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相沢 美咲(あいざわ みさき)と仲良くなったのは、去年の春だった。
中学一年の、入学してすぐ。
同じ委員会で、たまたま席が近くになった。
「え、七瀬(ななせ)って天然って言われない?」
いきなりそんなことを聞かれて、私は一瞬、言葉に詰まった。
天然_それは私がよく言われる言葉。そのころあまり意味は理解していなかった。
「……言われる、かも」
「やっぱり! 私もなんだよね」
美咲はそう言って、くしゃっと笑った。
天然系。
その言葉で、私たちはすぐにくくられた。
忘れ物が多いとか、話のテンポが少しずれているとか。
周りから見れば、似たタイプ。
だからこそ、安心できたのかもしれない。
去年の一年間は、平和だった。
放課後に一緒に帰って、そのまま遊んだり、
委員会の愚痴を言い合ったり、
どうでもいいスタンプを送り合ったり。
特別なことは、何もなかった。
その中で、ひとつだけ、私が言えなかったことがある。
美咲の彼氏――桐谷 悠真(きりたに ゆうま)。
同じ学年で、同じ中学で。
私が、ずっと好きだった人。
好きになったのは、美咲と付き合うよりも前。
でも、告白する勇気はなくて、ただ遠くから見ていただけだった。
美咲も悠馬が騒がしくて嫌いだと言っていたし、
ここでわざわざ話すことでもないな、と思っていた。
悠真が美咲に告白したと知ったとき、
胸の奥が、少しだけ痛んだ。
でも、それ以上の感情は、表に出さなかった。
友達だったから。
それに、美咲は悪くない。
私は「何もなかった顔」をして、笑っていた。
――そのまま、一年が過ぎた。
そして、二年になって、クラスが変わった。
私と美咲は、別々のクラスになった。
「でもさ、クラス違っても関係ないよね」
始業式の日、美咲はそう言っていた。
そのときの声は、少しだけ強かった気がする。
「うん、いつでも話せるし」
私はうなずいた。
その返事が、約束みたいになったのかもしれない。
クラスが変わってから、美咲は前より頻繁に連絡してくるようになった。
《今日、誰と話した?》
《新しいクラスどう?》
《友達できた?》
心配してくれているんだと思った。
最初は。
でも、だんだん質問の形が変わっていった。
《ただの話し相手だよね?》
《友達なんて、いないよね?》
《悠真とは話した?》
最後の一文を見たとき、心臓が一瞬、止まった気がした。
《話してないよ》
嘘ではない。
でも、少しだけ、言い訳みたいだった。
学校では、美咲は私にあまり話しかけてこなくなった。
すれ違っても、軽く手を振るだけ。
周りに人がいると、目を合わせない。
そのくせ、スマホの中では違った。
《七瀬はさ、私と似てるんだから》
《一緒だし。目立たなくていいじゃん》
《変に男の子と話すと、誤解されるよ》
冗談みたいな文章。
でも、読み返すほど、胸がざわついた。
ある日、美咲は、ぽつりと言った。
「七瀬ってさ、悠真に話しかけられたら、どうする?」
突然の質問に、うまく答えられなかった。
「どうするって……普通に?」
そう言うと、美咲は少しだけ、眉をひそめた。
「普通、って?なに?」
その目は、笑っていなかった。
「悠真、私の彼氏なんだけど」
責める口調じゃない。
でも、空気が重くなる。
「……分かってるよ」
私はそう答えるしかなかった。
その日から、美咲ははっきり言うようになった。
「悠真には、話しかけないで」
「七瀬は、私の友達でしょ」
「他の子と仲良くしすぎると、変に思われるよ」
私は、何も言えなかった。
天然だね、と笑われる自分。
空気を読めないね、と言われる自分。
そう思われるくらいなら、黙っていた方が楽だった。
このときは、まだ思っていた。
これは、友情だ。
ちょっと重たいだけの。
まさか――
この関係が、私の世界を狭くしていくなんて。
その頃の私は、
「友達を失わないこと」だけを考えていて、
「自分を守ること」を、すっかり忘れていた。