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《東京都内・キャラクターショップ》
土曜の昼、
駅ビルの中にあるキャラクターグッズ専門店。
入口すぐのワゴンには、
色とりどりのアクリルキーホルダーがぎっしり並んでいた。
「見て、“アストレアちゃん”だって。」
女子高生二人組が、
POPを指さす。
そこには、
大きな文字でこう書かれている。
〈人類の矢・アストレアA公式コラボ
アストレアちゃんアクリルキーホルダー〉
青い髪に白いパイロットスーツ、
肩には小さなロケットノズルの飾り。
その足元には、
黒い岩のキャラクターが小さく描かれている。
〈オメガさん(※非公式)〉
「非公式って書いてある。」
「でも絶対オメガだよね、これ。」
笑いながら、
二人はかごにキーホルダーを入れた。
少し離れた棚には、
タオルやマグカップも並ぶ。
〈ASTRAEA-A LAUNCH COMMEMORATION〉
〈HUMANITY’S ARROW〉
その下に、
目立たないが確かに置かれていた。
〈TSUKUYOMI concept ver.
つくよみちゃん缶バッジ(試験販売)〉
銀色の長い髪、
月を模した輪を背負った少女。
どこか和装を思わせる衣装に
小さく「2nd ARROW」と書かれている。
「……もう出てるのか。」
店員の青年は、
商品を整えながら
小さくつぶやいた。
レジ横のテレビでは、
ニュース番組の特集が流れている。
「アストレアAとツクヨミ計画の人気を受け、
各社から関連グッズが続々登場しています。」
「“怖いニュースだからこそ、
ポップな形で触れたい”という声もある一方、
“現実逃避ではないか”という批判も――」
レポーターが
ワゴンを映しながら話す。
店員は、
心の中でため息をついた。
(売れるのは、
正直ありがたい。)
(けど、“これでいいのか”って
思わないわけじゃないよな……)
かごを持った親子連れが
近づいてきた。
「ねえねえママ、
これ買っていい?」
小学生くらいの女の子が
アストレアちゃんのノートを差し出す。
母親は
少し迷ってから笑った。
「……いいよ。」
「“本物”のニュースの方も、
ちゃんと一緒に見ようね。」
「うん!」
笑顔は明るい。
けれど、
母親の手は
ほんの少しだけ震えていた。
《都内・広告代理店 会議室》
ホワイトボードには、
大きくこう書かれている。
〈オメガ・アストレア・ツクヨミ
エンタメ横断プロジェクト案〉
スーツ姿のプランナーたちが
ノートPCを開きながら座っている。
チームリーダーが、
テンポよく話す。
「アストレアちゃんは
すでにキャラが立ってる。」
「で、次は“ツクヨミちゃん”。」
「“夜の女神・クール系お姉さんポジション”で、
アストレアちゃんと対になる形にしたい。」
スクリーンには、
すでにいくつかのラフイラストが映っている。
「アニメスタジオとのコラボも
打診済み。」
「ミニアニメか、
せめてWeb CMシリーズ。」
「“人類の矢たちの日常”みたいな
ゆるいショートで、
ニュース苦手層にもリーチを。」
若手プランナーが
遠慮がちに手を挙げた。
「あの……
一応確認なんですが。」
「“実際に落ちてくるかもしれない隕石”を
ここまでキャラクター化して
大丈夫なんでしょうか。」
「なんというか……
被災した場合を考えると。」
一瞬だけ、
部屋の空気が重くなる。
だがリーダーは
笑顔を崩さない。
「分かってる。」
「でも、
“怖いから一切触れない”っていうのは
もう成立しないんだ。」
「オメガの話題は
子どもだって聞いてる。」
「だったら、
“何も知らないまま怖がる”より、
“ちょっとでも理解の入り口になるコンテンツ”を
作った方がマシだと
うちは考えてる。」
別の社員が
フォローを入れる。
「実際、“アストレア擬人化”の
最初の火をつけたのは
一般ユーザーです。」
「うちは“それをうまく拾って
社会的に許される形に整える”役割かな、と。」
若手は黙り、
ノートにペンを走らせた。
(そう言われれば、
反論しづらい。)
(でも、“売上目標”のスライドも
同じページに出してほしくなかったな……)
プロジェクトの隅には、
こんな文字も小さく書かれている。
〈※クライアント側懸念:
「不謹慎」批判対策のコメントライン要検討〉
《SNSタイムライン》
スマホの画面の中で、
今日も新しい“擬人化”が生まれていた。
<#ツクヨミちゃん描いてみた>
月の飾りを髪に挿した
巫女風のツクヨミ。
アストレアとツクヨミが
並んでピースをする絵。
オメガを
眠そうな顔をした巨大のんびりキャラにした漫画。
<オメガは悪くない。
ただそこにいるだけ。
だから人類がんばれ、って漫画描きました>
いいねが数万単位でついている。
その一方で、
こんなポストも
じわじわと拡散されていた。
<“オメガキャラグッズ”見た。
かわいいけど、
複雑な気持ちになった。>
<もし本当に落ちて
誰かが死んだ後に、
これを見返したとき
どんな気持ちになるんだろう。>
<でも、
何も描かないで
ただ怖がってるだけよりは
マシなのかもしれない。>
<描いてる本人たちも
たぶん分かってるんだよね。
“これは現実逃避”だって。
それでも描かずにいられないだけで。>
画面の奥、
どこかの部屋で
ひとりのイラストレーターが
ペンタブを握っている。
(本当は、
もっと明るいものだけ
描いていたかった。)
(でも今はこれしか、
自分を落ち着ける方法がない。)
完成したツクヨミちゃんは、
どこか儚げな微笑みを浮かべていた。
《JAXA/ISAS 相模原キャンパス・休憩スペース》
自販機の前に並ぶ、
缶コーヒーと紙コップ。
若手エンジニアの一人が、
スマホを見ながら笑った。
「白鳥さん、
これ見ました?」
画面には、
ニュースサイトの記事。
〈オメガ&アストレアA&ツクヨミ
“終末三姉妹”としてグッズ展開加速〉
「終末三姉妹て。」
別の職員が
額に手を当てる。
「こっちは
頭抱えてシミュレーションしてるのに。」
「まあ……
話題になるのは
悪いことじゃないんでしょうけど。」
白鳥レイナは、
紙コップを手に
その画面を覗き込んだ。
「……かわいいわね。」
「うちのシミュレーション画面より
よっぽど。」
若手が笑う。
「“ツクヨミちゃん描いてくれてありがとう”って
コメント、多いですよ。」
「“この子たちには幸せになってほしい”とか。」
レイナは
コーヒーを一口飲んでから、
小さく首を振った。
「“幸せになってほしい矢”って
なんだか変な話ね。」
「本当は、
矢そのものじゃなくて
矢を飛ばしてる人たちに
そう言ってほしいけど。」
ふと、
別の若手が口を開く。
「でも、
ちょっと救われる部分もあります。」
「“怖い現実”を
全部科学用語だけで説明しても
届かない人たちに、」
「こういう形で
届くこともあるんじゃないかって。」
レイナは
窓の外の空を見た。
「……そうね。」
「“かわいいから知った”人が
その先で
“本当の話”にも
少しだけ興味を持ってくれるなら、」
「完全に否定は
できないわね。」
彼女は紙コップを握り直した。
(それでも、
この顔で“失敗しました”とは
絶対に言いたくない。)
(あのアクリルキーホルダーに、
“ごめんね”って
謝る未来だけは避けたい。)
《新聞社・社会部》
夜。
蛍光灯の白い光の下で、
桐生誠は
デスクに両肘をついていた。
モニターには、
今日一日のニュースとSNSのまとめ。
『アストレアA&ツクヨミ擬人化ブーム』
『企業のコラボ企画相次ぐ』
『“死の恐怖”のエンタメ化に賛否』
若手記者が
半分冗談交じりに言う。
「“終末商戦”って
言われ始めてますね。」
「どの業界も、
“最後の稼ぎ時”みたいに
動き始めてる感じ。」
桐生は、
苦い笑いを浮かべる余裕もなく
画面を見つめていた。
(俺の連載も、
結局は“オメガ特集”という名の
コンテンツのひとつだ。)
(“怖いけど読みたくなる記事”として
扱われてる。)
編集長の声が飛ぶ。
「桐生、
次回は“エンタメ化”も入れてくれ。」
「“グッズやキャラが悪い”とかじゃなくていい。」
「“人は怖いものを
どうやって笑いに変えようとしているか”――
そこを掘ってほしい。」
「“その裏にある虚しさも含めて”な。」
「……はい。」
返事をしながら、
桐生は心の中で自問していた。
(俺は、
今何をしているんだろう。)
(“事実を伝える記者”なのか、
“終末コンテンツを整理して売る人”なのか。)
モニターの隅に、
こんなコメントが表示される。
<今日アストレアちゃんのグッズ買った。
かわいくて嬉しかったけど、
帰り道で急に泣きたくなった。>
<“この子ががんばってる間に
自分は何をしてればいいんだろう”って。>
桐生は、
その一文から
目が離せなくなった。
(……そうか。)
(虚しさを感じてるのは、
作ってる側だけじゃない。)
(買ってる人も、
笑ってる人も、
どこかでちゃんと気づいてる。)
彼は、
新しい原稿ファイルを開いた。
『第5回案:
“かわいい矢と、刺さったままの現実”』
キーボードに指を置く。
(それでも書くしかない。)
(“これでいいのか”と思いながらでも、
書いて、残して、
誰かに“考え直すきっかけ”を
渡すしかない。)
画面の時計は、
日付が変わる直前を示していた。
Day43。
オメガまで、あと43日。
本作はフィクションであり、実在の団体・施設名は物語上の演出として登場します。実在の団体等が本作を推奨・保証するものではありません。
This is a work of fiction. Names of real organizations and facilities are used for realism only and do not imply endorsement.