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自分が壊れる音を、聞こえないふりをした
後編「拾い集める音」
#四季愛され
01
周りが静かになった。なのに、四季はまだ武器を下ろさず前を睨む。敵はもういない。それなのに、四季はまだ【戦いの中】にいた。
「四季」
無陀野の声が空間に響く。反応はない。1歩近づいてもう一度静寂の空間にまた声が響く。
「四季。もう終わった。 …もういいんだ」
その言葉がようやく彼に届いた。
四季の瞳が、ゆっくり揺れる。焦点が合わないまま、首だけが動いた。視線が足元に落ちる。
倒れる敵。動かない身体。血に染った地面。
そこで四季は、初めて気づいた。
「…あ」
声にならない音が喉から漏れる。
終わっている。もう撃つ相手はいない。その事実を理解した瞬間。張りつめていた何かが、音もなく切れた。
四季は倒れない。膝も折れない。ただ、立ったまま、動かなくなった。
0 2
「…一ノ瀬」
真澄が呼ぶ。返事は、少し遅れて帰ってくる。
「……なに」
それは戦闘中の声でも、平時の声でもない。どれにも属さない、空っぽの声だった。血蝕解放を解こうとして、手が止まる。指が、僅かに震えている。四季はそれを見て、困ったように笑った。
「…あれ。 変だな」
視線は合わない。でも、立ち続けようとする。
壊れていることを、自覚する前に。気を抜いたら、何かが全部崩れる気がして。
無陀野は四季の様子を見て悟った。これはただ「休ませればいい」状態じゃないと。
「…行くぞ」
発する言葉は短く、低い。
四季は一瞬、言葉を理解できずに瞬きをする。それから反射で頷いた。
「…わかった」
足は動く。意志とは関係なく、身体だけが覚えている。
_1歩。_2歩。
歩きながら、四季は周囲を見ない。敵がいないことは、もう分かっている。己がやったのだから。それでも、視線を上げる勇気がなかった。通路を進む間、誰も話さなかった。足音だけが、やけに大きく響く。四季の歩幅は一定だ。速くも、遅くもない。だけどその歩く。当たり前の様子が無陀野達の目には壊れた機械が、誰かの命令を実行しているみたいだった。
皆は自然と少しだけ歩調を落とす。四季が倒れないように。半歩前に出る位置。
_触れれない。 _支えない。 _それでも逃がさない。
「…ムダ先」
不意に、四季が呟く。声は小さく、頼る音ではない。
「…俺、ちゃんと役に立った?」
足は止まらない。視線も落としたまま。
無陀野はすぐに答えれなかった。でも
「_ああ。」
それだけだ。たった2文字だけしか返せなかった。四季は、少しだけ肩を緩めた。崩れないまま、息を吐く。それを見て、皆は確信する。
_今、四季を止めたら、四季は立っていられなくなる。
だから連れていく。壊れたままでも。守るためじゃない。もうこれ以上、壊れさせないために。
03
外の空気に触れた瞬間、血生臭かった匂いが、少しだけ薄れた。四季は今まで下げていた目線を少しだけ上げた。
「皆お疲れー!早かったねー!…どう、したの?」
京夜の間抜けな声が静寂を破った。だが異変を感じた京夜は少し声のトーンを落として聞いた。京夜と同じく待機していた屏風ヶ浦や馨も異変に気づいたようだ。そして京夜は四季を見つけ、
「ちょっとちょっと、四季くん?そのまま立ってる場合じゃないんだけど!?早くこっち来て、手当するから!」
京夜は四季を見てすぐに眉を顰めた。
血の量。呼吸の浅さ。それなのに平然として立っている異常さ。
「ダノッチ、まっすー…これ…」
「分かっている。とりあえず手当しろ。」
四季は自分の名前が出ていることにすら反応しない。視線はどこか宙を漂ったまま。京夜は四季に近づき、手を伸ばす。
「はーい、四季くん、ちょっと失礼するよー」
触られてようやく、気づいた。
「あっ、悪りぃ…」
謝る理由なんてどこにもないのに。応急処置が始まっても、四季は動かない。痛みで顔を歪めることもない。ただ、呆然と京夜の手つきを見ていた。
「ねぇ、四季くん。」
京夜の声が、少しだけ低くなる。
「これ、無理してるよね。今回だけじゃない怪我もたくさんある。無理してるでしょ」
四季は間を置いてから答えた。
「…無理、はしてない 」
言い切り。でも目は合わない。その瞬間だった。
「は?」
「ちょっと待てよ」
「それで無理してないは無いだろ」
次々に飛んでくる声。周りにいた全員が異常に気づいた。
「四季、それはいつからだ。」
「な、なんで言ってくれなかったんですか?」
「どこまで1人でやるつもりだったんだよ」
問い詰める声が重なる。四季は、困ったように視線を彷徨わせてから、小さく笑った。
「_だって」
一拍。
「俺が、前に出ないと、って思って」
それだけ。責任感でも、使命感でもない。癖みたいに出た言葉。場の空気が凍る。無陀野は黙っていた。京夜は手当の手を止める。
四季は続けない。続けれない。言葉が出ない代わりに、指先がわずかに震えていた。それを見て、ようやく_誰もが理解する。
四季はもう、とっくに限界を超えている。
それでも四季は立っている。壊れたまま、役目を終えたと信じたくて。
04
手当が一段落した頃だった。
「…一ノ瀬」
低く、落ち着いた声。怒鳴っていないのに、場の空気が重くなる。真澄が、四季の前に立っていた。四季は条件反射で背筋を伸ばす。
「な、なに…?」
「自分がどういう状態か、分かってんのか?」
少し考える。本当は考えなくても分かっている。
「…、…怪我、のこと?」
その答えに真澄は眉一つ動かさない。
「違ぇ」
即答だった。
「お前は怪我をしているだけじゃない。壊れたまま動いている」
四季の喉が、かすかに鳴る。
「それが、どれだけ危険か分かるか」
返事が、出てこない。分かっている。でも、どう答えれば正解なのか分からない。
「お前が前に出た理由も分からなくはない。守りたかった、終わらせたかった。誰かがやらなきゃいけねぇと思った。」
_一拍。
「_だがな」
声が、ほんの少しだけ低くなる。
「それは正しい判断じゃねぇ。逃げだ。」
空気が止まった。
「お前は自分が壊れることで、考える責任を放棄している。」
誰かが息を呑む音がした。
四季は反論しようとして_なにも言えなかった。
「お前が倒れたらどうなる?」
「…」
「守った相手は、次に誰が守る。お前を誰が守る。」
視線が、下に落ちる。
「自分がやればいいは覚悟じゃない。思考停止だ。 」
四季の指先が、ぎゅっと握られる。震えは止まらない。
泣きたい…と思う。でも泣き方が分からない。胸の奥が苦しいのに、何も溢れてこない。
「俺は…」
声が掠れる。
「俺、どうすれば…」
そこで言葉が途切れた。正解が分からない。前に出るのは間違い。でも、引く方法も知らない。四季はただ立っている。壊れたまま、選択肢を失って。真澄は、少しだけ視線を和らげた。
「それを考えるのが、お前一人じゃない、ってことだ」
「…」
「分からなくなった時点でお前は止まる権利があんだよ。」
四季はゆっくりと瞬きをした。それは救いじゃない。でも初めて向けられた、逃げの道の名前だった。それでも、涙は落ちない。返事も出来ずに、四季はそこに立ち尽くしていた。
0 5
重たい沈黙を、乱暴に切り裂いたのは皇后崎だった。
「…おい」
低い声。感情を抑えているようだが、逆に滲み出ている。
「なんで、そこまでやった」
誰もが一瞬、息を止める。
「なんでそこまで我慢した。なんで一人で背負った。 _なんで、誰にも言わなかった」
矢継ぎの言葉。逃げ場を与えない問い。
「答えろよ、四季」
四季はびくりと肩を揺らした。視線が泳ぐ。口を開いて、閉じる。
「…」
「俺がやらなきゃダメだった…なんて言うんじゃねぇぞ。」
皇后崎は、吐き捨てるかのように続ける。
「それは免罪符なんかじゃねぇ。」
_沈黙が、痛い。
「話せ。全部だ。」
逃げられない。逃げ道が、完全に塞がれた。四季はしばらく黙っていた。だが、少ししてからぽつりと。
「…言ったら、」
声が、小さい。
「止められるって、思って」
「…」
「止められたら…前に…出られなくなるって」
一つ、息を吸う。
「俺、強くないから…ちゃんと考えたら…怖くなるし」
言葉が途切れ途切れになる。
「だから、考えないようにして…我慢してれば、そのうち終わるって…」
誰も、口を挟まない。
「…相談、 したら」
四季の指先が、強く握られる。
「頼ってるみたいで…弱いって、思われる気がして」
そこで、言葉が詰まった。胸の奥が苦しくなる。でも涙はでない。泣き方を忘れてしまったみたいに。
_沈黙。
次の瞬間_四季はふっと口角を上げた。無理矢理。ぎこちなく。
「…まぁ、結果的には上手くいったから…」
笑っている。でも目は笑っていない。
「大丈夫。俺、もう、こういうの慣れたから」
場の空気が凍りつく。誰よりも早く、皇后崎がそれに気がついた。
_これは誤魔化しだ。壊れた自分を、必死に覆うための。
四季は立っている。最後まで立っていた。全部吐き出したはずなのに、救われた顔は、どこにもなかった。ただ、これ以上踏み込まれたら崩れる。その一線で、笑っているだけだった。
06
四季の取り繕った笑顔を、皇后崎は一瞬、黙って見ていた。それから、
「…ざけんな」
低く、短く。
「慣れた?大丈夫?」
1歩、距離を詰める。
「そんな顔で言う言葉じゃねぇだろ」
四季の笑みが、ほんの一瞬揺れる。
「上手くいったから大丈夫?生きてれば問題ない?」
皇后崎の声には、もう容赦はなかった。
「違ぇだろ。お前のやったことは…_自分を使い潰しただけだ」
空気が、完全に凍る。
「我慢も、自己犠牲も、覚悟ですらねぇ。ただの逃げだ。壊れる方を選んだだけだ」
誰かが止めようと口を開こうとする。でも皇后崎は止まらない。
「そんなやり方…肯定できるわけねぇだろ」
その一瞬だった。
「…じゃあ」
四季の声が、震えた。
「じゃあ、どうすれば良かった?」
笑顔が、消える。
「俺がやんなかったら?引いてたら?誰かに任せてたら?」
言葉が止まらない。
「誰かに任せて…誰か怪我してたら?傷ついてたら?それでも、俺は正解だったって言えんのかよ」
呼吸が荒くなる。
「俺だってわかんねぇんだよ!!」
初めて、声を荒らげた。
「皆を盾にされて!炎鬼だからっていちゃもんつけられて!だからやってんだよ!」
誰も口を挟めない。
「もちろん俺だって考えたら怖くなるし!止まったら足がすくんで!だから前に出るしかなくて!」
拳を、血が滲むほど握られる。
「俺にとっては、それしか…それしか、無かったんだよ!!」
叫び終えた後、四季は息を切らして立ち尽くす。泣いていない。でも、もう誤魔化す余裕もない。
「…教えてくれよ」
声が、小さくなる。
「正解があんなら…俺、どうすれば良かったんだ?」
沈黙。誰も、答えれなかった。それが答えだった。四季はゆっくりと視線を落とした。
「あー…そっか」
かすかに、笑う。
「最初から、正解なんてなかったんだな 」
壊れたまま。泣けないまま。それでも感情だけは全部吐き出して。四季は、まだ立っている。
07
張りつめた空気を切ったのは通知音だった。
短く、無機質な音。場違いなほど、冷酷な音。
「_次の任務…」
その一言で世界が現実に引き戻される。四季は顔を上げた。先程の爆発が嘘だったかのように。
「じゃあ、俺行くから」
即答だった。その言葉に迷いはなく、無機質な声だった。四季は誰よりも早く動き、思考よりも先に、足が前へと出る。
「待て、四季」
無陀野の声が空中に飛ぶ。続いて真澄の声も飛んだ。
「今のお前を行かせれると思うか?行っても使えないだろ。状態が悪すぎる。」
「そうだよ四季くん。治療優先だ。君にしたのは悪魔で応急処置。今、君が立ってるだけでも充分不思議なんだ。」
次々と重なる静止の声。それでも四季は足を止めない。
「大丈夫」
さっきまでの叫びは、もういない。感情を吐き出した後の、妙に静かな声だった。
「俺、まだ動けるから」
皇后崎が歯を噛み締めて声をあげる。
「ふざんけな…!さっきの話聞いてなかったのかよ!?」
四季は一瞬だけ立ち止まった。振り返りはしない。でも声はちゃんと届くように出す。
「聞いてたよ。_だから、俺が行く」
誰かが前に出ようとする。腕を掴もうとする。でも四季の方が早い。
「止められるなら、止めろよ」
振り返りはせず、淡々と口を開く。
「…誰かが行かなきゃいけねぇんなら、俺でいい」
【いい】じゃない。選ばれてるだけ。分かっている。だからこそ、誰もそれ以上、踏み込めなかった。
正論はもう言った。感情もぶちまけた。それでも四季は行く。壊れたまま。正解を知らないまま。
背中が遠ざかる。皇后崎は拳を握りしめた。
_止められなかった。
四季は振り返らない。振り返ったらきっと、立ってられなくなるから。そして思う。
_もう終わりにしよう
任務を、この場を。自分の中の、全部を。もう皆には合わない。ただ次々舞い込む任務を実行しよう。
その考えが危険だと分かっている。でも、前に進む方法を、それしか知らなかった。
08
結果的に言うと、任務は失敗した。四季が現場に着いた時、場は静かで、でもすぐに敵が来た。任務が失敗した。そう理解したのは、敵でも、指示でもなく、自分の体が動かなくなった時だった。
「…っ」
足が、もつれる。踏み込むはずの地面に、足がつかない。判断が遅れた。無理に前に出た。いつもなら帳消しにできたズレが、今回は重なった。視界が、暗くなる。
_あ
気づいた時には、四季は膝を地面についていた。
息が上手く吸えない。胸の奥が、酷く重い。
「しまっ…」
_失敗した。
初めて、はっきりそう思った。
_俺が、前に出なければ、下がっていれば。ちゃんと動けていたら…
今更、考えが溢れ出てくる。守るはずだった。終わらせるはずだった。なのに…
_俺のせいで…
視界の端が滲む。でも涙じゃない。ただ、力が抜けていくだけ。
「…俺」
声にならない。ここで終わる、と思いたくない。でも、_ここまで来て、初めて怖くなった。
_嫌だ。こんな終わり方。まだ、誰にもちゃんと、だって、
後悔が遅れてやってくる。だけど敵が目の前まで来ている。目を静かに瞑った。その時
「血蝕解放 雨過転生」
聞きなれた声が、はっきり届いた。
09
声の次に来たのは衝撃。誰かが前に出る気配。
「四季!」
視界の奥で皆が一気に敵をシバいていく。
_来てくれた。
「…な、んで…」
四季は掠れた声で呟く。
_俺、失敗したのに。あんなこと言ったのに。
誰かが、四季の前に立つ。背中で、敵を遮る。
「黙ってろ。京夜も来る…今は、お前が守られてろ」
その言葉で、張り詰めていた何かが、ようやく切れた。
助けにきた。責めるためではなく。四季は初めて思う。
_俺、一人でやらなくて良かったんだ
後悔が胸を締め付ける。でもそれは、生きているからこそ感じられる後悔だった。
視界が暗くなる直前、聞こえたのは必死に名前を呼ぶ声だった。それは、四季を繋ぎ止めるための。
10
目を覚ましたとき、1番最初に感じたのは消毒液の匂いだった。
「…」
天井が白い。やけに静かで、耳鳴りもない。
「…あ」
声を出そうとして、喉が痛んだ。
「お、起きた?」
気の抜けた声。聞きなれた声。視線を向けると、そこにはチャラ先がいた。
「よかったぁ…ほんとに。もう心配かけすぎだよ四季くん。心臓に悪すぎるよ…」
俺は暫く状況を理解できずに瞬きする。医務室、ベット、包帯。
生きている。
「…俺…」
言葉が続かない。
「無理しないで。今みんな呼ぶから」
そう言うとチャラ先はスマホを操作し始めた。
数分もしないうちに、足音が重なって聞こえてくる。扉が開いて見慣れた顔が次々に入ってきた。
ムダ先、真澄隊長、馨さん。皇后崎に屏風ヶ浦、矢颪に遊摺部、漣に手術岵もいる。
俺は反射的に体を起こそうとしたがムダ先に止められた。
「動くな」
その一言で、身体が固まる。
俺は、視線を彷徨わせたあと、ぽつりと呟いた。
「…なんで」
声が上手く出ない。弱々しい声になる。
「なんで…助けてくれたん?」
全員の視線が俺に集まる。
「俺、あんなこと言ったのに。迷惑、かけて…任務も…失敗して」
胸の奥が痛い。でも言葉は続けた。
「…見捨てられても、文句言えないのに…」
その瞬間
「は?」
皇后崎が即座に声を上げた。
「助けに行って当たり前だろ」
言い切り。迷いも、照れもない。
「お前が何言ったとか、失敗したとか、関係ねぇ」
皇后崎が一歩前に出る。
「仲間だろ」
その言葉に、俺は目を見開いた。続けて馨さんが静かに口を開く。
「こちらこそ…だよ…もっと早く、四季くんの異変に気づくべきだった」
ムダ先も、視線を逸らさずに言う。
「一人で抱えさせた。俺達の責任だ」
誰かが、続く
「気づけなくてごめんなさい」
「無理させてごめんね」
「一人にして、悪かった」
謝罪の言葉が重なっていく。責める言葉はどこにもない。俺は何度も瞬きをした。頭が追いつかない。怒られると思っていた。突き放されると思っていた。
「…俺」
声が震える
「俺が…悪かったのに…」
言葉の途中で詰まる。胸の奥が痛くてたまらない。でも涙はでない。代わりに何かがゆっくり、解けていく。割れて、散らばっていたはずの心が、一つ一つ、誰かの手で拾われていくみたいに。
「なんで…」
戸惑いしか出てこない。
「なんでそんな顔、してんの…」
誰も、すぐに答えれなかった。でもその沈黙は突き放すものじゃなくて、そこに居続けるための沈黙だった。俺は布団を握りしめる。壊れていた自分が、まだここに居ていいと、初めて許された気がした。でも、_それが怖くて、温かくて、どう受け取ればいいか分からなくて。俺は戸惑ったまま、みんなのいる医務室で息をしていた。
11
暫く、誰も言葉を発さなかった。医務室には点滴の落ちる小さな音と、人の気配だけがあった。俺は天井を見つめたまま、ゆっくりと息を吸う。胸の奥はまだ痛い。割れたまま、継ぎ合わせたみたいで、少し触るだけでまた割れそうだ。治ってない。元通りでもない。
「…俺」
小さく、呟く。
「多分、すぐには戻れない」
誰かが何か言おうとしたけど、でも言葉を選んで黙っていた。俺は続ける。
「前みたいに、明るく振る舞うのは…無理で」
自嘲気味に、少し笑う。
「壊れる前の俺には、もう戻れないと思う」
それは諦めじゃない。ただの事実の受け入れだった。真澄隊長が静かに頷く。
「…それでいい」
「戻さなくていいんだ。少しずつ治していけばいい」
ムダ先も短く続けた。
「時間がかかっていい。完璧である必要はない」
皇后崎が腕を組んだまま、視線を逸らして言った。
「…ツギハギでも、立ってり充分だろ」
その言葉に俺は少しだけ目を見開いた。でもそこでチャラ先が軽く手を叩く。
「はいはい、じゃあ決まりね!今日から四季くんは治療中!無理したら即バレるから…覚悟してね?」
俺は戸惑いながらみんなを見る。怒られてない。急かされてもいない。期待だけが、押しつけられているわけでもない。ただ、一緒に進もうとしてくれている。
「…少しずつで、いい、の?」
確認する言葉だった。
「当たり前だろ」
誰かが即答する。俺は布団を握りしめて、小さく息を吐いた。
「…じゃあ」
その言葉の続きがまだ上手く出てこない。でも壊れた心の欠片は、もう床に散らばっていなかった。不格好でも、歪でも、誰かの手で拾われて、繋がっている。俺はまだ治っていない。けれど、
治していってもいい場所には、立っていた。
end
あとがき
はい前半後半の配分ミスって後編だけ長くなりましたすみません。てことで完結!ここまで見てくれてありがとうございました!また次回作で会いましょう!それでは!
コメント
8件
ほんと最高です。めっちゃ泣きました。
朝に読み、思いっきり泣きました! もうね…四季くんのセリフでも泣いて、輝夜さんの表現などにも泣き、もう最高です✨ 四季くんが最後まで泣けない、壊れたまま、それでもみんなは今の四季くんをちゃんと受け入れてこれ以上辛くないように、1人じゃないように…もう全部好きです💕
物凄く素敵でした! 壊れていく四季君の感じが伝わってきて、皆の優しさに僕も泣いてしまいました