テラーノベル
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🌹はなみせ🍏
石川の家の玄関を開けた瞬間、慣れ親しんだ家の匂いが鼻をくすぐった。でも、今の私の心はもう、ここにはない。
カバンを置くのももどかしく、居間にいた両親の前に進み出ると、私は吸い込まれるように畳に正座した。
「上京させてください……!」
言葉というより、魂を絞り出すような叫びだった。そのまま床に額をこすりつける。
元貴さんにあの場で「はい」と言いたかった。本当は一秒だって離れたくなかった。でも、中学生のあの日から私を支えてくれた家族に、ちゃんと自分の口で「覚悟」を伝えたかった。
建前は、ずっと夢見ていた音楽業界への第一歩。
でも、胸の奥にある本当の本音は……。
(元貴さんのそばにいたい。あの優しい目と、私を包んでくれる体温の近くにいたい)
それが「恋」だと自覚したのは、通信制のレポートを書きながら、彼の歌声に何度も救われていた最近のこと。
「……でも、らん。東京で一人暮らしなんて。機材車で連れてきたっていうその人の言葉、どこまで信じていいのか……」
心配する父の言葉に、私は迷わずスマホを取り出した。
「本人と、話してみて」
震える手で元貴さんに発信すると、驚くほどすぐに繋がった。事情を説明すると、元貴さんの声は一段と低く、頼もしく響いた。
「お父さんにかわって」
スマホを父に手渡すと、父は最初、警戒心むき出しの怪訝な顔をしていた。でも、電話口から漏れ聞こえる元貴さんの丁寧で誠実な、それでいて不思議な説得力を持つ声に、父の表情がみるみる解けていく。まるで魔法をかけられたみたいに、最後には「ははは、そうですか」なんて笑い声まで漏れていた。
電話を切った父は、ふぅと大きなため息をつくと、私を真っ直ぐに見た。
「……行ってこい。その大森さんって人なら、お前を任せられる気がする」
「……っ、ありがとうございます!!」
視界が涙で滲む。
私はすぐに、元貴さんにメッセージを送った。
『許可が出ました! 私、東京に行きます!』
スマホを握りしめた私の手は、期待と少しの緊張で、いつまでも熱を帯びたままだった。
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コメント
2件
キャー!!!(ノ)゚∀゚(ヾ) おめでとうございますヾ(´︶`♡)ノ 続き楽しみにしてます🥰
毎回見てます! 今回も神作でした✨