テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
出会い
・・・・・・・・・・
山菜を採りに来た。気紛れに、いつもと違うところまで行ってみようと思って。普段採りに行く場所よりも1時間くらい長く歩いて、珍しい山菜がたくさん見つかった。
夢中で山菜を摘んでいたら、気が付くと辺りは薄暗くなっていた。
しまった。早く帰らないと無一郎が心配だ。…あいつは俺のことなんて心配していないだろうけれど。
急いで来た道を戻る。山の中だから平地よりも暗くなるのが早い。
あれ?こっちだったっけ?こんな道通ったっけ…?
でも早く帰らなきゃ。
心臓が早鐘を打つ。変な汗も出てきた。
体感では結構歩いている筈なのに、なかなか知っている道に辿り着かない。
どうしよう。
焦りが出て、脚ももつれる。何度も転びそうになりながら速足で歩く。
「はぁっ、はぁっ…」
ガサガサッ
ピィーー
パキパキ…
周りから聞こえてくる音にいちいち驚いて身体が強張る。
早く帰りたい。早く、早く…!
もうすっかり日が沈み、真っ暗になった。
恐怖と心細さに泣きそうになりながらひたすら進む。
「なーんだまだガキじゃねぇか」
「!?」
藪の中から人のような形をした、でも人ではない何かが姿を現した。
「1人か?」
人の言葉を話している。でも牙?が異様に伸びているし、爪も鋭いし、肌の色も緑色でおかしい。
「…あっ…あの…、俺、道に迷っちゃって……」
やっとの思いでそう絞り出すと、相手はニヤリと不気味な笑みを浮かべた。
「そうかそうか。かわいそうになあ。…なら、邪魔者もいないな!?」
そう言うや否や、突然襲いかかってきた。
「うわあぁっ!!」
俺は一目散に逃げ出した。せっかく摘んだ山菜を篭ごと放り出して。必死に走るけれど、恐怖と披露でなかなか脚が進まない。
「ひゃははっ!逃げるなよー!怖くないぞぉ〜!」
不気味な笑い声がすぐ後ろまで迫ってきた。
「…ぐっ…!」
首を掴まれて絞め上げられる。しかも高い。腕がどんどん伸びて。こんな高いところから落とされたら骨折どころじゃ済まない…!
痛い!苦しい!怖い!誰か助けて!!
意識が遠くなりかけたその時。
バスンッ!
鈍い音が聞こえたと思ったら、 首を絞め上げていた手から力が抜け、俺は真っ逆さまに地面に落ちていった。
ふわっ
覚悟していた衝撃の代わりに、“誰か”に抱き止められる感覚。そのままゆっくりと地面に着地した。
『大丈夫?怪我は?』
ぎゅっと閉じた目を恐る恐る開けると、そこには見たこともない服を来たお姉さんの顔。
そっと俺を地面に下ろしたその人は、月明かりに照らされてとても綺麗だった。
『…間に合ってよかった。鬼はどうにか倒したけど、危なかったね』
「おに…?」
お姉さんが指さすほうを見ると、頸を吹っ飛ばされてぼろぼろと塵になって消えていくさっきのバケモノが。
「…ぁ…う……」
俺はさっきの恐怖や苦しさを思い出して、その場にへたり込んでしまった。
身体がガタガタ震えて止まらない。
「ヒュッ…、ハッ…ハッ…、ヒュッ、ヒュゥッ…」
あれ?息ってどうやってするんだっけ?
苦しい。思うように呼吸ができない。
『大丈夫?どうしたの!?』
「ヒュゥッ…、ヒュッ…」
苦しい。なのに頭がふわふわする。涙で視界が歪んでいく。
『過呼吸起こしてる。…私の声聞こえる?“吸う”んじゃなくて、“吐く”のよ。吐いて吐いて吐いて…』
お姉さんの声が聞こえる。
「ヒュッ…ハッ……、フッ…フゥッ…」
言われた通り、できるだけ息を吐くよう努める。
『そう、口をすぼめて。ふーーーっ、ふーーって、長く吐いてみて』
「ハッ…、ハッ…、フッ、フゥッ…フッ…」
『そう。上手よ。続けて。ふーーっ、ふーーっ……』
言われるがまま、息を吐く。お姉さんの息遣いに合わせて。
『そうそう。長ーく吐いて、短く吸うの』
「フウゥッ…フゥゥッ……、フウウウゥ……」
しばらくそれを繰り返して、やっと呼吸が戻った。
「ふ…、ぅっ…げほげほっ…」
『少し落ち着いたかな?よかった』
俺がいつもの呼吸を取り戻すまで、お姉さんはずっと背中をさすってくれていた。
「……ぁ、の…、ありがとう…」
『いいえ』
お姉さんが微笑んだ。とても綺麗で、優しい笑顔だった。
鼻の奥がツンと痛くなって、さっき過呼吸を起こしていた時とは違う涙が溢れて止まらなくなってしまった。
『どうしたの?どこか怪我してる?』
首を横に振る。
「…うっ…、ひっく……」
涙が止まらない。身体の震えもまだ続いている。
『………。怖かったね。もう大丈夫。もう大丈夫よ』
そう言って、お姉さんが俺を抱き締めた。震える俺の身体をぎゅっと強めに抱き締めて、また背中をさすって。頭を撫でてくれた。
「…ふ…っ…、うぅっ…、わあぁぁぁ……!」
堪えきれなくなって声を上げて泣いてしまった。
あったかくて、安心してしまって。
「うぅっ…、こわかった…!死ぬかと思った…!」
『うんうん。怖かったね。間に合ってよかった。もう大丈夫だからね』
お姉さんの身体にぎゅっとしがみつく。涙が後から後から流れて頬を濡らして、お姉さんの肩に落ちていく。
しばらくして、ようやく落ち着いた。お姉さんはポケットから取り出したハンカチで俺の濡れた目元や頬を優しく拭ってくれた。
『私は鬼殺隊の倭柊依(やまと ひより)。あなたのお名前は?』
「…時透…有一郎…」
『有一郎くんね。こんな時間にどうしたの?』
俺は山菜を採りに来て帰る途中道に迷ったこと、そこでさっきの鬼と遭遇したことを話した。
『そう。……この辺にも鬼が出るっていう情報はまだ上がってなかったけど、警備を強化しないといけないわね。おうちはどこ?送っていってあげる』
「景信山…」
『景信山!?』
俺の答えに、柊依さんが驚いたように目を見開いた。
『じゃあ、この堂所山(どうどころやま)との境辺りまで来ちゃってたのね』
そうだったのか。だからいくら歩いても家に続く道に出なかったのか。
『…ちょっと距離があるね。ここから少し歩いたところにお宮があったから、そこで一晩休ませてもらいましょ。この暗闇の中移動するのは危険だから』
柊依さんの提案に黙って頷く。
『歩けそう?』
「…えっと…、ごめんなさい…、足に力が入らなくて……」
『そっか。いいよ。背中に乗って』
「えっ…でも。俺重いから」
『大丈夫。私鍛えてるから。さ、早く』
促されて仕方なく柊依さんの背中に乗った。
『あ、全然重くないよ。まだまだ軽い』
「ほんと?」
『うん。…じゃ、行こっか』
俺は柊依さんにおんぶされて近くの神社に向かった。
2人で手を合わせて、拝殿の中にお邪魔する。無人の神社みたいだ。
俺を中に下ろして、柊依さんは鞄から何か小さな道具を取り出した。
「…それは?」
『これはね、藤の花の香炉。鬼は藤の花を嫌うの。これを夜の間焚いておけば、鬼がもし近くにいても入って来られないの』
同じものを4つ用意して、拝殿の回廊の東西南北に設置してきてくれた。
春とはいえ、夜は冷える。
「っくしゅ……」
『寒い?』
「ちょっとだけ。でも平気」
ほんとは結構寒いのに、どうしても強がってしまう。
『有一郎くん、こっちに来て』
柊依さんが手招きしたほうに行く。とんとん、彼女がと軽く叩いたところに腰を下ろす。
ふわっ
「…あっ……」
柊依さんが自分の上着を脱いで俺に掛けてくれた。
『どう?少しはマシ?』
「でっ、でも柊依さんが寒いよ!」
『私は平気よ。女はね、脂肪を纏ってるから。大丈夫だからそれ着てて』
脂肪って言ったって。そんな太ってるわけでもなければ寧ろ華奢に見えるのに。…でも胸は大きい……。
『…ならこうしよっか』
ふわ
柊依さんが俺が今着ている上着の上に羽織っていた着物を、俺と柊依さんの身体の上から被せてきた。
『どう?』
「あったかい…。柊依さんは寒くない?」
『うん、大丈夫よ』
羽織にくるまった状態で、ぴったりと身を寄せ合う。
初対面なのに、知らない人だったのに。こんなにも安心する。
『有一郎くん、甘いものは好き?』
「え?…うん」
『これどうぞ』
鞄から取り出した何かを俺の手に乗せてきた柊依さん。
『チョコレート、っていうの。食べたことある?』
「ない。初めて」
包み紙を開き、中の小さな四角いものを口に入れる。
「!美味しい…!」
甘い味が口の中いっぱいに拡がる。
『よかった。甘いものを食べると元気が出るから』
「うんっ…。美味しい…」
なんだかほっとする。こんなにも美味しいものがあるなんて知らなかった。
『ほんとはね、もう少し苦みのあるチョコレートのほうが身体が温まっていいんだけど。今はこっちのミルクチョコしかなくて。ごめんね』
「ううん!すごく…美味しいよ」
柊依さんの優しさとチョコレートの甘さに、また少し泣きそうになってしまう。
『まだあるよ。食べる?』
「いいの?」
『もちろん。大分甘いけど、今夜は特別と思ってね』
「うん。ありがとう」
手渡されたチョコレートを口に含む。さっきは早々に噛み砕いてしまったから、今度はゆっくり口の中で溶かす。
ほっとしたらなんだか急に眠たくなってきた。
『寝ていいよ。おいで』
「…ん……」
促されるまま、俺は柊依さんの腿に頭を乗せて横になった。その上から羽織を被せ直してくれる。
あったかい。
知らず知らずのうちに疲れていたのか、俺はそのまま意識を手放してしまった。
朝になった。目を覚ますと、柊依さんが野苺を摘んできてくれていた。
『はい、どうぞ』
「ありがとう」
2人で野苺を食べる。甘酸っぱくて美味しかった。
その場を片付けて、もう一度神社の神様に丁寧にお参りしてから、俺は柊依さんと一緒に家までの道を歩いた。
道中、色んな話をした。去年両親が一度に亡くなったこと、双子の弟と2人で暮らしていること、そんな俺たちのところに最近、柊依さんと同じ“鬼殺隊”から当主の妻が訪ねてきたこと、弟が剣士になりたがっていること、俺はそれに反対しているということ。
柊依さんは静かに俺の話を聞いて、時々目が合うと優しく微笑んでくれていた。
1時間と少し経った頃、よく知った道に出た。
安堵のあまり、また涙が滲んできてしまう。
「あそこが俺たちの家だよ」
『そう。無事に送り届けられてよかった。…じゃあ、私はこれで帰るね』
「えっ!わざわざこんなとこまで連れて帰ってきてくれたんだから、上がっていってよ。お茶くらいなら出せるよ!」
慌てて柊依さんを引き止める。
『ありがとう。でも私、仕事があるから。昨夜有一郎くんと出会った辺りにも鬼が出ることを報告しないといけないし』
「でも…」
『お気持ちだけで充分よ。ありがとう。有一郎くんと会えて、お話できてよかった』
そう言ってにっこり笑った柊依さん。
忙しいなら無理に引き止めるわけにもいかないか……。
「柊依さん、助けてくれてほんとにありがとう。時間がある時にでもゆっくり遊びに来て」
『うん、そうしようかな。またね、有一郎くん』
「うん!」
柊依さんは笑顔で俺に手を振って、もと来た道を帰っていった。
ガララ
玄関扉を開けると、部屋の中にはまだ寝こけている弟の姿。
こいつ…、俺が山菜を採りに行ってる間昼寝してたな!?しかもこれ一度も起きてないだろ……!
自分がいない間、心配させたのではないかと案じていた分、拍子抜けしてしまった。少し安心した気持ちと能天気な弟に対する苛立ちに似た感情で、胸の中がよく分からないことになった。
「おい、無一郎!いつまで寝てるんだ!さっさと起きて朝飯の準備を手伝え!」
弟の耳元で大きな声を出して叩き起こす。
それでも相手はなかなか目を覚まさず、それから3回程同じようにして、やっとの思いで無一郎を起こしたのだった。
続く
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!