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気づけば、生活は始まっていた。
廃墟の地下深く。
そこには、人間の世界とは別の空間が存在していた。
赤い提灯。
古びた畳。
鬼たちの集落。
だが意外にも、襲われることはなかった。
朧たちは湊を丁重に扱った。
食事も与えられる。
傷の手当てもされる。
そして何より――。
あの鬼が、異様なほど優しかった。
言葉は少ない。
だが湊が怖がれば距離を取る。
眠れば毛布を掛ける。
食べ物も、必ず湊の好みを覚えて持ってくる。
まるで本当に、“夫”のように。
最初は恐怖しかなかった。
逃げようともした。
だが地下迷宮のような構造のせいで出口は見つからない。
逃げた先には化け物もいる。
結局、朧の元へ戻るしかなかった。
そして数ヶ月後――。
湊の腹は大きく膨らんでいた。
人間ではあり得ない。
だが現実だった。
朧は毎日、腹へ耳を当てて嬉しそうにしている。
湊はその姿を見るたび、複雑な気持ちになった。
怖いはずなのに。
化け物のはずなのに。
なぜか嫌いになれない。
そして冬の日。
二人の子供が産まれた。
小さな角を持つ、双子。
女の子と男の子だった。
泣きそうなほど嬉しそうに笑う、“父親の顔”だった。
湊は呆然とその顔を見つめる。
こんな顔、できるんだな。
そう思った。
――――――――
それから数年。
湊は鬼の世界に慣れていた。
子供たちは元気に育ち、朧は相変わらず無口だが優しかった。
もう人間の世界へ帰りたいと思うことも減っていた。
そんなある夜。
家の奥で、古びた電話が鳴る。
リン――……リン――……
嫌な予感がした。
朧も動きを止める。
主人公はゆっくり受話器を取った。
『あ、お久しぶりです〜♪』
聞き覚えのある声。
全身が凍る。
あの司会者だった。
『次回の試験日が決まりました』
明るい声で続ける。
『なので今度は、貴方に参加をお願いしまーす♪』
湊の手から血の気が引く。
『次の花嫁候補、探さないといけませんからねぇ』
電話の向こうで、誰かの悲鳴が聞こえた。
ブツッ。
通話が切れる。
静まり返る部屋。
湊はゆっくり振り返る。
朧は黙ってこちらを見ていた。
そして。
初めて、悲しそうな顔をした。