ラウンジで彼が来るのを待っていると、あの日に感じていた気持ちが蘇ってきた──。
どうして急に誘われたのかもわからなくて、今にも帰りたくなるような、そんな苦い思いを噛み締めていた、あの日──
(帰りたくなるのは、あの時と同じかも……)と、ぼんやりと感じる。
場の雰囲気に自分自身は相変わらずそぐわないような気がして、一人では居たたまれなくて、早く彼に来てほしかった……。
……しばらくして、エントランスの方から俄かな騒めきが聴こえてきた。
何だろう……と目をやると、人目を引くシルバーグレーのスーツに身を包んだ彼が、真紅の薔薇の花束を抱え私の元へと歩いて来ていた。
テーブル席の間を抜けてくるだけでも、周りの視線を集めているのは以前と同じで、
今夜は華やかな花束を抱えていることもあって、周囲からはさらに感嘆のため息も聞こえていた。
「……お待たせしましたか?」
あの夜と同じ台詞を吐いて、私の前で立ち止まる彼に、
「いえ…そんなには、待ってないですから」
と、自分も同じように返した──。
「君に、これを……」
薔薇の花束が彼から差し出されて、「えっ……」とうろたえて席を立つ。
スタイリッシュにグレーのスリーピースを着込なしてピンキッシュグレーのストライプ柄のネクタイを合わせた彼が、真紅の薔薇を胸に抱えた姿はまるで一枚の絵画のような優雅さも感じられて、目のやり場にも困るほどだった。
「受け取ってください、さぁ」
「えっ…あ、はい…」
真っ赤になりつつ花束を手にすると、折しも周囲の人たちから拍手が湧き起こって、よけいに恥ずかしくもなった。
「あの…ありがとうございます。だけど花束なんて、いいですから……」
受け取った薔薇で、はにかんだ顔の半分を隠して、そうボソボソと口にすると、
「どうしてです?」
と、首を傾げて尋ね返された。
「……先生は、それでなくても注目されやすいのに……こんな目立つことをされたら、恥ずかしくて」
さっきエントランスが騒ついていたのは、薔薇を抱えた彼の姿が人々の目を惹きつけていたからなのに違いなかった。
「……目立つなら、もっと見せつけたらいい。見せつけるために、今ここでキスでもしてみますか?」
本気で顔を迫らせてくるのを、花束を唇の前にかざしてガードをする。
「……恥ずかしがらせて、楽しんでますよね?」
そうだとでも言うように、ふっ…と小さく彼が笑う。
「もう…座ってください…」
彼の意図がわかって、ちょっとムッとしたようにも唇を尖らせると、
「そんな顔も、かわいらしいですね…」
と、頬にチュッと軽くキスをされた。
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