テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
521
51
「……まだ言えないよ。」
屋上でつぶやいた悠真の声は、夜風に溶けて消えた。
◇
翌日。
珍しく体調がよかった俺は、病院の中庭をゆっくり歩いていた。
ベンチに座ると、少し遅れて悠真が走ってくる。
「ごめん!待った?」
「全然。」
息を切らしながら笑う悠真は、昨日のことなんて何もなかったように明るかった。
「今日ね、いいもの見つけたんだ。」
そう言って、一枚のチラシを差し出す。
そこには大きく書かれていた。
『○○市 夏祭り・花火大会』
「来月あるんだって!」
悠真は目を輝かせる。
「病院からも少し見えるらしいけど、できれば近くで見たいな。」
「……近くで?」
「うん。」
「湊と。」
その一言に、胸が高鳴る。
でも、すぐに現実が頭をよぎった。
来月。
その頃、俺の体はどうなっているんだろう。
外出なんて、できる保証はない。
「無理かも。」
思わず口にすると、悠真は首を横に振った。
「無理かどうかは、その時決めようよ。」
「でも……。」
「約束だけして。」
真っすぐな瞳だった。
希望を信じている人の目だった。
俺には、その眩しさが少し苦しかった。
「……もし行けたら。」
「うん!」
「一緒に花火見よう。」
そう言って悠真は、小指を差し出す。
「また指切り?」
「約束は大事だから。」
少し笑ってしまう。
「……分かった。」
小指を重ねる。
「約束。」
二人の指が離れた、その瞬間だった。
「ゴホッ……!」
突然、悠真が激しく咳き込む。
「悠真!?」
慌てて背中をさする。
「だ、大丈夫……。」
そう笑うけれど、その笑顔は苦しそうだった。
「本当に?」
「ちょっとむせただけ。」
そう言って立ち上がる。
だけど、一瞬だけ見えた。
ハンカチを握る手が、小さく震えていたことを。
そして、その白い布に、赤い染みがついていたことを。
「……え。」
見間違いだったのかもしれない。
そう思いたかった。
悠真は慌ててハンカチをポケットへしまうと、いつもの笑顔を作る。
「ほら、暗くなる前に戻ろ!」
「……うん。」
歩き出す悠真の背中を見つめながら、胸がざわつく。
あの日。
診察室の前で見た、あの暗い表情。
今日の咳。
そして、赤く染まったハンカチ。
全部が一本の線でつながるような気がした。
――悠真も、何かを隠している。
病室へ戻ったあとも、その考えは頭から離れなかった。
窓の外では、夕焼けが空を赤く染めている。
俺は知らなかった。
あの「花火を一緒に見る」という約束が、二人にとって何よりも大切な願いになっていくことを。
コメント
10件
神様このふたりに幸せを与えてくださいよ、
うわああ第8話読み終わったよ〜!!😭💦💦 花火の約束、指切りシーンめっちゃ尊くて泣きそうになったんだけど!?悠真くんの「約束だけして」って言葉がもう、希望と不安がぎゅって詰まってて切なすぎる…。それなのに最後の咳と赤い染みで全部ひっくり返されたよ…二人とも何か隠してる感じ、心臓ぎゅうってなった…続きが気になりすぎる〜!!😢💖