テラーノベル
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4日後、男は呼び出した通りに駅に現れた。男につれられるままに色々な店に行った。どれもこれも初めて見るものばかりで、少し楽しいと思ってしまった自分を心の中で殴った。日も落ちかけて薄暗くなったころ、薄い笑みを浮かべてねだったら簡単についてきてくれた。一人のガードマンが部屋の外にいるだけ。ああ、完璧だ。
男の指が顎をすくってそのまま口づけをされる。拒むことなく舌を出した。それに気をよくしたのか、服の隙間から手を添わせ始めた。
早く、終われ、終われ…!
ぱん、と乾いた音が一つだけ聞こえた。次の瞬間には男は足を抱えてその場にうずくまってしまっていた。
「いやぁ、想像以上の出来でしたね。まさかこれほど簡単に乗ってくださるとは。」
コンクリートの柱の陰から、合六と2人の男が現れる。
「…っ合六…!?」
「あなたのフィジカルは厄介なのでね、こんな人数ではあなたを抑えられるわけがなかった。霧矢くん、お手柄ですね。」
「いえ…」
セットしてきた髪をぐしゃぐしゃとかき乱した。もう、こんな媚びた格好はしていなくていい。
「あなたには色々と聞きたいことが山積みなので。ちゃんと答えてくださいね。」
合六が合図を出すと足を撃たれた男は拘束され、運ばれていった。最後にこちらを見て何か言っていたが、もうどうでもいい。もう終わったんだから。
「霧矢くん、お疲れさまでした。この後あの人の死体が出る予定なので、それだけ埋めてきてください。それと、今後も私があなた個人に頼む仕事は、そういった身なりでお願いしますね。詳しい変更はまた送るので。次の仕事はメイクと話し方を少し変えてください。指示をよく読んでおいてくださいね。」
次…
その単語だけで仕事が終わった安堵も吹き飛んだ。今日はただ歩いただけだったのにどっと疲れが押し寄せてきた。
「あなたが逃げたらその後は冬橋くんか、あのシェルターの子に代わってもらうしかありませんのでね。…傷を持つ人はなるべく少ないほうがいいですから、私としては今後もあなたに仕事を任せたいですが、まあ、自由に決めていただいて結構ですよ。」
男を連れて歩いていく合六を力なく見送った後、この服も着替えてしまおうとボタンに手をかけた。ひどく重苦しい夢を見ているようで、息を吸っているのに上手く酸素が入ってこない。自分の立っている床がどんどん沈んでいくみたいに見える。
「…男だったのかよ」
静かな小さな声がいやに響いた。声の聞こえたほうをにらみつけると合六が連れてきた男の一人と目が合ったが、こちらの視線に気が付くとすぐにそらした。
…ふざけんな、男で何が悪い。好きでこんな格好してんじゃねえんだよ。そんな目で俺を見んな、俺はお前らのペットでも、美術品でもない!…もう疲れた、こんなことに腹が立つのも疲れた、気持ち悪い。 どいつもこいつも顔で判断しやがって…、
今日はもう寝てしまおう。仕事になったら起きればいい。…こんなこと忘れてしまえば終わるんだから。
それからもそういう類の仕事は続いた。合六さんの客の接待に暗殺、強請り、拉致…
一つ、また一つと仕事を終えるたびに自分が塗り潰されて、別の一人が生まれるようで、いつか自分が消えるんじゃないかと怖くなった。そして、自分に向けられる媚びたような視線にいつまで経っても慣れなくて、生暖かい息も、ざらりとした肌も、自分から出る艶めかしい声も、全部気持ちが悪い。
「こんな顔のどこがいいんだか…」
多くがこの容姿をおだてた。別に特別目立った顔をしているわけではないけど、多分、自分で思うのは間の取り方がうまいんだと思う。つまりは話し方かな。…まあ、そのほうがせめて、外面だけで判断されてないから、良く聞こえるかもね。
今日は冬橋さんがシェルターの様子を見に行くからその送迎だけ。この場所で冬橋さんと待ち合わせることになっている。しばらく待つと向こうのほうに冬橋さんの姿が見えた。と、その時、急に混乱してしまって、言葉が詰まった。
ーーあれ、今どっちだっけ、霧矢直斗?直斗くん?…どんな風に笑えばいいんだっけ?僕か?俺か?
「…霧矢?大丈夫か?」
冬橋さんの声が聞こえる。落ち着け、冬橋さんだから…僕じゃなくて、俺のほうだ。そのまま笑えばいい。
「す、みません。ちょっとぼーっとしてたっす、お疲れ様でした。」
いつものように笑おうとしたけど、歪んでしまった気がする。これ以上何か聞かれるのが怖くて冬橋さんの目もまともにみられなかった。
冬橋さんを後ろに乗せて走り出す。懐かしいその道が今日は胸をきりきりと締め付けて痛かった。忘れられないシェルターへの道のりが今日だけは呪いのように巻き付いていた。
「じゃあまた迎えの時呼んでください。」
後ろの扉を開け、冬橋さんの姿を見送る。さて、何をして時間を潰そうか。そういえば近くに新しい店ができてたな。行ってみちゃおうか。
「…お前は来なくていいのか、」
それはシェルターに行かなくていいのか、ということだろうか。はは、こんな俺が入ったらシェルターが汚れてしまう。おっさんの汗と精液と血で汚れ切った俺が。…行けたらどれだけよかったか。冬橋さんの夢がかなった姿を、見れたらどれだけよかったか。
「…俺はいいです。また連絡してください。」
力なく笑うことしかできなくて、遠くからも聞こえてくる子供たちのはしゃいだ声に息が苦しくなった。あの日刺さった小さな棘、気にしなかったら何もないのと一緒だけれど、気づいてしまったら途端にズキズキと痛んでくる。
シェルターを見るとここがどれだけ綺麗な場所か、自分がどれだけどす黒く塗り潰されてしまったのか、思い知らされるようで最悪の気分になる。でも、その清さに少しでも洗われているような気がして心地いい。
身は汚れてしまって、日々自分自身は溶けていくけど、この場所を守れたのならそれでいい。救いを求めた誰かの明日が少しばかりでも輝けばそれでいい。
その日、俺だけ合六さんに呼び出された。どうせいつものように次の仕事の話だろうと思って暗い足取りで、少しくらくらしながら向かった。
合六さんはいつものような与太話もなく、開口一番に告げた。
「冬橋くんが今後少しでも怪しい動きをしたらすぐに私に伝えて下さい。」
「…何故ですか。」
「冬橋くんが、義堂さんと共謀しているかもしれません。」
早瀬陸、と…?
「あなたが冬橋くんを慕ってるのはよく分かっていますが、なにしろ緊急事態なのでね。あなたには冬橋くんを裏切れるほどの覚悟をもってもらわなきゃならない」
合六さんと冬橋さんがもし対立したら…。当たり前だ、俺は冬橋さんに付く。俺だって合六さんのこと好きじゃないし、シェルターが守れるならなんでもいい。
…思い返しても怪しい動きは見受けられなかったけど…冬橋さんがほんとに裏切りを…?最近合六さんやな仕事ばっか押し付けてくるし、シェルターの子達も危ないし、確かにここら辺で手を切っとくのがいいのかも。そうなったら…ついに合六さんの仕事から解放される…?
あまりいい顔をしなかった俺をみて、合六さんが一つ息を吐き、また俺の方に向き直る。
「…あなたがこの間相手にした政治家の関後者のAさん。」
ぶわっと冷や汗がでた。思い出しただけで顔がひきつりそうになる。
「 あの人気性も荒いし、横暴で、おまけにすぐ手がでる。こちらとしてもあまり付き合いたくない人なんですが…バックが堅いのでね、ご機嫌取りをしなくちゃならない。この前はあなたにやっていただきました。覚えてますよね。」
「…何が言いたいんですか。」
「あの人、今シェルター近くに待機してもらってるんですよ。彼は私の合図でいつでもシェルターに襲い込めます。
…分かりましたか?」
ヒュッと息が詰まった。嫌な想像ばかりが頭によぎって、床がぐにゃりと曲がる。手の震えが止まらなくなって汗が落ちた。
冬橋さんをとるのか、シェルターの子達をとるのか…。どっちをとったって、きっとどっちも失う選択だ。…でも、…俺にはこっちしか選べない、
掠れた声で必死に絞り出して、はい、とだけ答えた。
「わかったのならいいです。では、もう帰っていただいて宜しいですよ。くれぐれも冬橋くんが怪しい動きをしたらすぐ教えてくださいね。」
気づけば自分の部屋に帰ってきて宙を見つめていた。身体が嫌に重くて何をする気にもなれなかった。
ついに、…冬橋さんを、裏切ってしまった。あの日、彼の手足になって一生を終えてやるんだと決意した。その日の自分を、裏切った、…
…冬橋さんのことは合六さんに伝える、怪しい動きはすぐ伝える、これからも…合六さんの命令に従う。それだけ。
ごめんなさい、冬橋さん…、でもきっと冬橋さんは裏切らないですよね、シェルターの子達を残して下手に動かないですよね、この選択がきっとシェルターの皆んなのためになりますよね、
夜の闇に小さな希望が流れていく。明日への道も見えないが、守るべきものははっきりと見えている。それに道を教えてもらいながら、時に足を取られながら、今日も世界は動いていく。泥のように俺達の足を絡みとる世界に少しづつすり減らして、塗りつぶされて、仕舞い込んだ宝を抱きしめながら毎日を繰り返していく。
その先で、いつかあなたと笑いあえればいいな。
~終~
本編では霧矢がシェルターにいるシーンがあまりなかったり、冬橋さんがまちちゃんのために動いたのを合六さんに告げ口してたり、そういう軽薄なシーンが多いけど、霧矢は霧矢でちゃんと考えて、苦しんで、シェルターを愛していたらいいなと思います。
この話を書いてるうちになんだかフォロワー様が沢山増えまして、ハートもいっぱいつけていただけました❤️
嬉しくて嬉しくて、大歓喜です、ありがとうございます!😭
リブート最終話、楽しみましょう!最終話の内容によっては、勢いで続き書きます!
コメント
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続きぜひ見たいです!!!