている。
「再生してる……!」
「ウソだろ、そんなの……ありえねぇ!!」
斬撃が肉を裂くたび、傷口がじわりと塞がっていく。赤い狼は何事もなかったかのように、立っていた。
「もしかすると、体内に魔石が……キリがないですが、斬り刻むのを続けるしかないですね!」
エリーゼは飛び上がり、もう一度二式を使おうとした時、赤い狼の全身に魔術式が展開された。
「これは避けれないですね」
魔術式を見たゼリアは、冒険者たちに振り返りざま叫んだ。
「しゃがみ込めーー!!!」
赤い狼の全身から爆発するように風の刃が放たれた。
地を削る風圧と共に、音が追いつかないほどの衝撃が走る。
前方の森は根こそぎ吹き飛び、数メートルはある巨木すら折れて宙を舞った。岩は砕けて礫となり、あたり一帯の地面は抉れ、波打つようにえぐられる。
空気そのものが鋭利な刃となって駆け抜け、辺りは土と破片の嵐に呑まれた。
他の冒険者達はしゃがみ込んだおかげで、それほど傷はなかった。しかし、エリーゼは吹き飛ばされていた。
「騎士様!!」
砂埃でエリーゼの姿が見えない。ゼリアは急いで彼女が吹き飛ばされた方へ走って行った。
「何も見えないな」
探していると、砂埃の中で一人の姿が見えた。
「大丈夫ですか騎士様」
ゼリアが駆け寄り、ポーションを渡そうとしたが、彼女には傷ひとつなかった。
「何ともないですよ。」
「そ、そうですか……」
「ゼリアさんたちは、周囲の狼が近づかないよう威嚇するだけで構いません。お願いします。」
「分かりました。」
エリーゼは鎧についていた砂埃を払い、すぐに赤い狼の元へ行って、斬り刻み始めた。
「騎士は、あれくらい強くならないと、なれないものなのか……」
「あの子ひとりに任せたままでいいのか?」
「……でも仕方ねぇだろ。俺たちが手を出したところで、足手まといになるだけだ。」
冒険者とゴブリンは、赤い狼との激しい戦闘を前に、拳を握りしめたまま悔しげに立ち尽くしていた。
そのとき、ゼリアがこちらに駆け寄り、周囲を指差した。
「私たちは、周りの狼をこいつに近づけさせないよう威嚇するだけでいい!早くしないと全滅するぞ!!」
「了解だ!この戦い、終わらせてやろうぜ!」
「ゴブッ!!」
彼らは武器を構えると一斉に散開し、狼たちの包囲網を切り裂くように駆け出した。
共闘を始めた冒険者とゴブリンの中で、カイルは死体の狼の所へ行って、毛皮を集めようとしていた。
「毛皮、毛皮…..えーと、どっから剥がすんだ? これ背中から? いや、耳か?」
指先でつまんでは離し、死体をぐるぐる回る。
「短剣がないと何も出来ないな。」
カイルは諦めて、狼との戦いを見る。
「うーん。俺もあそこに混ざった方がいいかな。」
俺だけ、戦ってないって噂されたら困るしな。エリーゼちゃんにも嫌われそうだし。
「俺も戦うぜ!」
そう言って混ざろうとした時、森の奥から一陣の風が吹いた。
「誰だ?」
視線を上げたカイルの目に飛び込んできたのは、凛とした気配の女――ぜフィアだった。
彼女はただ戦場を見つめていた。目に宿るのは、戦いへの興味ではない。
観察。あるいは……選別。
なんだ、この綺麗な人は!!今日だけで3人のヒロイン候補に会えるなんて、ついに路線変更に走ったか。
「最高です。好きです。」
「お前、この状況で….全く、とんでもないやつだな。」
「俺のこと知ってるんですか!! やっぱり噂されるくらい俺すごい人だったのか。」
鼻の下を伸ばすカイルに、ぜフィアの表情が引きつる。
「違う意味で、今後も注目してやるよ。」
さっきは面白い男だと思っていたが、まさか、こんなクズだったとはな……
「お前はあそこに混ざらないのか?」
カイルは狼との戦いをもう一度見て、首を横に振った。髪をかき上げ、低い声で答える。
「あそこは、俺が出る幕じゃありません。それよりも、あなたと二人でいたいんです。」
よく考えたら、俺、武器ないじゃん。
ゼフィアはニヤリと笑い、カイルの腕を引っ張る。
「そうか。なら、私についてこい。」
「二人きりで何をするんですか?」
森の中で二人きりねぇ。 まさかそっちに路線変更するとは……
「今から秘密を解きに行くんだよ。」
その言葉にカイルはニヤけが止まらなかった。
遠回しに言うタイプか。悪くないねぇ!!
「もう準備はできてます!!」
そう言うと、とてつもなく速いスピードで森の中を駆け巡って行った。
「ちょっと待って!!死ぬ!!俺死ぬって!!誰か!!誰か助けてっー!!」