『お母さん、お父さん! 見てみて、テストね100点だったの』
満面の笑みを浮かべて嬉しそうに報告をする女の子が私に見える。
ああ、これは……前世の私がまだ幼かったころの記憶だ。
両親はピタリと身体を止め、こちらを振返る。しかし、その顔には喜びも何もない。親が子に向ける顔ではなかった。言うなれば、軽蔑や落胆……そんな顔をしていた。
『100点を一回取ったぐらいで喜ばないで。まだ、先は長いのよ』
『え、でも……これまで、ずっと100点取り続けて』
『そんなこと言う時間があるなら勉強してきなさい。昨日は、ピアノばっかりで何もしていなかったじゃない』
『ち、違う。待って、待ってお母さん……お父さん!』
私は、何か悪いことをしただろうか……
私に背を向けて家を出て行く両親。その背中を泣きじゃくって追う私。
両親は忙しい人だった。物心ついたときには既に家に何日もいない日がおり、帰ってきても私に料理を作るばかりでパソコンと向き合っていた。仕事が忙しいのは知っていたが、意識的に私を避けている……ということも、だんだんと幼い頃の私にも分かっていった。
何で嫌われているのか、避けられているのか。
私には到底理解できず、理由すら教えてくれなかった。単純に嫌いなのであれば産まなければ良かったと言えば良いのに、それも言わない。私が不注意で手を切ってしまったとき、何故かリストカットだと思われて死んじゃダメ、生きなさい。と言うのだから、本当に意味が分からなかった。
愛を求めて、自分の事認めて貰いたかった……それだけなのに、愛さえくれないのに生きろだなんて。何て酷い親だろうと。
私は小学生ながらに、もうこれ以上親に期待するのはやめようと思った。
認めて貰いたい、褒めて貰いたいから始めたピアノだって、本気で好きになりかけていたのに……夢さえ否定されて。
私は何を抱いて生きればいいのだろうと思っていた。
そう思いながら、その場に立ち尽くしていると、後ろから声が聞こえた。
『生きて』
『誰?』
振返れば、そこには誰もいなかった。私と同じ女の子の……似たような声がしたと思ったのにそこには誰もいない。
小さいながらに幽霊でも、幻覚幻聴も聞えるようになってきたのかと。
両親の口癖はいつもこうだった「貴方は人の二倍頑張らなくちゃいけない」と。私は、私なりに努力だって、それなりに頑張っているのに、認めて貰えなくて。
それで――――
両親は私を見るといつも悲しい顔をしていた。まるで、誰かと重ねるような……私と私以外を見ているような。
『そんな目で私を見ないで! 私を嫌いにならないで!』
『嫌いだよ。皆、巡のこと嫌いなんだよ』
『誰!? そんなこと言わないで、私は嫌われてないの!』
すると、それまで誰もいなかったのにぼんやりと小さな人影とその後ろに金髪の美しい少女が立っていた。
『エトワールはもう用済みなんだよ。偽物の聖女』
小さな人影がそう言うと、少女は顔を上げその愛らしい純白の瞳を私に向けてきた。
『さあ、偽物は舞台から降りる時間だ』
――――エトワール・ヴィアラッテアは、物語の悪役でなければならないのだから。
―――
――――――――
「……ッ、あ、あ……」
「大丈夫か?」
嫌な夢を見ていた気がする。
でも、何だか思い出せない。思い出そうとすると頭が痛くなり、吐き気と眩みが襲ってくる。起き上がろうとすると身体中が悲鳴を上げるように痛み、身体を起こすことが出来ない。
かろうじて動く首を横に向けて、紅蓮の髪を下ろしたアルベドと目があった。
そういえば、アルベドが泊まりに来ていたな……アルベドを止めることに同じ部屋で寝ることになったんだっけとぼんやり思い出していると、アルベドが私の頬に手をあて心配そうに顔をのぞき込んでくる。月がバックになり、彼の紅蓮の髪と満月のような黄金の瞳を輝かせる。
(凄く……綺麗)
その美しさに見惚れてしまう。しかし、彼の言葉で現実に引き戻された。
「どうした? 悪い夢でも見てたか?」
「悪い、夢……うん、ああ、うん、まあ……多分」
何だよそれ。とアルベドは言うが、依然として私を心配してくれるような声色で、素振りを見せるものだから、思わず涙がこみ上げてきた。
何が怖かったとか、嫌だったとかは完全に思い出せないし、靄がかかっているようだったけど、それでも、悲しいという感情だけが心の中に残っていた。
「でも、どうして?」
「うん? ああ、お前、魘されてたしな」
と、言って頭を撫でられる。その手つきはとても優しくて、安心するような感覚に陥った。
でも、意地をはって彼の手を払ってしまう。私は強いんだって。
「大丈夫。寝れるもん」
「ふーん、じゃあ余計なお節介だったな」
「……」
そう言うと彼は立ち上がり、ベッドから離れていく。
その時に見えたのは、彼が寂しげに笑っている表情だった。……私は、また間違えてしまったのかも。
私は彼を引き止めることもかねて、彼には言葉を投げる。
「アルベドは、その、また、寝てないの?」
「ああ、そうだな。うとうとしてたら、俺もお前と同じように悪夢を見た」
アルベドはそういうと、長い紅蓮の髪をかきあげ、少し困ったように笑う。
それがどこか大人びていて妖艶で、つい見惚れてしまう。いや、これは、ただ単に、いつもより暗いからそう見えるだけだ。そうに違いない。
私は自分に言い聞かせるようにして「どんな?」と問いかけ、彼の言葉を待つ。
すると、彼はまた困ったような表情を浮べた後深刻そうに目を細めそれから息を吐いた。
「ラヴァインに殺される夢」
「え……」
まさか……と、アルベドを見ると彼は落胆したような笑みを浮べ私を見ていた。
ラヴァインとは、彼の弟であり、アルベドを何度も殺そうとした男である。実際あったことはないけれど、二人の仲は相当悪いらしい。
そんな、弟に殺される夢を見たというのに、こういったら失礼かも知れないが平然としているアルベド。
いや、呆れて何も考えられないだけかも知れないが。
「それは……」
「正夢にでもなったら面白ぇな」
「冗談はやめて」
私が睨むとアルベドは肩をすくめる。本当にこの人は……
私はため息をついてから、もう一度アルベドの顔を見る。平然を装っているが、やはり顔色は良くない。
きっと、眠れていないんだろう。そう思うと、なんだか申し訳なくなってきた。
元から、眠りの浅い……言わば不眠症だったアルベドだ。光魔法で守られている聖女殿とはいえ、安心できる場所ではないと言うこと。
「でも、まあ、それも眠りを妨げた原因だったが……お前が殺される夢を見たんだよ」
「私?」
そう言って自分を指さすと、彼は静かにうなずく。
その表情は悲しそうで、苦しげで、まるで自分のことを責めているようだった。どうして、そこまで気にするのか私にはわからない。
だって、夢なのだから。
でも、私が死ぬ夢なんてまあ……良い気持ちにはならない。
私が、それで? と聞き返せば、アルベドは目を丸くしてから落ち着いて口を開いた。
「星流祭に……お前といって、すげえ楽しいなって、エトワールが俺に笑いかけてくれたんだ。けど、その笑顔は一瞬にして刹那のものになった。ラヴァインに後ろからナイフで刺されて。口の端に血をため、吹き出して俺の方へ倒れてくるお前を俺は受け止めることしか出来なかった。真っ白なお前の服が赤く染まっていくんだよ」
全身から血の気が引いた。
そう、彼は言うと奥歯をギリッとならした。それから、私の方をゆっくりと見て、その黄金の瞳を潤ませる。
「夢のはずなのにな……」
「怖かったの?」
「どうだろうな」
と、アルベドは返して俯いた。
いつも強い彼がそんな様子なので、私は思わず彼の手を握った。アルベドはハッと顔を上げたが、すぐに逸らしてしまう。
そんな、生々しく私が死ぬ夢のことを語るなんて、こっちも本当に良い気分にはならなかったけど、彼の手が震えているのを知り、私は彼の手を握るしかないと思った。
「まあ、そんなわけで、俺は寝れねえから。でも、お前は安心して寝ていいぞ? 俺が、ちゃんと見張っててやるから」
「そりゃじゃあ、アンタが」
「俺の事は気にするな。明日、一緒にまわってくれるんだろ? 俺より体力ねえんだから温存しとけ。大丈夫だ、俺が側にいるから」
「……」
そう言われても、と反論しようとしたが口をつぐむ。
私が、何も言わずに黙り込む。すると、アルベドは私の頭をポンッと叩いて笑った。
その笑顔は、やっぱりどこか無理をしているような気がする。
でも、アルベドに何かを言ったとして曲げる彼ではないことを知っているので私は横になることにした。心なしか、先ほど見ていて怖い夢のことも忘れてぐっすり眠れそうだと。
「おやすみ、エトワール」
ピコン……と最後に見えた彼の好感度は幾つだったかな。
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