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時間が、ほどけた。
昨日と今日の境目が消え、
朝と夜が同じ色で重なった。
教室にいるはずなのに、
校庭の風の匂いがする。
廊下を歩いているのに、
ベッドの軋む音が耳の奥で鳴る。
⸻
チャイムが鳴る。
鳴り終わる前に、
もう一度鳴る。
同じ音。
違う意味。
一つは始まりで、
もう一つは終わりだった。
⸻
ユウが振り返る。
顔が、
昨日のままの顔と、
知らない未来の顔で
二重に見える。
口が動く。
でも声は、
少し遅れて届く。
「……大丈夫か」
その言葉、
前にも聞いた。
捕まる直前。
いなくなる直前。
最初から存在しなかった直前。
⸻
廊下の窓に映る自分。
制服を着ている。
着ていない。
血がついている。
何もない。
映像が、
順番を守らない。
⸻
紫色の花が、
床に散っている。
いや、
まだ咲いている。
いや、
もう枯れている。
踏んだ感触と、
触れていない記憶が、
同時に残る。
⸻
スマホが震える。
通知欄が、
過去のDMと、
まだ届いていないDMと、
消したはずのDMで埋まっている。
《アリウム》
「遅すぎる」
《アリウム》
「早すぎた」
《アリウム》
「これは初回だ」
どれも、
同じ時間に送られている。
⸻
ミオの席を見る。
最初から、
空いている。
でも、
椅子が少しだけ引かれている。
誰かが、
直前まで座っていたみたいに。
⸻
声がする。
近い。
遠い。
「……やめて」
それが誰の声か、
分からない。
過去か。
未来か。
記憶か。
予告か。
⸻
時計を見る。
針が、
前にも後ろにも進まない。
それなのに、
確実に“消費”されていく。
人が。
関係が。
出来事が。
⸻
世界線が、
一本ではなくなる。
枝分かれじゃない。
絡まり合って、
ほどけなくなる。
原因と結果が、
同時に存在する。
⸻
ある瞬間、
すべてが重なる。
捕まったユウ。
笑っているユウ。
転校してくるユウ。
最初からいないユウ。
同じ場所に、
同時に立つ。
⸻
頭の奥で、
何かが崩れる。
「順序」という概念が、
音を立てて折れる。
⸻
これはやり直しじゃない。
分岐でもない。
混濁だ。
⸻
過去が未来を侵食し、
未来が過去を書き換え、
現在だけが、
置き去りになる。
⸻
物語は、
もはや線ではない。
円でもない。
迷路でもない。
崩れた塊だ。
⸻
そして、
その中心にいる存在だけが、
まだ名前を持たないまま、
立ち尽くしている。
名前を与えた瞬間、
時間は一つに定まる。
だから――
まだ、呼ばれない。
―――
混ざり合った時間の隙間に、
ミオはいた。
最初からいたようで、
今、初めて現れたようで、
もういなくなった後の気配も同時に残して。
教室の真ん中。
誰も座っていないはずの席に、
椅子がわずかに揺れている。
そこに――
ミオが座っている。
⸻
制服は、
正しい形と、
どこか歪んだ形が重なって見えた。
視線が合う。
笑っている。
けれど、その笑顔は
昨日のものでも、
未来のものでもない。
「……ね」
ミオ「久しぶり、って言えばいいのかな」
声が、
二重に響く。
聞いたことがある。
忘れたはずの声。
忘れてはいけなかった声。
⸻
周囲を見ると、
他の生徒は動いている。
動いているのに、
誰もミオを見ていない。
視線は、
必ず彼女の手前で
すり抜けていく。
⸻
ミオが立ち上がる。
床に、
影が落ちる。
でもその影は、
途中で切れている。
⸻
ミオ「ここ、もう安全じゃないよ」
言葉の意味が、
過去と未来で違う。
助言でもあり、
警告でもあり、
後悔でもある。
⸻
チャイムが鳴る。
鳴った瞬間、
ミオの姿が
一度、薄くなる。
消えかけて、
また戻る。
⸻
ミオ「……まだ、覚えてないんだ」
その言葉だけが、
妙に現実だった。
⸻
机の上に、
ノートが置かれる。
見覚えがある。
書いた覚えはない。
ページをめくると、
文字が途中で途切れている。
「――――を救うために、
――――は何度も戻る」
肝心な部分だけが、
削られている。
⸻
ミオがノートに触れる。
触れた瞬間、
文字の並びが変わる。
過去の記述と、
未来の記述が
同じ行に重なる。
⸻
ミオ「ねえ」
その声が、
やけに近い。
ミオ「あなたが“戻る”たびに、
私はここに来られなくなる」
⸻
校舎の外で、
紫色の花が
咲いて、枯れて、
また咲く。
同時に。
⸻
ミオ「でもね」
ミオは、
一瞬だけ、
まっすぐこちらを見る。
その視線だけは、
どの時間にも属していなかった。
ミオ「あなたが名前を思い出したら、
私は――」
言葉が、
途中で切れる。
⸻
次の瞬間、
ミオの姿が
“最初からいなかった”ように
空白になる。
椅子だけが、
元の位置に戻る。
⸻
周囲は、
何事もなかったように
動き続けている。
笑い声。
足音。
日常。
⸻
でも、
空いた席の周りだけ、
時間が少し遅れて流れていた。
⸻
世界線は、
さらに絡まる。
過去にいたミオ。
未来で消えたミオ。
今、存在してはいけないミオ。
全部が、
同じ場所に
重なろうとしている。
⸻
そして、
中心にいる“名前のない存在”だけが、
それを見ている。
まだ、
呼ばれないまま。
呼ばれた瞬間に、
この混濁が
一つの結末に収束することを、
世界そのものが
恐れているみたいに。