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Side Story
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引越しの準備をあらかたやり終えて、ダンボールの山の前でふぅっとひとつ息をつく。
いるまを招ける日が来るのが今からでも待ち遠しい。
嬉しそうにする顔を想像して自然に笑みが漏れる。
引越しを決めたワケは単純で、
いるまと同棲をしたいから。
ずっと一緒に居たい。そう思う日が増えていった。そもそも現時点ではいるま宅に招かれている立場なので早く今住んでいるところを手放して一緒に暮らせたら、と随分前から思っていた。
その夢がやっと、叶う時が来たのだ。
カーテンを失った広い窓から差し込む西日が、左薬指にきらりと反射する。
その鈍い鉛色は、これから何かが起こることを予兆するかのように何故かずっしり重く感じた。
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「ありがとうございました。気をつけてください笑」
荷物の搬入を全て終えた業者に笑顔でお礼を言ってトラックが走り去るのを見つめる。
これでやっと全ての準備が整った。
あとは最愛の恋人を呼ぶだけ。
はやく会いたい。会いたい。会いたい。
感情だけが高ぶって、新しい生活の幕開けへの不安など微塵も無くなっていた。
だけど最近、気になることがひとつだけ───
ピンポーン
「えっ」
思考がある悩みに集中してきた時、それを遮るかのように無機質なチャイムの音が鳴る。
慣れないチャイム音に少し変な気持ちになりながら、こんなに直ぐに誰だろうと玄関へ赴く。
「すいませーん、先程の引越し業者の者です!軍手をお宅に忘れてしまったみたいで…」
ドアの前からかかる声に、はーいと返しながらドアノブに手をかける。
ガチャ、と外界と部屋の堺が無くなりかけたその瞬間──────
「………え?」
目の前には帽子を深く被った見知らぬ男。
入り込まれた体。
お腹に伝わる変に生暖かい感覚。
「…カハッ」
お腹に刺さっていたであろう鋭利な物体が引き抜かれて口に鉄の匂いが広がる。
目の前で肩で息をする男は、友達でも家族でも、先程の引越し業者でも誰でもなかった。
手に握られた、深紅の液体に塗れた包丁が、何をされたかを物語っていた。
途端視界がぐわんと歪み、玄関の床に倒れ込む。その衝撃で、ポケットに入っていたスマホが転がり落ちる。
感じたことの無い燃えるような痛みが、思考も視界も奪っていく。
痛みに強い方だと自負していたけれど、いざこんな場面にあってしまってはそんなもの宛にはならない。
朦朧とする意識の中、俺を刺した男がバタバタと去っていくのを横目で見ながらこれからのことを考える。
何故かいやに冷静で、澄んだ思考の領域に居た。
誰だよ
なんで俺?
引っ越したばっかなのに
最近薄々感じてた視線、お前かよ
まさか家の中で襲われるなんて思ってなかった、ばかだなぁ俺も
あー…俺、なんでこのタイミングで引っ越したんだっけ。
うっすら見える自分の左手。
床に広がる血に塗れたその指で、異様な光を放つ薬指に目がいく。
全く赤く染っていない、重く鈍い鉛……
いるま
「…ッ!!」
本格的に朦朧としてきた意識の中で、
少し遠くに転がっていたスマホに手を伸ばす。
「ガフッ…い゙……っぁ゙」
痛い
痛い、痛い痛い痛い痛い痛い居たい
視界までもが赤く染ってくる。
震える指先で、連絡先リストを開く。
いるま
ダメだ
いるま、いるま
ダメだ、悲しむから。
いるま、いるま、いるま…!
最期くらい、一緒に居たかった。
動かなくなってきた指先で、着信をかける。
ほとんど見えない視界の端で、『すち』と書かれた画面だけが、バイブ音とともに光っていた。
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遠くで誰かが俺を呼ぶ声がする。
おーい、って…誰?
聞いたことがあるようで、ない声。
何故か引き寄せられる声。
気づけば駆け足になってその声のする方へ寄っていく。
やっと姿が見えた、と思ったその瞬間────
「ひッ……!」
目の前に広がる血の海。
そこに力なく横たわるひまちゃん。
力の籠っていない目とは対照的に、明るく音を発するスマホ。
その画面には、『すち』の文字。
「ぁ…あ、……はッ、…はッ、!」
息が勝手に荒くなる。
あの日の記憶がじっくり鮮明に蘇る。
脳裏に、まぶたに焼き付いて離れないあの日の後悔。
「ッは」
息苦しくなってきた頃、いつの間に居たのか、目の前で黄色の三白眼が俺を見ていた。
「すちが……お前が、…あの時、あの時電話に出ていれば…!!!!!」
「ああぁ゙ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!!!」
「…ハッ!!ハァッ、はッ、…はーッは…ーっ」
見覚えのある部屋の中で目を覚ます。
飛び起きた反動で、暴れる心臓を何とか落ち着かせる。
気づけばものすごい汗をかいていた。
あの日から、毎日のように悪夢にうなされる。
あの日、あの時かかってきていた電話にその瞬間に出ることが出来ていたら。
もし、まだ救命の余地があったなら。
俺が、俺が俺が俺がもし…!!
…落ち着け、今更思考を乱したってなんの意味もないだろう。
そう言い聞かせているはずなのに、夢の中の歪んだいるまちゃんの表情が焼き付いて離れない。
やっぱり、ちゃんと決着つけるべきだよね。
まだ日も出ていない深夜、俺はいるまちゃんに一通のメッセージを送信した。
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いるまちゃんと飲んだ日。
俺は何かから解放されような気がした。
自分の使命はこれだったのか、と不思議と腑に落ちた気がした。
そしてその日、不思議な夢を見た。
おーい、とまた俺を呼ぶ声。
結末はわかっているのに、やっぱりそちらへ惹かれていってしまう。
フラフラと歩みを進めてたどり着いた先には…
血の海も、苦しそうないるまちゃんの姿もなく、
ただ代わりに、
いつもと変わらない笑顔をうかべる暇ちゃんがいた。
「ぁっ…え、ひま、っひまちゃ、」
「そんな焦ってどした?笑 すち」
「……ああぁ俺っ俺!!あの時、っすぐ電話出れなくてごめん!!助けに行けなくてごめん!!気づけなくてごめん!!ごめん、…ごめんなさいぃ゙っ……」
「おーおー泣くな泣くな笑」
暖かい、感触がある。
抱きついたその腰に確かな温もりを感じる。
これが幻覚でもいい。都合のいい妄想でもいい。
ただ1度、謝りたかった。
「…もう大丈夫やけぇ笑」
「…っ゙、…ひぐ、」
もっと喋りたい。時間が許す限り、神様が許す限り話していたい。
そんな思いとは裏腹に、とめどなく出続ける涙がひまちゃんの体を溶かしていく。
「いるまも、ありがと…笑」
「っぁ……、いるまちゃん、ひまちゃんが居なくておかしくなってた…、もう俺じゃ救えないかと思った、っ。でも、でもっ、」
「大丈夫笑 わーってるよ。
…どうせまた、どっかで一緒になるし」
「…?」
ひまちゃんの言葉の意図を考えていくうちに、俺の意識が朦朧としていく。
最後に見えたひまちゃんは、いつもと同じ、優しい笑顔だった。
「ありがと!俺の最高の親友!」
「……っ、ぁ……ゆめ、…」
不思議な感情で目を覚ます。
現実みたいな、でも確かに夢の中にいた、変な感覚。
だけど何故か、今まで以上にスッキリしていた。
しばらく放心状態でいた俺は、右手に何かを握りしめているのに気が付いてその拳を開く。
「は…っ」
そこにあったのは、紛れもないあの、
ひまちゃんが付けていたリング
「…これは俺が持っておけないよ笑」
思わず口をついた言葉に答えるように、風がサァッと寝室をふきぬける。
窓は空いていないはずの部屋に吹いた暖かい風が髪を揺らす。
「…ネックレスにでもしようかな!」
独り言にしては大きく呟いた俺のとこばに、再び応答するように1つの優しい風が頬を撫でて行った。
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「…ん”、」
とてつもない倦怠感と喉が焼け付くような痛みに違和感を感じて目を覚ます。
目を開けるとそこには見慣れた白い天井。
「…は?」
俺は思わずがばっと体を起こして呟いた。
手、顔、足、自分の色んなところに触れてみる。
「……俺、なんで、……、」
そうだ。
俺はさっき、
いや、何日前だ?
自らなつのもとへ行こうとしたはず。
なのに、
「…………な、つ……?なつ、なつ…なんで…っ」
俺の隣には健やかに寝息を立てて寝ている、
なつがいた。
暖かい体
柔らかい頬
規則正しく吐かれる息
本当にどういうことか分からない
だって
だって
なつは、
殺されて、
俺も…自ら死を選んで、
これも俺が見ている幻覚か?
まだなつに執着してしまうのか
「…ん”ー……いるま?」
「っ」
不意にとなりのなつが目を開けた。
まだ眠そうな瞳を擦って体を起こし、俺と目を合わせる。
「……な、つ”っ…」
「うぉ、どした?!泣くな泣くな、大丈夫か?」
暖かい手で頭を撫でられている。
背中を優しく叩いてくれる。
これが俺の幻覚なはずが無かった。
「なつ…っ、なつ、!」
「怖い夢でも見たか?…お前が泣くなんてどんな悪夢か逆に気になるわ」
そう言ってなつはクスッと笑う。
それにつられて思わず笑みがこぼれる。
そうだ
これは
今までの事は、全部
全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部
悪い夢だったんだ
「なつ」
「ん、どした」
「どこにもいくなよ」
「今日は全部急だな…
もちろん、ずっといるまのそばにいるよ」
綺麗な髪がサラリと揺れる。
柑橘の甘い香りがする。
繋いだ左手の薬指に冷たい感覚がある。
まだ少し暗い明け方
2人顔を見合わせてて笑いあった
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「次のニュースです。
×月○△日未明、東京都のマンションで男性が意識不明の重体で発見され、その後搬送先の病院で死亡が確認されました。
死因は毒の大量摂取と見て、その後も詳しい経緯の調査が進められています。
なお遺品は強い力で握られており徴収不可能であった為、家宅の詳しい捜索や、知人等への調査も随時進められるという事です。───────」
コメント
13件
ちょっっっっっと待ってください通知来た瞬間驚きのあまりすっ飛んできました 主様の作品の中でもずうっといっしょ!が特に好きなので続編ほんとーーーにありがとうございます😭😭😭😭😭 相変わらず語彙力がえぐいですね... もうたくさんのどろどろをありがとうございます(?) 藐さんと赮さんが再会できてよかった...😭 これからも主様のペースで頑張ってくださいꉂ 📣
わーん久しぶりです;;💖 おれだよおれ、ほしのちゃんだよ😼⬅️ 結構前回のから期間あいてたのにも関わらず腕落ちるどころか語彙めちゃんこに上がってるのすごすぎて✋🏻✋🏻 ほんまにすきですだいすきでつ😿😿♡ ふさんのどろどろをずうっと求めていました、私は!!!(倒置法) ひっそり続き待ってた民なので通知来た瞬間空へ𝒇𝒍𝒚しました🪽🪽🪽🪽 無理やり気に入りさせるので非公開にしないでください切実に🥵💌(
えタイトル文字逆さま(?)になってる😻😻 まってこの作品めっちゃ好きだった>< ちょっとまって早々びっくりした発送天才すぎるт т💋表現力凄すぎるまじですき🥇💘 黄色の三白眼ってだけで誰かわかるからマジでてんさいだよ😻😻😭 自ら死を選んで(?)起きたら隣に愛する人が居たとかどろどろ中のどろどろじゃん(語彙力)