テラーノベル
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三ヶ月後のとある日、朝食時ルイーザがエーファに言った。
「今日お父さんと私の実家に行ってくるわね」
「どうしたの?」
エーファが尋ねると、ルイーザが顔を曇らせた。
「母さんも父さんも高熱を出して動けないらしいの。身の回りのことをしなきゃいけないから、この後すぐ出発するわ」
エーファは驚いた。
祖父母のことも心配だが。
「じゃあお店のことはどうするの?」
開店までに帰ってくるのだろうか。
一緒に卓を囲んでいるアンドリュースは静かに聞く。
「お客さんには申し訳ないけど、今日は休みにするかな。泊まりになるかもしれないし。だから家事よろしくね。やってくれたら、今日一日は自由に過ごしていいよ」
エーファは嬉しくなった。
店の手伝いの休みは定休日を除くと二ヶ月ぶりだ。
仕込みも調達もない。
家事はしなくてはならないが、今日一日何をしよう。
エーファは鼻歌が出そうになるほど嬉しくなった。
両親を見送った後、皿を洗い、洗濯物を干し、エーファはまず自室で本を読むことにした。
小説何冊かを手に取り、ソファにゆったりと座る。
時間も忘れて夢中になって頁をめくっていたが、三冊読み終わって、ふうと息を吐きながら窓の外を見ると、もう日が沈みそうになっていた。
そんなに時間が経っていたのか、とエーファは驚かざるを得ない。
部屋が暗くなっていたことにも気づいていなかったのだ。
エーファは伸びをし、洗濯物を取り込んで夕食の準備を始めた。
一時間後。
夕食を済ませたエーファは、散歩がてら新しい本を買いに行くことにした。
春の始めの涼しい風を受けながら、エーファはゆっくり歩く。
町は光で満たされていた。
その頃。
クラウスはいつものように王宮を抜け出し、酒場の前まで来ていた。
遠目から中の明かりがついていないように見え、クラウスは焦った。
この時間には店はとうに開いており、中は客でいっぱいのはずなのに。
近づいてみると、やはり店の明かりはついておらず、扉には休業中の文字が掛けられていた。
クラウスは落胆した。
公務で忙しい日々の中の、唯一の癒しだったが。
次は数ヶ月後か、と肩を落としながら、引き返そうとする。
……いや、書店でも寄って帰ろう。
クラウスはせめてもの慰めとして本を買って帰ることにした。
十分ほど歩き、クラウスは書店に到着する。
入るとそこには広大な本の世界があった。
国で一番大きい書店で、縦も横も奥行きも長い。
ずらりと並べられた木製の棚には、大量の本が収められている。
クラウスがここに来るのは約一年ぶりだ。
クラウスがあたりを見回し、さて何の本を買おうかと書店の全体を見て回ろうとしたその時。
店の奥の方にエーファの姿があったのだ。
クラウスは驚き、見間違いかと思って近づいてみる。
華奢で小柄な体躯、透き通るような白い肌、淡い褐色の長い髪、新緑色の大きな瞳、整った鼻梁、愛らしい唇。
彼女は間違いなくエーファだった。
エーファははしごに登り、高い位置にある棚の本を読んでいた。
丸目がちの目を爛々と輝かせて読書している。
……もう今日は会えないと思っていたのに。
クラウスはエーファに会えただけで嬉しくなったが、彼女の楽しそうな姿を見ていると、より一層幸せな気持ちになった。
もう少しだけ彼女の近くに寄ろう。
クラウスがそう思い、エーファの元へ歩み寄ろうとした瞬間。
「ぁっ……」
エーファが小さく声を漏らした。
彼女は足を踏み外し、バランスを崩してはしごから落ちたのだ。
クラウスはエーファが床に向かって落ちていくのがやけにゆっくりに見えた。
何かを思うより先に身体が動いた。
エーファに駆け寄り、両腕を前へ伸ばした。
次の瞬間にはクラウスの腕の中にエーファが横抱きで収まっていた。
クラウスは安堵すると共に、彼女の軽さに驚いた。
一方のエーファは、見開いた目でクラウスを見つめ、あわあわと小さな唇を開閉している。
かと思えば。
「ご、ごめんなさい!」
エーファは白皙の美貌を赤く染めて謝罪した。
クラウスはそこでエーファを抱き留めたままだと気づき、無言で彼女を丁寧に下ろす。
と、若い女の店員が近づいてきた。
「エーファちゃん大丈夫?!」
店員はひどく焦った顔だ。
エーファはへらりと笑い、頷いた。
「はいっ、大丈夫です!この方が助けてくださったので」
店員は深くフードを被ったクラウスを一瞥し、再びエーファの方を向いた。
「そう。良かった。気をつけてね」
店員はそれだけ言うと持ち場に戻っていった。
クラウスがとにかくエーファが無事で良かったと思っていると、彼女はクラウスの方を向き、はにかむように笑む。
「あの、助けてくださってありがとうございました。良かったら何かお礼させてください」
そんなこといいのに。
自分は当然のことをやったまでなのに。
クラウスはそう思ったが、喋るとバレるかもしれないので何も言えない。
クラウスが戸惑っていると、エーファが何かを察したのか、すぐに言葉を紡いだ。
「あ、じゃあ、あなたが買う本を私に払わせてください!」
クラウスは迷ったが、少しして頷いた。
クラウスの反応に、エーファはぱっと顔を輝かせた。
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