「行こっか」
「はい・・・」
北見さんに声をかけられて我に返り気持ちを切り替える。
会社を出て近くの通りでタクシーを拾って美咲の店へと向かう。
「彼・・だよね?」
「え?」
タクシーの中で北見さんがふと呟く。
「前に美咲ちゃんの店で彼氏だって現れたの。早瀬くんでしょ?」
「あ・・あぁ・・・はい・・」
そっか。
そうだった。
あれ以来会ってなかった。
やっぱり覚えてたんだ。
「あの時、オレより大切にする・幸せにするって、随分自信満々に言ってたよね、確か・・・。さっきの彼の態度、そうは見えなかったけど・・・大丈夫?」
少し嫌味っぽく、だけどその分心配してくれてるのがわかる。
「どうして、ですか?」
「あの時と違って随分他人事に感じたから」
「どう、なんですかね。社長代理で忙しくて、もう今は彼にとって私はそこまで重要視する問題じゃないってことなんですかね」
自分でそう言いながら虚しくなる。
きっと樹は今よりもっと遠い人になっていく。
同じ立場だったはずが、今は違う遠い世界の人になったみたいだ。
「オレの意味ありげにカマかけた言葉にも動じなかったしね」
そう。
北見さんは意味ありげにわざとあんな風に言った。
いつもの樹ならきっと何かしら反応してるはずなのに。
私と北見さんの関係知ってるはずなのに。
なのに。
樹はそんなこと気にもせず、ただ社長代理としての言葉を発した。
あの瞬間。
樹は彼氏じゃなかった・・・。
「どうした?前と違って随分弱気なんだな」
「さすがに、彼氏が急に社長代理になっちゃうとか考えもしなかったですから」
そして、こんな風に樹の気持ちがわからなくなるなんて思ってなかった。
今までは冗談半分だったとしても、樹としての気持ちをちゃんと私に見せてくれていたから。
「あの時は、あんなにオレ遠ざけようとしてたくせに、今はオレと二人でメシ行くってなっても、その立場になると何も反応してこないんだとオレも正直驚いた」
仕事以外今は余裕ないのかな・・・。
私が北見さんと二人でいることも、もう樹にとっては何も感じないんだね。
そしてあんなにも自分も避けていたこの人の存在が、今また一緒にいた時の居心地の良さを思い出してしまっている。
それは今、樹が自分の元から離れそうになっている寂しさを感じて、覚えのある優しさに懐かしく感じているということなのだろうか。
せっかく順調だった樹との関係もお互い忙しくて、前みたいな維持も実際出来なくなっている。
「さすがにこの関係の状況だと、私もワガママ言えないんで」
今はただの彼氏ではなく、うちの会社を背負っている。
きっと樹は私の想像出来ないところで一人頑張っている。
「寂しい・・・?」
「いえ・・。北見さんとお別れした時、その辛さは乗り越えましたから。しばらく一人でいた時間に慣れましたから平気です」
「ハハッ・・。痛いとこついてくるね。ってか、そっか。もう北見さん・・か。もう下の名前では呼んでくれないんだ」
「もう今は仕事仲間ですから」
「確かに。二人の時はオレは全然昔みたいに呼んでくれてもいいんだけど」
「・・・いえ。これから北見さんにはいろいろ仕事面で助けてもらわなきゃいけないので」
ここで甘えちゃいけない。
私も樹がいないところでも頑張らないと。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!