「それは良かったです。今度飲みに誘ってもいいですか?」
「律さんのご友人の方なら光栄です」
強引に連絡先を交換された。本当は嫌だとつっぱねたい。
客でもないのに俺のプライベートを教えたくない。嫌や。
「また連絡しますね」
はあ。憂鬱。
リスがしつこい女でないことを願う。
とりあえず連絡先交換のみで引き下がってくれたので、旦那と打ち合わせを再開した。今度こそ邪魔されずに設計図を広げた。
「いかがでしょうか」
「スゴイの一言です。僕がこんなに立派な家を建てられるなんて、夢見たいです。こうやって図面を見せてもらうと、マイホームが現実になるだなって思うと感慨深いです。めっちゃ嬉しいですね」
旦那は嬉しそうに笑って喜んでいる。それを見て俺も嬉しい気持ちになれた。
良かった。こうやって気持ちに折り合いつけていけばいい。
仲のいい夫婦である二人を、俺みたいなヤツが引き裂いてはいけない。
それから打ち合わせを開始してすぐ、ソファーの方から慌てて手洗いに行く空色の姿が見えた。大丈夫かな――俺は彼女の気配を目で追って胸中で心配したが、目の前の爽やか旦那は空色を心配するようなそぶりを一向に見せなかった。
鈍感なのかそれとも無関心なのかはわからない。ただ、彼のそういう態度は非常に俺を苛立たせた。空色は俺にとって大事な女や。もっと大切にして欲しい。俺ができないぶん、旦那がきちんとやるべきなのに。
ぼやぼやしてたり大事にしなかったら、俺が盗るけどいいのか?
鋭い目線を投げかけてみたが、旦那に全く気付いてもらえなかった。
暫くすると手洗いから戻って来ない空色を心配したリスが動き出した。手洗いに向かったリスはそのまま旦那の方へ慌てて駆け寄ってきた。「りっちゃんが具合悪いみたい。光貴君を呼んでって言われたから」
「すぐ行く!」大丈夫かなと心配そうに呟きながら「新藤さんすみません。様子見てきます」と言って旦那がすぐ席を立った。
口に出さないだけでちゃんと空色を心配して、彼なりに気遣っているんだろう。
まあ、色々なタイプがいるよな。
俺は人の顔色ばかり窺がって生きてきたから、人の様子を見たりする洞察力には長けてる。爽やか旦那は育ってきた環境がおっとりしてるんだと思う。見るからに人が好さそうやし、気がきかないだけ。
RBのドラムの深がそういう男だった。事なかれ主義で、なんでもハイハイ言って、自分の意見はないのかと文句を言ったら、白斗を全面信用してるし、お前が考えて決めたんやったらそれでいいよ、って俺が出した意見や曲に反対も賛成もしなかった。
その代わり、渡した曲はきっちり叩いていた。楽曲にはこだわるタイプではなく、雑食になんでもプレイするような感じだった。
のほほんとしていて、俺が逆立ちしても真似できないような性格の男。
空色の旦那を見ていると深を思い出す。似たようなタイプだ。だから女性の扱いは下手やった。ビジュアルメイクで男前だったからモテたけど、よく隣を歩いている女が変わっていた。
旦那も同じか。
空色が心配だったのでリスと一緒に彼女の様子を見に行った。
旦那が空色に肩を貸しながら、寝室に移動していた。やはり顔色が悪い。連日で具合が悪いそうや。大丈夫かな。
結局空色が退席という形になったので、リスは帰って行った。俺と旦那で引き続き家の打ち合わせをすることになった。
建設時になにか希望は無いか尋ねようと思っていたら、テーブルの上に置いていた彼のスマホが鳴った。
「ちょっとすみません」俺に断って旦那が電話に応答した。「光貴です」
『おー、光貴! 昨日はお疲れさん』
大きく特徴のある声が旦那の携帯のスピーカーから洩れた。昨日お疲れという台詞にあの声。サファイアの山根からの電話だった。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!