テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
その音が鳴った瞬間、体がびくっと跳ねた。
ポケットの中で、スマホが短く震える。
ただそれだけなのに、心臓が一段高いところまで持ち上げられた気がした。
――また、だ。
昼休みの教室はうるさい。
机を叩く音、笑い声、誰かが椅子を引く音。
その全部の中で、スマホの通知音だけが、やけに大きく聞こえた。
私はゆっくり、周りを見回す。
誰も私を見ていない。たぶん。
それでも、背中が冷たい。
画面を見なくても分かる。
この時間、このタイミングで連絡してくる人は、一人しかいない。
「……見ないと、また怒る」
小さくつぶやいて、私はスマホを取り出した。
――件名もない、短いメッセージ。
《今、誰といるの?》
それだけ。
質問なのに、問いかけの形をしていない。
答えを知っている前提で、確認しているみたいな文。
私は、机の上に広げたノートに目を落とす。
ノートには、昨日の授業の途中で止まったままの文字。
友達――と呼んでいいのか、もう分からない子。
別のクラスの、あの子。
最初は、こんなじゃなかった。
去年、クラス替えをしてすぐ、同じ委員会になって。
話しやすくて、よく笑ってくれて。
「七瀬ちゃんといると落ち着く」って言われたとき、少しだけ嬉しかった。
その「少し」が、間違いだったのかもしれない。
《今は、クラスの子と話してたよ》
送信ボタンを押すまでに、十秒以上かかった。
言葉を選んでいるというより、怒らせない文章を探していた。
すぐに、既読がつく。
《誰?》
胸がきゅっと縮む。
正直に書けば、また長くなる。
適当にごまかせば、あとで責められる。
私は、嘘と本当の間にある、いちばん安全そうな言葉を探した。
《近くの席の子だよ》
また、既読。
少しの間。
その「間」が、いちばん怖い。
次のメッセージが来るまで、私は呼吸の仕方を忘れたみたいに、息が浅くなる。
《その子とあんまり仲良くしないでねー!!七瀬には私が居るんだから》
やっぱり。
私はスマホを伏せて、机に額を近づけた。
誰にも見えないように、小さく息を吐く。
どうして、こんなことになったんだろう。
学校では、あの子は私に話しかけてこない。
目が合っても、気づかないふりをする。
周りの子と一緒に、私を通り過ぎていく。
それなのに。
放課後。夜。休日。
スマホの中では、私の世界の真ん中にいるみたいに、連絡してくる。
《今日、誰と遊んだ?》
《男の子と話してなかった?》
《仲いい子いるとか、やめて》
__仲いい子なんて、別にいない。
でも、「いないよー」って言うたびに、なぜか罪悪感が増えていく。
私が悪いのかな。
私が、優しすぎたのかな。
ふと、視線を感じて顔を上げる。
教室のドアの向こう。
廊下を歩く生徒の中に、一瞬だけ、知っている横顔が見えた気がした。
心臓が、どくんと鳴る。
見間違い。
そう思いたいのに、体が固まって動かない。
スマホが、また震える。
《ねえ、聞いてる?なにしてるの?》
私は、指が冷たくなっているのに気づいた。
逃げたい。
でも、どうやって?
この関係に、名前をつけられない。
友達、ではないのかな?
いじめ、それっぽいことされてないし。
依存、心配してくれてるだけだもん。
どれも、少しずつ違う。
ただ一つ確かなのは――
この子_美咲の通知音だけ、私の心を支配しているということ。
私は、震える指で画面を見つめながら、
また、返事を打ち始めてしまっていた。