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別れの前兆?
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久し振りに、家族の夢を見た。
いつも訓練や任務で疲れ果てて、お布団に入ってすぐに寝てしまうし、深い眠りに就くから覚えていないだけかもしれないけど、家族の夢を見たのはこの世界に来て初めの頃の、絶賛ホームシックな時期以来、初めてだと思う。
お父さん、お母さん、元気かな。
シュウヤはまた背が伸びてたりするのかな。
カイトとヒナタは喧嘩してないかな。
この世界に来て半年近く経って、元の世界のことを思い出してもめそめそすることはほぼなくなった。
鬼は相変わらず怖いけど、大好きな鬼殺隊の仲間に支えてもらって、毎日がとても楽しいから。
朝5時半。
外は雨が降っているせいか、いつもより薄暗い。
身仕度を済ませて、台所へ向かう。
『おはようございます』
「あっ、つばささん。おはようございます」
「おはようございます」
あれ?なんかアオイちゃんときよちゃん、浮かない顔してる。
『…2人ともどうしたの?元気ないみたい』
「えっと……」
「…私たち、同じ夢を見たんです。つばささんが元の世界に戻る夢を……」
言いづらそうなきよちゃんに代わって、アオイちゃんが教えてくれた。
『私が?元の世界に戻る? 』
「はい。……私たちだけではありません。カナヲやなほ、すみも同じ内容の夢を見たと言っていて…」
そんなことある?でも私も家族の夢を見たしなあ。
「…あなたたちもでしたか」
「あっ、しのぶ様」
『しのぶさん、おはようございます』
いつの間に来たのか、振り返るとしのぶさんが立っていた。
「おはよう。……私も含め蝶屋敷の住人全員が、椿彩が元の世界に戻る夢を見ている…。もしかしたら、近いうちに本当にあなたとお別れすることになるかもしれません」
『えっ!?』
ドタドタドタドタ……
「つばさーーーっ!!」
「ちょっ、伊之助さん!こんな朝早くから廊下を走らないで!」
任務で怪我を負って療養してた伊之助がすごい足音を立てて台所まで走ってやってきた。
そしてアオイちゃんに叱られる。
「お前、元の世界に帰っちまうのか!?」
『え…?』
「もしかして、伊之助くんも椿彩が元の世界に戻る夢を見たのですか?」
「ああ!…つばさ、帰っちゃうのか!?なあ!?」
アオイちゃんやしのぶさんたちだけでなく、伊之助も同じ夢を…?
『… えっと…、ほんとに帰れるかは分かんないよ。きっかけも方法も不明だし……』
しどろもどろに答える私。
「…一度に複数の人間が同じ夢を見るなんて、これは単なる偶然とは思えません。椿彩自身は、何か夢を見ていませんか?」
『…実は、私も帰る夢ではないけど、すごく久々に家族の夢を見たんです』
私の返答に、その場にいた全員が目を見開く。
「…やはり、これは何かの兆しなのでしょう。椿彩が元の世界に戻る為の……」
「嫌だ!!」
『伊之助?』
見ると伊之助が女の子のように可愛らしい顔を歪めて、惜しげもなく大粒の涙を流している。
「つばさは俺たちの仲間だ!別れるなんて、もう会えなくなるなんて考えられねえ!!」
泣きながら人目も気にせず抱きついてくる伊之助。いつもの被り物をかぶっていない彼の髪はとても柔らかな猫っ毛だった。
貰い泣きしそうなのをぐっと堪えて抱き締め返す。
『伊之助…ありがとう。……しのぶさん。私、こっちでの生活もすごく好きです。できればもう少し長くみんなといたいです』
「いけません」
予想外にもぴしゃりと言い放つしのぶさんに驚く。
「本来、あなたと私たちは決して交わることのない人間だった。椿彩はこの世界にいなかった筈の人です。……お別れはつらいですが、元の世界にはあなたの帰りを待っているご家族やお友達がいるでしょう?その人たちと穏やかに、幸せに過ごして欲しいの。鬼の脅威に晒されることのない世界で」
『しのぶさん……』
「もし、本当に帰れることになったら。…その時はチャンスを逃してはだめよ。私たちもあなたが元の世界に戻れるように全力で手助けしますからね。分かった?」
『…はい……』
見るとアオイちゃんときよちゃんもしくしく泣いている。
伊之助は相変わらず私にしがみついたまま。
しのぶさんが私に一歩近付き、そっと頬を撫でてくれた。
「…私もね、椿彩のことが大好きだから。本当はお別れなんてしたくないの。ずっと一緒にいたいと思っているんですよ」
しのぶさんの言葉に鼻の奥がツンと痛くなって、堪えていた涙が溢れ出して頬を濡らしていく。
『…うぅっ…しのぶさん…っ…』
しのぶさんに抱きつきたいけど、伊之助ががっちり私を捕まえてるから身動きがとれない。彼を押し退けるわけにもいかないし。
「椿彩、泣かないで。笑って。……アオイ、きよ、伊之助くんも。椿彩と一緒にいられる時間を大事に過ごしましょう。ね?」
零れた涙を指で拭ってくれるしのぶさん。
「…ほら、みんなもう泣かない。朝ごはんがしょっぱくなってしまいますよ」
「はいぃ……ぐすっ…」
『はい……』
伊之助がやっと開放してくれた。涙と鼻水でベチャベチャの彼の顔を、しのぶさんがティッシュで拭いてあげてる。
「…つばさぁ……元の世界に帰っても俺様のこと忘れるんじゃねえぞ…!」
目と鼻を真っ赤にした伊之助が言う。
『忘れるわけないでしょ。大事な仲間のこと』
「そうだよな!」
満足そうに笑う伊之助。こんな強烈なキャラの相手、忘れようにも忘れられないよ。
「つばささん、また美味しい料理のレシピ教えてくださいね」
『うん。もちろんだよ、アオイちゃん』
「一緒にお団子買いに行きましょうね」
『うん。みんなが好きなのいっぱい買ってこようね、きよちゃん』
アオイちゃんときよちゃんも、ハンカチで涙を拭いながら笑顔を見せてくれた。
しのぶさんも優しく微笑んで、静かに自室へと戻っていった。
気を取り直して、アオイちゃんときよちゃんと朝ごはんの準備に取り掛かる。
普段つまみ食いばっかりしてる伊之助も、珍しく色々と手伝ってくれて、無事に時間までに朝食を作り終えた。
会議の予定もないのに。治療が必要なわけでもないのに。
日中、多くの鬼殺隊員が蝶屋敷を訪れた。雨なのにも関わらず。
柱も、炭治郎くんや善逸くんも。
全員が、私たちと同じく椿彩が元の世界に帰る夢を見たと言う。
内容は全て同じではないけれど、共通しているものがいくつもあった。学校の制服と思しき格好の椿彩と、同じ服を着た他の生徒たち。そして出会った頃に着ていた弓道着姿の椿彩。背の高い建造物や、ピカピカ光る大きな掲示板のようなもの。
椿彩とよく似た大人の女性に、彼女と変わらないくらいの歳の男の子、その子に似ている大人の男性、そっくりな顔をした2人の幼い男の子。
みんなが同じ日に同じような夢を見ている。
これは本当に、椿彩とお別れすることになる前兆なのかもしれない。
大好きな椿彩。大切な大切な、私の可愛い妹。
あとどのくらい、一緒にいられるかしら。
少し前に時透くんに言った自分の言葉が頭に蘇る。
いつかは別れる日が来るかもしれない椿彩と、たくさんの思い出を作ること。
彼女が元の世界に戻った時に、ここでの思い出を胸に頑張れるように。記憶の中の椿彩の笑顔を力に、私たちが 自身を支えられるように。
何かの縁で出会えた私たち。
残された時間を大事に大事に過ごそう。
そして、本当にお別れしなければならない日が来たら。私は椿彩が安心して帰れるように、とびきりの笑顔で送り出してあげるの。
つづく