テラーノベル
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過ごしやすい気候に包まれながら、平面駐車場に敷かれた横断歩道をゆっくりと渡っていく。
左に繋いだ小さな掌をしっかりと握り、解けないようにしっかりと繋ぐ。
トコトコと鳴る靴底の音を楽しむように、一歩一歩コンクリートの上を踏み締めていくその姿に愛おしさと温かさが込み上げる。
「楽しみ?」
「うん、ここなに?でかい」
今、僕らの目の前に聳えているは、大きな大きなショッピングモール。
ここは彼にとって、きっと初めて足を踏み入れる場所だろう。
車を降りてからというもの、しょっぴーはずっとソワソワ、キョロキョロと忙しく辺りを見回している。
「ここね、いろんなお店が入ってるんだよ」
「おみせ?」
「美味しい食べ物とかかっこいい洋服とか、おもちゃとか。なんでも売ってるの」
「へー。何か買うの?」
「えっとね、僕が買うっていうより、」
「お二人さん、はよ行くで」
しょっぴーを挟み、横並び三人で歩く僕らの左端には康二くんがいる。
今日ここに来ることになったのは、康二くんのある一言がきっかけだった。
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つい二週間ほど前のこと、申し訳なさそうな顔をした康二くんが僕の部屋に入ってくるなり言ったのだ。
「欲しいものを教えてくれ」と。
なんの話?と思った僕は、浮かんだ言葉の通りに聞き返した。
康二くんは、掻い摘んで訳を話してくれた。
「もうすぐラウの誕生日やんか?」
「うん」
「せやけど、考えてるプレゼント、全部決め手に欠けててん」
「うんうん」
「欲しくないもん渡してまうよりはええか思たから、聞きに来てん」
「なるほどぉ〜!」
「で、どや。なんか欲しいもんないか?」
「うーん、、そうだなぁ…」
「なんでもええで!ドーン!と言ってや!」
「一個だけあるよ!」
「お!なんや!教えてや!」
「康二くん、僕の誕生日にデートしない?」
「え?ええけど、どこ行くん…?っちゅーか、欲しいもんは?」
「ショッピングモール。僕の欲しいもの、そこにあるの」
「ほうか!わかった!行こ!」
…という経緯があって、今日はお買い物デートに来ている。
しょっぴーも一緒に来てもらっているのにも、しっかりと理由がある。
彼も誘おうと提案したのは、僕だった。
まだ少し先の話ではあるが、もうすぐやって来るしょっぴーのお誕生日に、とびっきりのプレゼントを用意したいと、少し前から大人たちだけで話していたのだ。
しかし、肝心のこの子の興味や好みに皆目検討もつかなかった。
どんなものを「詳しく知りたい」と思うのか、どんなことに「好き」と感じるのか。
屋敷の中にあるものに惹かれている様子も、今のところは見受けられずで困っていた。
それなら、外に出てたくさんのものを見てもらおうという、我ながらいいアイデアが浮かんだのは、つい昨日のことだった。
余談ではあるが、朝、僕たち三人で玄関に降り立ち、しょっぴーが佐久間くん、阿部ちゃん、めめに坊を託した時のことを思い出すと、少し申し訳なかった。
「行ってきまーす!」
「気をつけてねーん」
「康二、翔太のことよろしく」
「任しとき、ちゃんとリサーチしてくんで」
「目黒、涼太守っててね。俺、康二とラウール守ってくるから」
「うん、わかった。楽しんできてね」
「涼太」
「ぅゆ」
「俺、じゅーしゃしゃんしてくる。涼太は目黒のとこにいて」
「しゃしゃ?」
「うん。絶対帰ってくるからな」
「坊、おいで」
「めぇめぅ、んちゃ」
「涼太、じゃあな」
「ちょた、、?ぁ…ふぇ…っ、んん”ぅ”…ッ!ッふぎゃぁああ”ぁぁ”ぁああああ!!」
「ぁわわわわッ!!?ぼっ!ぼんッ!!佐久間さんが遊んだげるぞッ!」
「びゃ”ぁあ”あぁッ!ゃぁ”あ”あッ”!」
「坊、めめとお部屋で遊びましょうね」
「ちょだああ”!ち”ょぉ”だぁぁぁああ”!!」
「ぅっ…翔太がいいんだね…ぐすっ…くぅっ…尊い…」
「阿部ちゃん感動してる場合じゃないって!康二!ラウっ!俺たちのことはいいからッ!いけッ!!」
「ありがとう!坊のことよろしくね!行ってきます…っ!」
:
:
:
「佐久間くんたち、大丈夫かなぁ…」
「相当手焼いとるやろけど、今は気にしててもしゃあなしや。なるべく早めに帰んで」
「そうだね。でもあんなに大泣きしてるの、久々に見たね」
「そんだけこん子が、ずっと頑張ってくれてたってことやろ」
「そうだね。ありがとね、しょっぴー」
「うん。二人のこと、俺が守ってやる」
彼には、「僕たちお出かけに行きたいんだけど、悪い人が現れるかもしれないから守ってほしい」と頼んでいる。
もちろん、悪い人が現れることなど無い。
それに僕らは喧嘩こそできないが、だとしても、何かあったときにはしょっぴーを守る腹積りしかない。
しょっぴーを外に連れ出す口実が、それくらいしか思い付かなかったのだ。
だから彼は今、僕たちを悪者から守ろうと燃えてくれている。
なんとも頼もしくて、可愛らしい。
拙い言葉に自然と口角は緩んだ。
お昼前に到着したこともあり、まずは第一の目的であった僕の欲しいものを買いに行くことにした。
三階建ての商業施設の二階、とある一角にブースを構えるアクセサリーショップに入り、少し前に立ち寄った時に気になっていた商品を指差す。
「これ、ずっと気になってたんだ」
「ほぉ、どれどれ」
人差し指の先には、一つの指輪がある。
デザインがさりげなくて、色も輪の太さも、全て僕好みのものだった。
少し気になることがあって、その時は自分用に買わなかったが、ずっと心には残っていた。
そういうものは、手放したらいけない。
そんな気がする。
「ほぉ、ええね。ラウによぉ似合いそうや」
「えへへ、嬉しい」
「ええ指輪やね。俺もこんなん好きやわ」
「康二くんも好きそうだなーって、僕も思ったよ」
「なんでそん時買わなかったん?」
「んー、ゆっくり自分と相談して決めたかったの」
「ほんま、しっかりした子やで」
「へへ、僕のおばあちゃんのおかげ。しょっぴーはどう?こういうアクセサリー、好き?」
「? わかんない。でも、キラキラしてる」
「そうだね!つけてみる?」
「俺のじゃないのに、つけていいの?」
「買う前に使ってもいいものもあるんだよ。手貸して?」
「ん」
差し出された小さな手に、一番細いサイズの指輪を嵌めてみる。
華奢な指には、その銀色の輪はまだまだ大きかった。
──欲しいものは、自分の身の丈に合った時に、自ずと向こうからやってくる。
いつかにおばあちゃんが言っていた言葉が、不意に思い出される。
「これすぐ取れちゃう。俺つけれない」
「そうだね、まだ大きかったね。もっと大きくなったら、また嵌めに来よっか」
「光ってる」
「こういうの、欲しいって感じする?」
「わかんない。でも指がかっこよくなる。武器みたい」
「きゃはは!そっか」
「でも」
「ん?」
「今は欲しくない。だって、こんなにちっちゃいの、涼太が食っちゃう。危ない」
「そっか、うん、そうだね」
「優しい子やなぁ…。一個しかないみたいやし、なくなってまう前に早よ買うてくるわ。他に欲しいもんないんか?」
「うん、他にはないよ」
「ほんま物欲ないなぁ。そんな高いもんでもないし、ホンマにこんだけでええの…?なんや物足りひんのやけど…」
「うん!康二くんにはいつもたくさんもらってるし、今日は康二くんのご馳走たくさん食べられるし、十分だよ」
「ほうか。ほんならちょぉ待ってて」
「はーい!しょっぴー、もうちょっと見てよっか」
「うん」
しょっぴーは、アクセサリーには少し興味がありそうだった。
指輪の他にも、ブレスレットやイヤリングなど、特にダイヤを模したキラキラしているパーツが付いているものには、目を輝かせていた。
ただ、「これはどう?」と聞いてみると「涼太に当たったら危ない」「涼太が飲んじゃったらお腹痛くなっちゃう」と、坊のことばかり気にかけてくれていた。
涙が出そうになりつつも、アクセサリー案はボツだな、という結論に至った。
康二くんのお会計が終わったところで、お昼時になった。
三階に上がり、フードコートの中に入っていたハンバーガー屋さんの最後尾に並んだ。
「これどんな食い物?」
「ハンバーガーだよ。パンにハンバーグを挟んで食べるの」
「ハンバーグって、パンでも食べれるの?いつも米で食べてる」
「しょっぴーが気に入ってくれたら、家でもやってみよか」
三人分のハンバーガーとポテト、ジュースが乗ったトレーを抱えて、適当な席に座る。
「ほんなら、食うか」
「「「いただきまーす」」」
「しょっぴー、紙外してあげるね」
「うん。…わ、パンとハンバーグ出てきた」
「…紙折り畳んで…はい、どうぞ。持てる?」
「うん。ぁー…はむ…むぐ……ん…!ぅまい」
「ほんと?!よかったぁ!」
「よっしゃ!いつか昼飯に作ったるわ!」
「ポテトも食べてね!」
「ぽてと?」
「お芋を細く切って、揚げるとこうなるんだよ」
「ぁむ。むぐ、もぐ…。…!ほくほくしてる。うまい」
「案外ジャンクフード好きなんかもしらんな!」
「これは一回食べちゃったら、もう抜け出せないよねぇ」
「悪魔の味やからなぁ」
「…口の中しょっぱい。喉乾いた」
「はい、オレンジジュースどうぞ」
「麦茶じゃないの?」
「たまにはええやん。飲んでみ?」
「くぴ…こきゅ……、わ、、みかんの味する」
「ふははっ、せやな。どや、うまいか?」
「うん、うまい」
「今日はしょっぴーのハンバーガー記念日だね」
あっという間に中身の無くなってしまった包み紙をくしゃくしゃに丸めて、大きなゴミ箱の中に紙ごみとプラスティックゴミとを、それぞれに分けて捨てた。
食休みがてら、施設の端から端までを見て回っていく。
三階には大きなゲームセンターがあって、他には服屋がたくさん並んでいた。
「しょっぴー!ぬいぐるみだよ!」
「でかいね。どこに置くの?」
「このTシャツしょっぴーにすごく似合ってるよ!」
「佐久間がこの前買ってくれたのある」
──違うかぁ…。
二階にも服屋が多く、他にも雑貨屋やおもちゃ屋もあった。
「服やのうても、この靴とか、帽子もあんで!」
「靴、今履いてるやつが好き。ぼーしあつい、取りたい」
「マジックペンいっぱい入ってるやつあるよ!しょっぴー絵描くの好きでしょ?」
「絵かくの楽しいけど、涼太と使ってるやつまだある」
「しょっぴー!このおもちゃどや!ネジ回すとサルが動く」
『ゥキャキャキャキャ!!』
「……こわい」
──これも違うかぁ…。
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:
──やばい。やばいよ…。
三階と二階は全滅だった。
きっと、しょっぴーはもう疲れている。
少しずつ足取りがゆっくりに、そして歩幅が小さくなってきているのがその何よりもの証拠だ。
これ以上はもう連れ回せない。
「しょっぴー、疲れた?まだ歩ける?」
「うん、、あるく、」
「堪忍やで…まさかここまで見つからんとは…」
「切ないね…このくらいの歳の子なら、興味あるものばっかりのはずなのに…」
「言うてても始まらんやろ。それを見つけさしてあげるんが、俺らにできることや」
「そうだね…」
最後の頼みである一階に、何かこの子の目を惹くものがどうかあってくれと願いながら、三人で手を繋いで歩く。
左右に隙間なく並ぶ店構えに目ぼしいものはないかとを交互に首を振って見回していると、突然しょっぴーの足がぴたりと止まった。
「ん?どうしたの?足疲れちゃった?」
「しょっぴー?おぶさるか?ほれ、おいで」
「…」
「しょっぴー?」
「あれ」
「ん?」
しょっぴーはどこかを指差して、僕達に何かを伝えようとしていた。
指し示されたその先には、何かのボトルを模した広告がチョコンと立っていた。
「あれ、この前照がくれたやつに似てる」
「岩本くんが?」
「うん。照がりょこー帰ってきたときに、くれたの」
「…化粧水を…?」
「「なんか買っちゃったから、興味あったら使ってみて」って言われた。あれ、いい匂いする」
その広告は、売れ筋の化粧水を模ったものだった。
岩本くんが、どうしてそのお土産をしょっぴーに選んだのかはよく分からない。
あくまでも想像だが、おそらく彼ではなくて一緒に行っていたもう一人が片っ端からカゴに入れて、買ったことすら覚えていないまま持って帰ってきたものだろうと思う。
僕がもらったお土産もそうだったからだ。
「俺買った記憶ないんだけど、多分あいつが選んだやつ。気に入るといいんだけど…」
そう言われ、岩本くんから渋い切子のグラスをもらった。
「ありがとう!」と伝えて受け取ったが、現在そのグラスは僕の部屋で小物入れに生まれ変わって生活している。
まだ必要になる歳じゃなくない…?とも思ったが、今日一日を通して、しょっぴーが自分から興味を示したのはこれだけだったので、一縷の望みが見えたような気がした。
「使ってみたい?」
「何に使うかわかんないから、たまに匂いかいでる。どうやって使うの?」
「顔にペタペタって塗るんだよ」
「なんで?」
「肌がスベスベになるの。もちもちのツヤツヤにしてくれるんだよ」
「へー」
「岩本くんからもらったやつ、今日の夜使ってみよっか」
「ラウ、ちょい待ち」
「ん?」
「子供ん肌やから、合うか分からん」
「あ、確かに…」
「なぁ、しょっぴー」
「?」
「今日、一個だけお土産買ってこか」
「おみあげ?」
「せや。しょっぴーの顔にも塗れるやつ一個買お。ほんで気に入ったらまた買ったる」
「俺が使っていいの?」
「そうだよ!しょっぴーのためだけに使ってね」
「涼太は使っちゃだめ?涼太にぬったら、もっともちもちになる」
「ほやね、坊にはまだ早いやろうけど、あってもええかもしらんなぁ」
「涼太と使いたい」
「赤ちゃん用のって、少し大きくなっても、多分まだ使えるよね?それにする?」
「ほやね。ほんならあそこに売ってるやろから、もうちょっと歩こか」
ベビー用品を多く取り扱う専門店に入り、全身に使えるクリームを買った。
プッシュポンプ式なので、一人でも簡単に扱えるだろう。
小ぶりなボトルが入ったビニール袋を細い腕に通してぶら下げると、しょっぴーはまた僕達と手を繋ぎ直してくれた。
チラッと覗き見たその顔は、心なしか嬉しそうに綻んでいるように見えた。
康二くんが運転してくれる車に揺られ、一時間ほどで屋敷に帰ってきた。
康二くんはすぐに台所に向かってしまったので、僕達は脱衣所で手を洗ってから坊の部屋へ戻った。
その奥の奥、この家で一番大きな部屋を目指して歩いていくごとに、どこからかずっと聞こえ続けていた世紀末のような大絶叫が、だんだんと大きくなっていく。
すると、突然しょっぴーが駆け出した。
「ちょと!しょっぴー!どうしたの!」
「涼太が泣いてる。ラウール、早く」
:
:
「んぎゃぁああぁ”ああ”!」
「…坊〜…ご機嫌直してよぉ…」
「坊、お絵かきしましょう?はい、クレヨン持って…」
「ぅ”う”ん”んんん”ゃぁ”ああ”!」
「声が枯れちゃってる…坊、抱っこする?おいで?」
「や”ッ”!!びゃぁ”ああぁ”あ”あぁ”!!!」
「もう一生立ち直れない」
「あべちゃぁああああぁぁッ!!!」
「涼太、帰ってきたぞ」
「んぎゃぁ”ぁッ!…ぁぅ…?…ぅゅ、ちょた…っ」
「涼太、おいで」
「ちょた…っ、ちょたぁっ…!」
「おみあげ康二が買ってくれたぞ、あとでもちもちするぞ」
「ぐじゅ、ひゃくっ、ぁきゃ!もゅ、んきゃきゃっ!」
「翔太すげぇ…」
「しょっぴーじゃなきゃだめな理由があるのかもね」
「みんなただいまー!一日ありがと!」
「ラウおかえりー!楽しめた?」
「おかえり。意外と早かったね」
「もう康二くんがご飯作る時間だから」
坊の部屋に入り、案の定げっそりしている佐久間くんと、案外そうでもなかっためめに声をかけた。
ちびちゃんたちは、泣きすぎてあまりにも坊の顔がぐちゃぐちゃだったために、半ば感動の再会じみてしまっている抱擁を、柔らかく交わしていた。
「そういえば、阿部ちゃんは?」と後方を振り返ると、部屋の隅でうつ伏せになってカタカタと震えている薄い体があった。
辛うじて聞こえてきた「…ジャ…スティ…ス…」の声のあと、阿部ちゃんはバタリと力を抜いて動かなくなり、畳の上に、涙の水たまりを作っていた。
坊の丸いほっぺたに染みる涙を拭いて、ぷにぷにのストローが付いたコップで麦茶を飲んでもらっているうちに、夜ご飯の時間になった。
「「「ラウール!誕生日おめでとー!」」」
「きゃははっ!みんなありがとう!」
大好きな唐揚げも、いくらのお寿司も、甘いケーキも、全部が僕のためにあって、毎年のことではあるけれど、いつもいつも心の底から幸せを感じる。
康二くんのご飯はなんだって美味しくて大好きだけれど、今日は僕の大好物ばっかりがテーブルに入りきらないほどに乗る。この日は、より一層康二くんが僕を大切にしてくれている、愛してくれていると感じる。
嬉しくて楽しくて、賑やかで、満たされている感覚がずっと止まらない。
寂しさを感じる暇なんてない毎日が訪れるなんて、中学生の頃の僕は想像もしていなかっただろう。
「ラウールくん、お誕生日おめでとう」
「組長!ありがとうございます!」
「ふふ、これ僕から」
「わーん!嬉しい!開けていいですか?」
「うん、もちろん。気に入ってくれたら嬉しいな」
「なんだろう…?…ぇっ……」
小箱の中には、音楽プレーヤーが入っていた。
いつかに見たものよりもずっとずっと新しい、最新型だった。
恥ずかしそうに頬を掻きながら「若い子は音楽を聴くのが好きって、勝手なイメージがあってね…」と微笑む組長に何を伝えたいかなんて、心の中にある言葉も気持ちも溢れすぎていてまとめられなかった。
気づいた時には組長に抱き着いてしまっていた。
「組長…っ、、ありがとう…っ…」
「ふふ、喜んでもらえてよかった」
──僕、きっと、ちゃんと大人になれてる。
──毎日少しずつ、時間をかけて、一歩ずつ。
あの頃、僕はあいつのことを喉から手が出るほど欲しいとは思っていなかった。
あれを持っている大人に憧れを抱いていたのは確かだったが、それだけだった。
“そういうものは、自分の身の丈に合った時に、自ずと向こうからやってくるものさ”
僕の心の中にずっと残っている大切な言葉。
おばあちゃんが教えてくれた、立派な大人になっていると実感できる一つの指標。
──あの日の僕よりは大きくなれてる、ってことだよね。きっと。
「僕、もっともっと大人になって、これからもずっとみんなの役に立てるように頑張るね。組長、いつもありがとう」
「十分立派だよ。会うたびに大きくなってかっこよくなって、僕はいつもびっくりしてるよ。こちらこそ、いつもありがとう」
「えへへ、でもそれって、身長のことだったりする…?」
「ううん。体も、ここも、ね」
「っあぁーーーッ!ラウずるいぞ!!」
「せやで!親父!俺も!俺もハグさして!」
「「「俺もーっ!!」」」
組長が僕の心臓辺りを指差した直後、みんなが突然大きな声を上げた。
「ふふっ、みんなおいで」
「「「わーーっ!」」」
「翔太くんも、涼太もおいで?」
「うん」
「んぱ」
十人でぎゅうぎゅうに抱き締め合えば、苦しいくらいに幸せだった。
「ふっかさんがくれたヘアクリップ、お仕事の時に使うね」
「おう、壊れたらまた買ってやる」
「岩本くんが予約してくれたホテルのスイーツバイキング、また感想伝えに行くね」
「うん、楽しんできて。すごく美味しいから」
「阿部ちゃん、いつも高級な文房具ありがとう。もっと働けってこと?」
「これからも一緒に頑張ろうねってこと」
「めめのアクセサリーケース、すごくおしゃれ!大事に使わせてもらうね」
「うん。しまえる所足りなくなったらまたプレゼントするよ」
「佐久間くん、毎年漫画くれるのは嬉しんだけどさ、そろそろ本棚に入りきらなくなりそうだよ」
「そしたら来年は本棚買ったげる!」
「ラウール、これあげる。さっき描いた」
「わぁ!しょっぴーありがとう!これ、僕と康二くんとしょっぴー?」
「うん、今日歩いたのかいた。空は、涼太が描いたんだよ」
「ぅー!みゃ!」
「やっぱり画伯だね、このセンス大好き!きゃははっ!」
一人一人にお礼と伝えたいことを伝えれば、どうしてかみんなは、いつも通り僕を可愛がってくれて。
僕は、間違いなく世界一の幸せ者だ。
「きゃははっ!みんな苦しいよーっ!」
パーティーが終わった後は、ちびちゃんたちとお風呂に入って、三人でまた坊の部屋に戻った。
今日買ったクリームを、しょっぴーは早速使ってくれて、坊のほっぺたにも優しく塗ってくれていた。
「もちもちだぞ、涼太」
「もぃもぃ、ぁぅぁぅ〜」
「きゃはは!可愛い〜!二人ともそろそろ寝よっか」
「うん」
二人の布団を敷いて、夏用の掛け布団をどちらにもお腹までかけてあげる。
寝転がりながら『さるかに合戦』を読み聞かせていたが、二ページ目を読み終わったくらいで早々と穏やかな寝息が聞こえてきた。
「二人とも、きっと今日は疲れたよねぇ…」
大人の都合で彼らを振り回してしまった。
「ごめんね…。おやすみ」
申し訳なささを手のひらに込めて、二人の額をそれぞれひと撫でしてから照明を常夜灯に切り替え、その場をそーっと後にした。
今日という最高な一日を終わりにする前に、僕にはあと一つやらなければならないことがある。
目的を果たすため、一直線に目当ての場所まで歩みを進めていった。
:
:
:
「康二くん、準備できた?」
「大体はな。その前に、ラウ、誕生日おめでとうな」
「ありがとう」
「中身は知ってるやろうけど、これ、欲しい言うてた指輪や」
「ふふ、嬉しい」
「せっかくやし、はめたろか?」
「えーっ!ありがと!右手の薬指にお願いしますっ!」
「へいへい。…お、ピッタリでよかったわ」
「ふふ、ずっと大切にするね」
「おおきにな、そう言うてくれて俺も嬉しいわ」
「ねぇ康二くん」
「ん?」
「僕からも渡したいものがあるの」
「ぉ?なんや?」
「これ。開けてみて?」
「おおきに!なんやろ………はぇ…?」
「ふふふっ、びっくりした?」
康二くんは、僕が手渡したものを開けると、固まってしまった。
何度もその中身と僕の顔とを交互に見続けている。
「これ…なんで…やって、一個しかなかったやん…」
「ふふ、だからこの間見た時、“僕の”は買わなかったんだよ」
贈ったものは、今日康二くんが僕に買ってくれたのと同じ指輪。
僕からも、これを康二くんに渡そうと決めていた。
康二くんの誕生日プレゼントを買いに行こうと、一人でショッピングモールに出かけた日のことだ。
たまたま見つけたそれは、康二くんも好きそうなデザインだった。
これをプレゼントしようかとも考えたが、せっかくならお揃いで付けたいという欲求に駆られた。
一度思い付いてしまえば、たちまちそれ以外のことは考えられなくなって、目を付けていたものがもう一つあるかを探し始めた。
…がしかし、どこにも二つ目は見当たらなくて、店員さんに在庫があるかを尋ねた。
その店員さんは、意外な答えを僕にくれた。
「うちの商品は全部一点出しなんです…。一つ売れたらまた入荷して、って流れでやってるので、お取り寄せしていただくか、本日お買い上げいただいて次の入荷をお待ちいだけたら…」
三週間後くらいには再入荷されていると教えてもらい、ここでまた更に閃いた。
今僕が康二くんに買って、入ってきたら一緒に買いに行こうと。
申し訳ないことに、あまり欲しいものがないのだ。
一ヶ月以上も前から、時折斜め上を向いて「どないしよ、なんも思い付かん…」と唸る康二くんが、何に悩んでいるのかはなんとなく察していた。
それなら、こっちから欲しいものを指定してしまって、渡してくれた時に僕も贈ろうと決めた。
だから、その時には“僕の”指輪は買わなかったのだ。
僕が買ったのは、康二くんにあげたかったものだったから。
康二くんの右手を取って、その薬指に輪を通す。
もう片方の手も掬って両手を繋ぎ合わせ、キラキラと輝くその目をまっすぐに見つめる。
「ちゃんとしたやつもまた今度渡しに行くから、それまではここ、僕のために空けててね…?」
そう伝えて、まだまっさらな方の薬指に口付けた。
「ラウ以外のために空けといたことも、空けとく予定もずっとないわ…っ、」
恥ずかしそうに早口で返してくれた言葉に嬉しくなって、その体を思い切り抱き締めた。
「だぁいすき、ふふっ、うれし…、ぁ、そろそろ行こ?」
「みんな部屋戻ったか?」
「まだ居間に何人かいたけど、この際だし、もう言っちゃってよくない?」
「せやね。もうバレてもうてるし、大人だけならええか」
「じゃあ一言声かけてくるね、玄関で待ってて…?」
「ん…」
居間へ立ち寄り、そこにいたふっかさんと佐久間くんに断ってから、急ぎ足で玄関まで向かった。
「今から康二くんとイチャイチャしに出かけてくるね!深夜に物音しても僕たちだから気にしないでいいからね!っていうか、なんか聞こえても絶対部屋から出てこないでね!」
「わーったわーった、とっとと行ってこい」
「俺ご飯作れるようになったから、目一杯楽しんでこーい!思いっきり寝坊させていいぞーっ!にゃはは〜っ!」
という声を背中で受けながら、足取り軽くツヤツヤの床の上を歩いていった。
「康二くんお待たせ、いこ!」
「しょっぴーと坊はもう寝たんか?」
「うん!ぐっすり!それに、僕たちが帰ってきた後も、きっと起きちゃったりはしないと思うよ」
「ん?なんでわかるん?」
「…ふふ、根回ししたから、かな?」
「なんやそれ?」
ごめんね、しょっぴー、坊。
今日はたくさん疲れさせちゃったよね。
でも、今日だけは、僕に康二くんを独り占めさせて?
ここからは、僕と康二くんだけの時間が始まるから。
僕の誕生日は、まだまだ終わらせない。
06.27 Happy Birthday,Raul.
続
コメント
7件

しょっぴーのものはイマイチ見つからなさそうだね 🤍🧡イチャイチャ🥰が良い事です。 あべちゃんはたまに壊れているね😄

はぁ🤍よかった☺️ アイディアたっぷりの🤍の良さを 満喫させていただきました🫶
いつもありがとうございます😊 ほっこりしたあ。化粧水に興味持つ💙が可愛い。離れられないゆり組可愛い。🤍🧡もいいですね🫶