テラーノベル
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すっかり嗅ぎ慣れた、業務用洗濯洗剤のチープな香りが鼻先をくすぐる。
真っ白なシーツに染みつく無機質なそれに混じる匂いに、眩暈がして。
数ミリしか離れていないその首元の熱さが、じりじりと頬を撫でる。
「ん、…ちゅ…、は、ふは…っ、」
「らう、っ、こそばい…っ…ぁ…っ」
「やぁだ、まだちゅーしたいの」
熱っぽい吐息と心地よい声の振動がこめかみを掠めるたび、背骨はピリピリと痺れて、一つになった窪みは、きゅぅと疼く。
「ぁっ…ぁはっ、締まった」
「言わんとって…っ!!」
「かぁぃぃ…これ好き?」
「すき、っすきやから…っ、もうぬいてやぁ…」
「もうちょっとー」
今日はいつもより長く体を重ねた。
いつもの流れでいけば、あとはお風呂に入り直して屋敷に帰るだけだが、もしかすると毎度毎度ここからが本番のような節はあるかもしれない。
「康二くんの中あったかくて大好き。まだここにいさせて?ね、だめ?」
「…あとちょっとだけやぞ…」
「わぁいっ、んふふ」
昂りが落ち着いた後の静かで甘いこの時間が、どうやら彼は一番好きらしいのだ。
繋がったままでキスをして、他愛もない会話をしている時の彼は、たっぷりと微笑みながら小さい笑い声を漏らす。
この蕩け切った顔を見るたびに、なんでも好きにさせてあげたくなる。
結局は、こちらも漏れなく末期なのである。
「あ、ねぇねぇ康二くん」
「ん?」
「お誕生日、おめでとう」
「ぁ、もう日付変わってたんか」
「とっくに過ぎてたみたい。ごめんね、今年は0時になった瞬間に伝えられなかったや」
「ええて」
「康二くんに夢中で時計見てる余裕無かったみたい」
「あほ、そんなんせんでええ」
「ぇへへ」
「…そんなん許さへんで」
「ん?」
「時計なんか見んと俺だけ見てくれな、いやや」
「康二くん…っ…!」
「ぅぁッ!?ちょっ、なにおっきくしてん!?」
「ごめ…あと一回だけ…」
「まって…ゃ、、ッぁっ!?ひゃぁ!?らうっ…!」
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雨上がりの湿ったコンクリートの上を、ゆっくりと歩いていく。
濡れたアスファルトと雨の匂いが漂う辺りは、点々と灯る街灯のおかけで辛うじて明るい。
温かく大きな左手に右手を預けて、もう片方の手で腰を摩る。
最後の意地でおぶさってもらうことこそしなかったが、正直今すぐにでも横になりたいほど下半身は重怠かった。
「最後の一回は何やったんや…ぅぅ…いてて…」
「康二くんが僕をきゅんきゅんさせたのが悪いと思う」
「そんなん一つもしてへんわ」
「はぁ…なーんか、佐久間くんとめめの気持ち、ちょっとわかるかも」
「? なんでさっくんとめめ?」
屋敷に帰ってきたのは午前二時頃だったので、二時間程仮眠を取ってから台所に向かった。
頭巾と割烹着を被り、まずは炊飯予約をしておいたツヤツヤの白米をかき混ぜていった。
おにぎりを50個、五段重ねの弁当箱二セットの中におかずを詰め終えたところで、次に朝ごはんの準備にかか…
…ろうとしたところで、「あぁーーっ!」という大絶叫に後ろから襲われた。
静かな朝に突如として響きわたった爆音に背筋を伸び上がらせ後ろを振り返ると、そこにはさっくんと阿部ちゃんが立っていた。
「なんやの!?朝やで?!みんな起きてまうやんか!」
「康二っ!なにしてんのさっ!」
「見たらわかるやろ!飯作ってんねん!いつも通りや!」
「そうじゃないっ!」
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「なんが!」
「もう、佐久間静かにして。康二も今日くらいは休んでよ」
「へ?なんでや」
「なんでって、誕生日なんだから主役はゆっくりしててよ」
「そーだそーだ!朝からごはん作ろうって早起きしたのにっ!もーっ!最初っから俺たちだけでやりたかったのにーっ!」
「なんやそういうことか。ごめんやけど、毎朝四時には起きてんで」
「えっ、そんな早い時間から…?いつもありがとう」
「ええのええの、これが楽しくてやってんねんから」
どうやら、特殊な一日が今から始まるらしい。
二人からの優しい申し出を受けて、今日の全てに合点する。
阿部ちゃんもいるなら安心だと全てを任せようとしたところで、ラウールが台所へ入ってきた。
「ふあぁ…みんなおはよぉ…今から作戦すたーと?」
「ラウおはよー!遅刻したっぽいけど今からやるよー!」
「おはようラウ。今日はよろしくね」
「なんや、ラウもご飯作ってくれるんか」
「そうだよ!今日は康二くん誕生日なんだからゆっくりしててね!」
「おおきにな。ちょくちょく様子見に来るわ」
「えっ!だめだよー!」
「だめ!やだ!」
「なんでやねん!」
「それじゃぁ全然休んでないじゃん!」
「休めてるわ!なんもしてへんねやから!」
「まぁまぁ、ちょっとならいんじゃない?」
「堪忍な阿部ちゃん。二人んことよろしくな」
「うん、任せて」
朝ごはんの時間まで、あと一時間半程あった。
阿部ちゃんがいてくれるにしても、あの二人も頑張ってくれているとなると、おそらくもう三十分はかかりそうだ。
突然生まれた空白の時間をどう過ごそうか考えてみたがうまくは思いつかず、結局はまた仮眠を取ることにした。
畳んでいた布団をもう一度敷き直してその上に寝転がってみると、案外すんなりと瞼は落ちていった。
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:
:
「……じ…、…」
「…ゃっ…!」
「…んん…?」
頭上から降ってくる声に気付き、薄目を開ける。
目の前には、こちらを覗き込むようにして前屈みになっているしょっぴーと坊とがいた。
「ぉお…おはようさん…ほぁぁ…」
「康二、おはよう」
「じゅ!」
「起こしに来てくれたんか?おおきにな」
「今日は、俺と涼太仕事するの」
「なんの仕事や?」
「康二のこと呼びにいく仕事」
「…はぅ…?それはどんな仕事なん…?」
「ごはんの時間になったら康二のこと呼びにいくの。他にも呼びにいく時あるかもしれないってふっかが言ってた」
「ほうか。なんや、えらいVIP待遇やなぁ」
「びっぷ?」
「王様みたいな人ってことや」
「おーさま、この間読んだ絵本に出てきた。良い奴だった。康二も良い奴。だからびっぷだ」
「ええ人なんが基準なんやな。そゆことなら今日はよろしくな、可愛らしい従者さんたち」
「仕事する人は、じゅーしゃしゃんって言うの?」
「…せやね。今日の職業は「従者さん」やね」
「わかった。涼太、頑張ろうぜ。じゅーしゃしゃん」
「ぅゅ!」
だいぶ甘噛みしているが、大変に愛くるしいので敢えて修正はしなかった。
朝ごはんを食べながら、「俺ね、今日じゅーしゃしゃんなんだよ」としょっぴーは誇らしげに話し、坊は「しゃしゃっ」と両腕をブンブン振って笑った。
彼らの話し相手になっていた阿部ちゃんは、「うんっ…ぅ”んッ…」と相槌を打ちながら、おかずも取らず、ただひたすらに白米を口に詰め込んでいた。
緑色の箸から聞こえてくるミシミシという音には、気付かないフリをしておこう。
知らん。折れたら自分で買え。
ちびっ子たちからの供給があると、彼は必ず壊れる。
それもまた我が家の日常かと肩をすくめてから、しょっぴーと自分の分の魚の骨を取っていった。
朝ごはんの後は自室に戻り、畳の上に寝転がった。
今の気持ちをありのまま声に出そうとスッと息を吸い込み、そのまま吐き出す。
「だぁぁああ”あ”ッ!!!」
なんとも言えない遣る瀬無さだった。
「枯れそぅや…砂時計の砂んなった気分や…」
真ん中の窄まりに向かって、溜まった砂粒がサラサラと無くなっていくような感覚が体の中に充満している。
ご飯を作ってくれるだけで十分に嬉しかったのだが、それだけにはとどまらなかった。
空になった食器を重ねようとした手はさっくんに制され、洗い物に取り掛かろうと捲った袖は阿部ちゃんに伸ばされた。
流し台の前に立てるのはせいぜい二人までで、阿部ちゃんとラウールにそこを陣取られてしまっては、もう脚の一本さえ入り込ませられるほどの隙間さえ無かった。
辛うじて実行できたルーティーンはと言えば、玄関先で照兄にお弁当を渡せたことくらいだった。
洗濯しようと脱衣所に行ってみれば、そこにもふっかさんとめめが立て籠もっていて、突入できそうになかった。
「なんしてん、洗濯回すんやからどいてや」と声を掛けても、「俺たち今日の持ち場ここだから」の一点張りで、二人はぴくりとも動かなかった。
おかげさまで、することが何も無かったのだ。
なんとも贅沢な生き物である。人間というやつは。
忙しくしている時には、「あれしたい・これしたい」とやりたいことなんて湧き水の如く出てくるというのに、急にゆとりが生まれた途端に「何をしたら良いのかわからない」と嘆くのだから。
みんなからもらったせっかくの時間を無駄にしてしまっている気がする。
とてもありがたいとは思いつつも、全然働けていないという罪悪感が無意識に募っていく。
そんなこんなで体がむずむず、うずうずして、じっとしていられないのだ。
落ち着かない。
何かしたい、なんでも良いから何かしないと。
じゃないとこのまま体が溶けて、畳の一部になってしまいそうだ。
「くぅっ…ぁぅ〜!ぁァあかん!」
これ以上は耐えられそうにない。
「みんなのこと見に行ったれ、そんくらいならええやろ」
脱衣所に彼らが居座ったきり、洗濯機のドラムがガタンとも回る音がしないのを不思議に思った。もう一度ふっかさんたちのところへ向かい、引き戸の陰から中の様子をそーっと覗き込んでみると…。
「なぁ、めめ」
「はい」
「俺たちの前には今、いくつかの選択肢がある」
「そうっすね」
「どんな決断をするかでこの先の未来は大きく変わる。俺さ、そんな気がしてんだ」
「うす」
「珍しくビビってるかもしんねぇ」
「何があっても、俺はずっとふっかさんのそばにいますよ」
「それでこそ俺が見込んだ男だよ、お前は」
「俺はふっかさんの決断を信じます」
「おう。っし、腹決めるわ。
……つっても迷うな…っぁあッ!
…洗剤ってどれ入れりゃいんだ…!?!?」
戸板を掴んでいた手がズルッと滑る。
頭の中でガッシャーン!と音が鳴る。
熱い青春ドラマのような前フリはなんだったんだ。
ちゃんと感動してしまっていた俺の純情を返せ。
「「洗たく洗剤」って書いてあんのは、入れるで合ってんだろ?多分。でもさ、これとこれはなんなわけ?」
「ひょ、ひょぅ…?しろ…?読めないっす。こっちは…、、とりあえず、すげぇ柔らかいらしいっす」
「あ?柔らかいってなんだよ?」
「ここに書いてる、ほら」
「ほんとだ。すげぇ柔らかいっぽいな。でもさ、液体に柔らかいも硬いも無くね?」
「外国の水は硬いって聞いたことありますよ」
「マジ?飲んだら鋼並に喉にブッ刺さってくんのかな?」
「外国人の喉強いっすね」
今俺は、軽く引いている。
そんなに複雑なことだろうか。
ツッコんでくれる人がいないというのは、こんなにも怖いことだったのか。
このままだと日が暮れてしまう。
──ちょっとだけ口挟むk…「まぁここにあるボトルの中身全部入れれば綺麗になんべ!」待て待て待て待て待て!!!
「ストォォォォッップ!!!」
「ぅぉ!?康二!」
「いつからそこいたの?」
「全部入れたら屋敷中泡だらけんなってまうやろ!」
「えっ、まじ?」
「すげぇ、やってみたい」
「あほか!洗剤と漂白剤と、柔軟剤、全部フタ一杯分でええの!」
「そうなんだ」
「フタに線書いてあるやろ?そこまで測って入れて」
「はみ出しちゃったら泡だらけになる?」
「ならん、そんくらいは誤差や。全部入れんのがあかんの」
「康二、入れた」
「洗剤と漂白剤はこっち、柔軟剤はこっち、書いてある通りに入れて」
「こぼしたら洗濯機壊れる?」
「壊れん。スイッチ入れて、スタートボタン押してや。それで洗えるから」
「ふっかさん、押しますよ」
「おう!いけ!めめ!」
「…!動いた」
「めめ!めめ!回ってんぞ!」
「ほんとだ。ぅはは!すげぇ!」
「はぁ…」
家族全員が泡に溺れるのを阻止できたことに安心してから脱衣所を後にした。
振り向きざまに見た二人は、ドラム式洗濯機の前にしゃがみ込み、ジャバジャバと水飛沫を上げながらゴトンゴトンと回る薄暗いその中を、いつまでもいつまでも楽しそうに覗き込んでいた。
心なしか体が重い感じがするが、気のせいだろうか。
ヘトヘトと廊下を歩いていると、ふと後ろから小さな足音が聞こえてきた。
「康二、遊ぶぞ」
「へ?」
あとを着いてきていたのは、しょっぴーだったようだ。
徐に不思議な誘いを受ける。
「ふっかが、康二と遊んできなって」
「ぅっか!」
「ほぉん」
──なぁるほど。そういうことか。
ついつい様子を見に行ってしまった俺をどうにか休ませようと、ふっかさんはちびっ子たちを召喚したようだ。
つくづく不器用な人だ。
「ほんなら部屋行こか。何して遊ぶん?」
「康二にあげるプレゼント涼太と作るの」
「それ、俺いてもええの?」
「いいよ」
坊の部屋には、紙とマジックペンがそこかしこに転がっていた。
作業の途中で俺を呼びに来てくれたのかと思うと、申し訳なかった。
「なん作ってたん?」
「かめらだよ」
「カメラ?」
「康二の好きなものラウールに聞いた。作り方も教えてもらった」
「ほうか…っ、ぐすっ…」
「涼太、これに絵かいて。ぺん食べちゃだめだよ」
「ぁぃ!」
石鹸が入っていた空き箱を裏返しにして、しょっぴーは坊へそこに絵を描くよう促した。
坊はマジックペンを握ると、自由にぐちゃぐちゃと筆を走らせていった。
「ちょぉ待ち、坊、はみ出たアカンから、これ畳ん上敷かして?な?」
「ん”ん”〜!に”ゃぁ”〜!」
「すまんすまん、取らんから。ほれ、書いてや」
「きゃぃ〜!んきゅ!ぅ!」
ニコニコと満面の笑みで、坊は厚紙にインクを乗せていく。
…いや、ペンをグッと握り締めているおかげで、もはや滲ませているか、染み込ませていると言った方が表現としてはぴったりかもしれない。
しかし、夢中で腕ごと動かす様は大変に可愛らしくて、こちらも負けじとスマホのシャッター音をかき鳴らした。
「ぅ!ちょた!みゃぅ!」
「できた?」
「うゆ!」
「じゃあ貸して、箱にするから」
「ぁぃ」
坊の激しいタッチによって、カラフルなボディが出来上がった。
それを受け取ると、しょっぴーは一枚の厚紙だったものを器用に折り込んでいく。
坊が絵を描くのに夢中になっている間に、しょっぴーはカメラのレンズとシャッターのボタンになるパーツを作ってくれていたようで、四角い箱が組み上がるとセロハンテープでペタペタとそれらをくっつけていった。
「できた」
「おおぉ!かっこええな!おおきに!」
「夜ご飯の時にあげる」
「おん、楽しみにしてんで」
もう一度「おおきにな」と伝えながら坊を抱き抱え、しょっぴーの頭を撫でた。
すっかり散らかしてしまっていた室内をしょっぴーと二人で片付けていると、さっくんがお昼ご飯に呼びに来てくれた。
お腹が膨れたあとは少しだけ食休みをしてから、またちびっ子達と部屋に戻る。
彼らは歌を歌いながら踊りを踊っている。
これが二人の最近のブームなようだ。
小さなコンサートは、坊の目が少しずつトロンとしてきたところで静かに幕を下ろした。
コクリ…コクリと前後していた小さな体を布団に寝かせて、しっかりと寝入るまで丸々としたお腹にポンポンと触れる。
「しょっぴーも寝るか?」
「うん、、ふぁ…ねむい」
「ほうか、ほんならおいで。タオルケット掛けんと腹冷えてまうから」
「…ん、」
「寒ない?」
「ぅん、りょぅたあったかぃ…から……すぅ…」
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:
「…ん、、しもた、寝てもうてた」
あのあとすぐに、自分も寝落ちてしまっていたようだ。
そういえば昨日は二時間程寝ただけだったなと思い出し、ひとまず二人を起こしてしまわないようにそーっと起き上がった。
大きな窓から入り込む日差しが、オレンジ色に染まり始めている。
「あん子らは大丈夫やろか」
心配はまだ残るし、喉も渇いていたので台所へ向かった。
暖簾の隙間から、こっそりと三人の様子を伺ってみる。
「終わりが見えてきたね。ラウ、これ揚げてくれる?」
「はーい!」
「佐久間は片っ端から野菜切ってって」
「ぁいぁいー!」
──良かった。こっちは平和や。
──阿部ちゃんのおかげやな。
──これなら最後まで全部任せても…「いってぇ!!」なんやなんやなんやァ!?
「佐久間くん!?大丈夫!?」
「だいじょぶだいじょぶ!指切っただけ!」
「もう…、見せて?」
「ホントにだいじょぶだ、よァァァァゥ!?」
「…ん、、…ぁに…?」
「あべちゃっ、なに、じゃなくて…っ、…っその状態で見上げないで…ッ…」
「ちゅ…ちゅぷ……」
「ぁっ、、ぁべちゃ……」
「…ん、っぷぁ、ばい菌入っちゃうから、ほっといちゃだめでしょ?」
「ァ……ァ…ァ…」
「佐久間?ちょっと、聞いてる?」
「…はぁ…今のは阿部ちゃんが悪いよ?」
「なんでよ」
「はぁ…康二くんもだけどさ、阿部ちゃんも大概悪いよね」
「え?何が?」
「そういうとこ」
ああいうことを平然とやってのける彼が、ただただ大変に恐ろしい。
…がしかし、何故俺が引き合いに出されている?
反論しかない。
あとで抗議しなければと悶々としていた時、ふと背後に気配を感じた。
振り返ってみると──。
「ゥォァッ!?めめ!?なんでおるん!?」
「阿部ちゃんが可愛いことしてる気がして来てみた」
「手に持ってるそのハタキはなんや?」
「埃取ってた」
「掃除はどうしたんや」
「あとはふっかさんが全部やってくれる」
「…ってふっかさんが言ってくれたんか?」
「ううん。台所行こうとした瞬間背中に飛び蹴りされた」
「そらそうやろ。俺やってそうするわ。早よ戻らんかい」
「全然無理」
「ちょ、待ちって、、ぁー…もー…知らん…」
めめは俺の静止も聞かずに、ズンズンと中へ入っていった。
「阿部ちゃん」
「ぇ、めめ、どうしたの?ご飯まだだよ?」
「んーん。違うの」
「…へ?」
「怪我した」
「えっ、大丈夫?!」
「指痛い」
「どこ?見せて…?」
「ここ」
「んー?別に切れてもないし、腫れてもないけ…ど、、!…お前…まさか…」
「消毒お願いします」
「〜ッ!エタノールでもかけとけ!出てけ!」
「んははっ、可愛い」
「うっ、うるさいっ!ばか!」
「…ァ…ァァ…ヤサイ…オレ…キル……」
「佐久間ァ”ッ”!ぼーっとしたまま包丁握るな!ッだぁぁぁっ!ばんそこ取ってくる!!!」
めめのおかげでか、はたまた暴走の賜物か、阿部ちゃんはようやくご自身の行いの罪深さにお気付きになられたようだ。
入り口ですれ違った俺に気付かないほど、彼は焦っているように見えた。
──茶ぁ飲んで早いとこ戻ろ…。
冷蔵庫から麦茶を取り出し、コップに一杯注いで飲み干した。
ちびっ子達もそろそろ起きる頃だろうと、二人の分もそれぞれのマグに入れて両手に持った。
「あ、康二くん!あと少しでご飯できるよ!」
「なんや、今日はラウが一番お兄ちゃんに見えるわ」
「?」
ドタバタと慌ただしかった時間もようやく落ち着き、無事夕飯の時間になった。
親父も無理を押して帰って来てくれた。
彼はなんでもないことのような顔をして笑っているが、忙しい仕事の合間を縫って顔を見せてくれたことは、おそらく間違いなかった。
「康二くんにプレゼント預かってきたの」
そう言って親父が渡してくれた蛍光色の小包に、今年も懐かしさが込み上げる。
いつか、子供の頃に過ごした土地の、あの匂いがする。
みんなには内緒にしているが、実はずっと前からこっそりと連絡を取り合っている友人がいる。
彼は俺の代わりに、オトンとオカンの意思を継いでくれた。
そんなかけがえのない存在からもらった、奇抜な色のカメラストラップ。
ふっかさんがくれた、フードプロセッサー。
照兄がくれた、テフロン加工のフライパンセット。
めめがくれた、高級フレンチの食事券。
さっくんがくれた、分厚くて大きいフォトアルバム。
阿部ちゃんがくれた、晴雨兼用のオレンジ色の傘。
ラウールがくれた、おしゃれな全身コーデ。
しょっぴーと坊がくれた、石鹸カメラ。
親父がくれた、欲しかった倍率のカメラレンズ。
全てを、愛おしさの込み上げるままに抱き締めて、声を上げた。
「みんなおおきに!…ほんでから!!」
俺の合図をずっと待ち構えていたみんなは一斉に親父の方を向き、
「親父ー!いつもありがとー!」
と大きな声でありったけの思いを伝えた。
突然のことに親父はきょとんと目を丸め、首を傾げてからにこっと笑った。
「僕の方こそ、みんないつもありがとう」
「親父!違うよ!」
「うん?」
「今日は康二の誕生日と、親父の日じゃん!」
「僕の?」
「ほら!今日ってさ」
「父の日、ですよ」
「…わ、、、わぁぁ…っ!そうだったね!」
「みんなでプレゼント買ってきたんだよ!」
「嬉しい!ありがとう!」
そう。
今日は俺の誕生日でもあるが、大切な大切な、大好きな親父に感謝を伝える日なのだ。
毎年親父には、みんなで話し合って決めたものを一つだけ渡すことにしている。
常に各地を飛び回っている彼の持ち物が増え過ぎてしまうのも、あまり良くないだろうという考えがあって、こんな形に落ち着いた。
「なんだろう…、わ、お守り?」
「大人たちで神社行って、全力で健康第一と交通安全と、商売繁盛と、えっと、あとなんだっけ…とにかく片っ端から念込めて、祈祷もしてもらったよ!」
「そこまでしてくれたの?ふふ、嬉しいな。みんな本当にありがとう!」
「くみちょ、これもあげる」
「わぁ!可愛いお守り!翔太くんが作ってくれたの?」
「うん。俺が切って、涼太が絵かいたんだよ」
「涼太、絵が描けるようになったんだね!」
「んぷ!ぁぃっ!」
「とっても上手。ふふ、カニさんかな?」
「ううん、違うよ。ばらだって」
「ばゃ!」
「あれれ、、ぁははっ、涼太の感性は素敵だね」
【誕生日会兼父の日会】が終わったあとも、皿洗いすらさせてもらえなかった。
阿部ちゃんに断られたのだ。
「今日が終わるまでは絶対だめ。ほら、お風呂入ってきて」と。
諦めて風呂に入ったあと、ラウールの部屋に足を運んだ。
布団を敷いたその上でうつ伏せになりスマホを眺めているその隣に、ゴロリと体を寄せてみる。
「今日はホンマおおきにな、お疲れさん」
「康二くんの日だもん、そりゃぁみんな張り切るよ」
「誕生日ってだけでこんな至れり尽くせりで、よかったんかなぁ」
「ううん、そうじゃないよ」
「ぉぁ?」
「今日は、我が家だけは“母の日”だから」
「お?」
「毎日みんなのお母さんしてくれる康二くんにお礼を伝える日にしようって、みんなで話し合ったんだー。今日だけはゆっくりしてもらおうって」
「…ふははっ…」
「ふふっ、家事頑張ろうって決めてたのに康二くんが早起きしちゃったって、佐久間くん悔しがってたよ?」
「ぁははっ、堪忍な」
「もう眠いでしょ?いつでも寝ていいよ。康二くん結局二時間ぐらいしか寝てないんだし。いつもみたいに運んであげる」
「おおきにな、最後まで甘えさしてもらうわ」
「えへへっ」
静まり返った宮舘組のとある一室に、一人分の穏やかな寝息が響く。
「…ん、、すぅ…くぅ…」
疲労感を目の下に宿して深い眠りにつく顔を、愛おしそうに眺めるは一人の男。
男の側に寄り添うようにして傾くこめかみを優しく撫でながら、彼はぽつりとぽつりと呟きを漏らしていく。
「ぜーんぶ、バレバレや」
「みんながなんであんなに頑張ってくれてたんかも」
「俺が寝坊できるようにって、昨日いつもよりラウがたくさんシてくれたんも」
「全部、わかってたで」
「ほんま、かわえぇな」
「昨日からずっと、おおきにな」
「疲れてたんやろな、すぐ寝落ちてんのやから」
「おやすみ」
「ん……こ、じくん…す、きぃ…んふ…」
「はいはい、俺も好きやで」
広くツヤツヤとした額に口付けを落としてから、体を起こす。
ふっと満足げに微笑むと、男はその場を後にした。
「やっと見れた。昼寝した甲斐あったわ」
06.21 Happy Birthday,Koji.
Thank you,Father.
続
コメント
10件
最高すぎました…ありがとうございます😊
素敵すぎて…泣ける🥹🥹🥹 🧡Happy Birthday🧡
お待ちしてました〜🎵🤍🧡のイチャイチャも💚のあざとさも相変わらずの素敵な家族。ありがと〜🎉