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◻︎母からの手紙
1人になって、トボトボと歩く。
道を行き交う人達はみんな幸せそうに見える。
____私はこれからどうすればいいのかな…
そうだ、樹は大丈夫だろうか?
私は私のことしか考えていなかったことに、ハッとした。
これでは、あの人《貴》と同じだ。
慌ててスマホを出して電源を入れたら、そのタイミングで電話があった。
発信者は和馬、会社の独身寮に住んでるたった1人の弟だ。
『もしもし?姉ちゃん?俺だけど』
「オレオレ詐欺みたいな掛け方だね、久しぶり!」
『元気だった?』
「うん、そっちは?」
『まあ、相変わらずだよ。あ、そうそう電話したのはさぁ…お母さんからもらった袋を整理してたらさ、姉ちゃん宛の手紙みたいなのが出てきたんだよ。それを渡そうと思ってさ』
「手紙?」
『うん、お母さんが書いていたんだよ』
____さっき、お母さんに話したいと思ったことが通じたみたい
「ね、今からそれ取りに行っていい?」
『いいけど、結構遠いよ?』
「それがそんなこともないんだよなぁ…30分くらいで行くから、寮にいてね」
『なんだ、近くにいるのか、わかった、待ってるから』
母は体調を崩してから入退院を繰り返していた。
何度目かの退院の時に、身の回りを整理するからといろんなものを捨てていた。
また入院するという前日に、紙袋に細々したものを入れて和馬に預けていたことを思い出した。
その袋の中に手紙があったということらしい。
____お母さん、ちょうど話がしたかったんだよ
結婚して、樹が生まれた日にお祝いに来てくれた弟の和馬。
それからは会っていなかったと思い出した。
寮の門を入ると玄関に、和馬の姿が見えた。
「きたきた!姉ちゃん、久しぶり」
「電話ありがとうね」
「うん、さっき見つけたんだよ、これね」
真っ白な封筒の表に『裕美へ』とだけ書いてある。
その筆跡は弱々しくて、やっとの思いで書いたのだろうと想像できた。
「和馬にもあったの?」
「うん、俺には、これと一緒にね」
そう言ってポケットから取り出したのは、お母さんが大事にしていたエメラルドの指輪だった。
「これをリメイクして、お嫁さんになる人にあげてね、だってさ。俺、彼女に婚約指輪も買えない男だと思われてたみたいだわ」
「いいじゃない?お母さんのって言うとちょっと引かれるかもしれないから、リメイクして買ったことにしたら?」
「ま、そんな時が来たら、そうするわ。で、姉ちゃんにはなんて?」
「うん、ちょっと待って」
私は封筒をそっと開けて、中の手紙を取り出した。
表書きと同じように、その手紙の文字も弱々しかった。
最後の退院の時だったのだろう。
自分の死期を悟ってこれを書いたのだろうか?
『裕美へ。色々迷惑かけたね。ごめんね、ありがとう。お母さんは裕美と和馬がいてくれて幸せでした。
裕美、あなたはこれまで失敗しないように迷惑をかけないように生きてきたよね?それはお母さんのせいでもあるんだけど。
そろそろ自分が思う通りの生き方をしてもいいと思います。
お母さんは離婚して苦労したことのほうが多かったけど、結婚したことは不幸じゃなかったよ。
結婚しなかったら裕美と和馬には会えなかったんだからね。
これから先、誰と結婚してどんな人生を歩むことになるかわからないけど、あなたのその結婚が幸せだったのか不幸だったのか、それはもっとずっと先にしかわからないことだから、簡単に結婚を諦めないでね。
そして、人生を楽しみながら生きていってね。
あなたがこれから色々悩むかもしれない時に、そばにいられなくてごめんね。
でもきっと裕美なら、自分らしく生きていける、そう思うからお母さんはそんなに心配してません。
いままでありがとうね』
____お母さん…私はお母さんにありがとうって言えてないよ
いいんだよ、そんな声が聞こえた気がした。
「お母さん、ありがとうって…」
「俺のにも書いてあった、和馬ありがとうって。もっといろんなことしてあげとけばよかったと今更思ったよ」
「でも、お母さん、幸せだったと書いてくれてるからホッとしたよ」
「だな!まぁよかったよ」
「これ、持って帰るね、ありがとうね」
「うい、またな!」
お母さんからの手紙を大事にバッグにしまった。
なんとなく、道筋が見えてきた気がした。
____ありがとう、お母さん