テラーノベル
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私とクラリスさんは業務的な話を終えると、続けて雑談をしていた。
「……それにしても、お屋敷を持つと色々とあるものだね」
「はい、規模が大きいほどやることが増えます。
アイナ様は、今までどちらにいらっしゃったんですか?」
「今まで?
クレントスから王都に来たんだけど、ほとんどは宿屋暮らしだったかな?」
「そうでしたか、なかなか気が休まらなさそうですね。
それではアイナ様が十分にくつろげますよう、私共も気を引き締めて参ります」
「うん、ありがとう。
ところでクラリスさんは、以前はどんなお屋敷にいたの?」
「あ……、ピエール様から伺っておりませんか?」
「特には?」
一瞬、クラリスさんからためらいの空気が感じられた。
もしかして、聞いたらまずいことだったかな?
「……名前は出せないのですが、ある貴族のお屋敷におりました。
事情によりお暇を頂いたあとに、ピエール様からこのお屋敷の打診がありまして……」
「おお、タイミングが良かったのかな」
「そうですね……。そう、思います」
うん? 何だか言い方が少し引っ掛かるけど――
「心配ごとがあったら、何でも言ってね? できるだけのことはするから」
「は、はい! そのお心遣いだけで十分嬉しいです!
それではそろそろ、私は別の業務に戻ってもよろしいでしょうか」
「ああ、ごめんね。時間を取ってしまって。
あ、そうだ。ついでに他のメイドさんとも少しお話したいんだけど……誰か呼んでもらえる?」
「分かりました。最終的には、全員を呼ぶということでよろしいですか?」
「できればお願いー」
「かしこまりました。
それでは順番に来るように伝えますので、アイナ様はこちらでお待ちください」
「うん、よろしくね」
クラリスさんはお辞儀をしてから、書斎を出ていった。
私はひとり書斎に残されて、宙を見てつぶやく。それにしても――
「……ほぼ初対面の人にタメぐちって、疲れるわ……」
基本的に、敬語で話す人間のつらいところである。
どうも距離感が掴めないというか……最初からタメぐちでいける人って、やっぱり尊敬しちゃうなぁ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
しばらくすると、ドアをノックする音が聞こえた。
「はい、どうぞー」
ソファーに座りながら返事をすると、2人目のメイドさんが登場した。
「失礼します。クラリスさんから呼ばれて参りました。
それと、お茶をお持ちいたしました」
「わぁ、ありがとう。
えっと、あなたのお名前は――」
「わぁあっ! 失礼しました、私はマーガレットと申します!」
「ああいや、そんなに慌てることでも……」
ガチャンッ
「あっ!」
ほら、お茶をこぼした。
「気にしないでいいよー」
私はそう言いながら、アイテムボックスから|布巾《ふきん》を出してテーブルを拭く。
「あああ、アイナ様! そんな仕事は私がッ!!」
「え? でも、これくらいなら大丈夫ー」
マーガレットさんがあわあわしている中、何事もなくテーブルを拭き終わる。
「も、申し訳ございません! すぐにお茶の替えを――」
「それは次のメイドさんで良いから、今はマーガレットさんとお話をしたいかな?」
「あ、そうでしたか! 申し訳ございません!」
いや、だから何ですぐ謝るの……。
マーガレットさんは赤茶色の髪の毛で、少し長めのボブ。
書斎に入ってきて以来あわててばかりいるけど、ぱっと見では普通に明るい女の子、という感じだ。
「改めまして、アイナです。これからよろしくね」
「は、はい! お噂はかねがね……!」
「え、噂……?」
「は、はい! とてもご高名な錬金術師でいらっしゃって、遠い村では数百の命を救ってきたとか。
また、王族の方々とも懇意にされていて、国王陛下よりこのお屋敷を賜ったという――」
……合っているような、合っていないような……。
何となく、ピエールさんがおおげさに吹き込んだ話にも聞こえるけど……。
「そんなに大したものじゃないから、緊張しないで良いよ」
「大したものじゃないだなんて……。私と同世代なのに、こんなにも凄いのに――」
それはそうなんだけど、大体はもらいものの力のおかげだから、あんまり偉そうにできないんだよね……。
私からすれば、同世代なのに朝から晩まで働いているメイドさんたちの方が、よっぽど立派に見えてしまう。
「とりあえず、今回は軽くお話をしたかっただけなの。
そうそう。ここで働くにあたって、何か要望があったら気軽に言ってね」
「は、はい! えーっと……えーっと……。
あ、そうだ! 石鹸をください!!」
「……え?」
せ、石鹸……?
「あああああ、すいません、私ったら! あの、アイナ様が美容の商品を作っているってピエール様から伺いまして――
あ、その、混乱しているだけなので、特に大丈夫です、はい!」
……マーガレットさんは、テンパりやすい……っと。
でもピエールさんがメイドとして推挙するくらいだから、仕事はできるんだよね? 接客よりも裏方が得意なのかな。
まぁ、それはそれとして――
「えぇっと、それじゃ石鹸、ね。
あとは乳液と、ヘアオイルも付けておくね」
私はマーガレットさんの要望にプラスアルファをして、いろいろとテーブルに置いていった。
「えぇっ!?」
「あ、要らない?」
「い、要ります! 要りますとも! わーい!」
……うん。接客はダメそうだな、これは。
感情をまっすぐに出してくれるのは、それはそれで気持ちが良いけど。
「でもマーガレットさんだけにあげるのもアレだから、他のメイドさんたちの分と、お屋敷で使う分は別で用意しておくね」
「おお、神よ……。もとい、アイナ様よ……」
ああもう、こういうお茶目な人は好きだなぁ。
「ところでマーガレットさんって、接客は得意?」
そう聞いた瞬間、マーガレットさんはびくっと身体を震わせた。
「あの……、八百屋さんとは懇意にしております……。あとはお肉屋さんと、道具屋さんも……」
「それ、接客される側……だよ」
「ぐふぅ。アイナ様、ツッコミも完璧でございますね……!」
「いや、これくらいで完璧を認定されても……」
世の中には、もっと難解なボケが存在するのだ。
これしきで完璧とは……いやいや、そういう話じゃなくて。
「お察しの通り、私は普通の人からの受けは悪くないのですが、貴族様からの受けが壊滅的でして……。
あ、でもそれ以外の仕事はお任せください! 接客以外は万能タイプです!」
「うん……。
貴族の出入りは今のところ予定は無いけど、でも今後はどうなるか分からないから――」
「はい! それまでに特訓しておきます!」
「よろしくね。それじゃ、次のメイドさんを呼んでくれるかな?」
「え、もうですか!? 私、何か|粗相《そそう》をしましたか!?」
「いやいや、そうじゃなくて。
今日は簡単に自己紹介だけの予定だから、みんなこれくらいの時間で考えてるよ」
「安心しました!
それでは次の者を呼んで参ります。あと、替えのお茶を持たせますので!」
そう言うと、マーガレットさんはお辞儀をしてから書斎を出ていった。
……ふむ。
昨日の初対面のときは完全無欠のメイド軍団に見えたけど、実際のところはそうでもなさそうだね?
個人的には、とっつきやすそうで良いんだけど。
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