『今日は幹夫ちゃんが出張から帰ってくるでしょ。きちんと美味しいものを作りなさい。次はちゃんと私の送迎をするのよ。わかった?』
「はい。承知いたしました」
流産のことはこの調子では伝えられない。まずは幹雄に打ち明け、ふたりで報告にいくのがいいだろう。
幹雄に話す時のシミュレーションをしてみた。どのタイミングがいいだろうか。すぐがいいのか食事のあとがいいのか。絶対に彼は怒りだすだろう。食卓をめちゃくちゃにするかもしれない。
それを想像するだけで空っぽになった腹が痛んだ。
買い物をすませて自宅へ戻ってくると、親友の上原(うえはら)こずえから着信があった。彼女はホテル勤務時代の美晴の数少ない友人のひとりだ。こずえはなにかと美晴を心配して定期的に連絡をくれる。家にも遊びにきてくれるため、幹雄とも顔見知りだ。夫もこずえが一緒だと言えばランチやお茶をする程度なら外出の許可をくれる。
『やっほー。美晴、元気? 赤ちゃんは順調?』
「こずえ……」
明るい親友の声と子供の話を持ち出された美晴は、声を詰まらせながらこずえに流産したことを伝えた。こずえには妊娠したことをいちばんに伝えたから、心配して電話をくれたのだろう。それなのにこんな報告をする日が来るなんて。
『そんな……やっと授かったのに……美晴、辛かったね』
「こずえ、ありがとう……」
涙声で自分のことのように悲しんでくれる親友に感謝した。
『それにしてもひどいね。もうそんな旦那、捨てちゃいなよ!!』
「そうだね……でも私、仕事もしていないしお金もないから……」
『またホテルで働けばいいよ。離婚した方がいいんじゃない?』
離婚と言われてドキリとした。縁あって家族になったのに離婚となればまた孤独に逆戻りだ。彼と離れてしまっては、もう二度と家族を作ることができないと考えてしまう。
「…やっぱり離婚はできないよ。私にとって幹雄さんは家族だから」
『そっか。でも、無理しちゃだめだよ!』
「ありがとう、こずえ。あの……また話を聞いてくれる?」
『モチロンだよ。元気出してね。落ち着いたら、今度なにか美味しいものでも食べに行こう!』
心配して連絡をくれた親友に勇気づけられた美晴は、幹雄の好物を作って彼の帰りを待った。永遠に出張が終わらなければいいのに、と思ってしまったが時は無情に過ぎていく。
「ただいま」
「おかえりなさい」
玄関に急いで迎えに行った。出張から帰って来た夫はなぜか機嫌の悪そうな顔をしている。
「美晴。僕に言うことあるよな?」
「えっ、あ、あの……」
「お腹の子、流産したんだって?」
「――!!」
「今日病院から連絡があった。お前なんてことしてくれたんだよっ!!!!」
バチン、と平手打ちが飛んできた。衝撃で美晴の身体がよろめき、しりもちをついた。
「そんな酷い状態だったのなら、さっさと病院へ行けよ!! なにやってんだよお前っ!!」
今度は腹に容赦なく蹴りを入れられた。口の中は切れ、鉄の味がする。なにが起こっているのか全く理解ができなかった。
「どうしてこんなことになった!? ああっ? お前がお腹の子を殺したのかっ」
「違いますっ! お医者様には感染症が原因だって……無理な性行為をしたからって言われました……っ!」
「はあぁ!? そんなわけないだろう!! 美晴の身体が弱いからだ!! そうに決まってる!! あと、母さんが今すぐ家に来いって言ってんだ。行くぞ!」
激高した夫についていくしかできず、美晴はそのまま義理実家へ連行された。まだ体も辛い状態での移動は非常に堪えた。そして今から義母にどれだけ責められるのだろうか。考えただけで逃げ出したくなる。
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