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夜の事務所は静まり返っていた。時計の音すら、妙に遠く聞こえる。
主人公は古いキャビネットから、くたびれた書類束をひとつ引っ張り出した。
乾いた紙の中に挟まっていた、一枚の写真。
そこに写るのは、若い頃のGETと──もう一人。
「……Town?」
写真の中の男は、目を縫っていなかった。
薄い笑みを浮かべ、どこかぎこちなくGETの肩に手を置いている。
その瞬間、背後から静かな足音。
赤いフェドラ帽。黒いサングラス。
黒のスーツに、血のように深い赤のコートを羽織った男が、写真を覗き込んだ。
GETだ。
「……懐かしいな、それ」
「この写真……Town、目、開いてるよな?」
GETは写真を無言で見つめた。
サングラスの奥の表情は読めない。だが、口元だけがかすかに動いた。
「その写真、Townには見せるな。……“見えない”はずなのに、やたら嫌がる。」
「なんで? もう何年も前のことだろ」
主人公の問いに、GETは椅子へ腰を下ろし、煙草を取り出した。
赤いライターの火が、彼の顔を照らす。
「──目を縫った理由、知ってるか?」
「借金?」
「そう。昔、Townは組織の裏金を勝手に動かして、どえらい額の借金を背負った。
でも……逃げなかった。待っていたんだ。罰が来るのを。」
灰を落としながら、GETは続けた。
「返せるはずのない額だった。だから──相手は言った。
“見る権利がない者には、世界を見る目は不要だ”」
「目を縫われたのか……」
「自分でな」
「……は?」
「縫ったのは、Town自身だ。鏡を見てな。
“これは返済の証明だ”って。外そうと思えば、今だって外せる。
でも、あいつはそれを拒んでる」
主人公は、写真に視線を戻した。
その中のTownは、GETの肩に手を置きながらも、どこか“遠く”を見ていた。
「じゃあ、今でも何も見えないってことか?」
「いや──見てるよ。ほんのわずかに、赤い糸の隙間から。
光も、人も、俺の顔も。全部見えてる。けど、本人はそれを“見ていない”って言う。」
「……なんで」
「見る資格がないと、思ってるからだよ」
その時だった。
「……失礼します」
ドアが開き、Dillが顔を覗かせた。
青い丸ぶちサングラスを上げ、淡々と報告する。
「倉庫で騒ぎが。Townが、先に出ました。」
「……またかよ。あいつ、目が見えてないのに突っ込む癖やめねぇな」
GETはタバコを揉み消し、ゆっくりと立ち上がった。
⸻
◆倉庫・夜
倉庫内には、音がなかった。
いや、正確には──音が止まった、が正しい。
倒れた男が一人。喉元から血が滴っている。
その傍に、静かに立つ影──Town。
そのまぶたは、赤い糸で縫われていた。
だが主人公は、確かに見た。
──糸の隙間から、“わずかに光る目”が、自分を見ていた。
目の奥に灯る、微かな炎のような光。
焼けた鋼のような温度のまなざし。
Townは、一言だけ呟いた。
「“視えない”から、俺は迷わない。
……聞こえる空気と、感じる殺気、それで十分だ」
背後に気配を感じ、振り向くとGETが現れる。
「お前、殺り過ぎじゃねぇか?」
「逃げようとしてた。──裏切り者だ。
“目”を覗こうとした。だから、消した。」
主人公が反射的に訊いた。
「──Town。ほんとは見えてるんだろ? 糸の奥の目で、全部。」
Townは答えない。ただ、足元の血を見つめている。
だが、GETだけは口にした。
「なぁTown。……外す気はねぇのか? もう十分、返しただろ」
その瞬間、糸の奥から光がすっと消えるように揺れた。
Townは静かに首を横に振った。
「GET。お前に言われると、少し迷う。」
「じゃあ、言わない。
──お前が見ないなら、俺が代わりに全部見る。」
そう言って、GETはTownの横に立ち、そっと背中を叩いた。
◆事務所・夜
Miriはソファで、どこからか拾ってきた“赤い糸”を鼻に押し当てていた。
うっとりとした表情で、ゆっくりと吸い込む。
「……ボスの匂い……今日は少し焦げてる……」
その横では、テスタが自分をロープで巻きながらはしゃいでいた。
「ねぇねぇ、ボスの目ってキャンディ包めるんじゃない!?甘いのとか、苦いやつ〜」
「殺すぞ」
Townの一言で、空気が凍る。
だが、誰も怖がらない。誰一人、動揺しない。
その赤い糸の奥で、彼は確かにこの世界を見ていた。