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【アルヴィン視点】
肩にかかる、羽のように軽やかで、けれど僕の理性を容易く揺さぶる重み。
そこから伝わってくるエマちゃんの熱に
僕の心臓は制御を失い、喉から飛び出しそうなほど跳ね上がるのを止められなかった。
「……エマちゃん。まだ気分が悪いかな。お水、飲もっか」
僕は震えそうになる右手を必死に抑え、手元にあったクリスタルのグラスを片手に
なんとか守護者としての冷静さを保とうと声を絞り出した。
本当は、今すぐにでも彼女を壊れるほど強く抱きしめて
「誰にも見せたくない、誰の手にも触れさせたくない」と、醜い独占欲を叫びたかった。
昼間、あのカイル伯爵が彼女の手に口づけを落とした瞬間
僕の中で大切に守ってきた「幼馴染」という名のダムが、音を立てて崩壊するのを感じたからだ。
けれど、今の彼女はひどく無防備で、触れれば消えてしまいそうなほどに儚い。
僕が理性を取り戻し、彼女を守らなくてはならないのに。
「ん……っ、アルくん……。……すき」
熱に浮かされたような、掠れた、けれど確かな呟き。
僕の袖を掴む彼女の細い指先にぐっと力がこもり、離してくれなくなる。
心臓が、耳の奥で警鐘を鳴らすようにうるさく脈打つ。
エマちゃんは完全に無意識なのだろう。
酔いと魔力の乱れのせいで、心の奥底に沈めていた本音が零れ落ちているだけ……?
だとしたら、エマちゃんは本当に、僕のことを一人の男として好きになってくれているのだろうか。
(いや、ダメだ。今のエマちゃんに、きっと意識はない。……期待してはいけないんだ)
分かっているのに、僕の中の飢えた独占欲は
その甘い一言に狂喜乱舞し、理性を食い破ろうと暴れだす。
「……エマちゃんってば。だいぶ、酔ってるよ」
精一杯の「いつもの僕」を装って、僕は静かな、どこまでも平坦なトーンで言い聞かせる。
けれど、潤んだ瞳でとろんと見つめられ
その小さな体温を預けられると、長年かけて築き上げてきた守護者としての仮面が
パラパラと無残に崩れ落ちていくのが分かった。
このままでは、僕が僕を制御できなくなる。
一線を越えてしまう。
彼女の意識を、少しでもいいから現実へ引き戻さなくては。
僕は手に持ったグラスの水を一口、自分の口に含んだ。
そして、驚いて大きく目を見開く彼女の唇に、逃がさないようそのまま自分の唇を重ねた。
「ん……っ!?」
驚愕に震える柔らかな唇の感触とともに、冷たい水が彼女の口内へと流れ込んでいく。
一瞬の、けれど永遠のように長く感じられる密着。
唇を離すと、エマちゃんは顔を爆発しそうなほど真っ赤に染め
とろんとした瞳をさらに大きく見開いて僕を見上げていた。
「アル、くん……?え、わ、私……今…」
「……エマちゃん。男のこと……いや、僕のこと、煽りすぎだよ」
自分でも驚くほど、低く、獣のような熱を帯びた声が出た。
今すぐ彼女をベッドに押し倒して
二度と「他の男と踊りたい」なんて口にできないようにその身も心も僕の色に塗りつぶしてやりたい。
そんな凶暴な衝動を、奥歯が軋むほど噛み締めて抑え込む。
僕のそんな内なる葛藤を知ってか知らずか
エマちゃんは限界に達したようにふらりと揺れると、僕の胸にコテリと頭を預けてきた。
静かな部屋に、規則正しい寝息が聞こえ始める。
……寝てしまったのか。この状況で。
「……はぁ…もう、どうしたらいいんだ、僕は…」
僕は理性の限界を悟り、天を仰いで両手で顔を覆った。
自分に「落ち着け、相手は病人だ。お酒のせいだ」と何度も、呪文のように言い聞かせる。
僕は熱を持った彼女の体を、世界で一番価値のある宝石を扱うようにそっとベッドに横たわらせ
胸元までしっかりと布団をかけた。
これ以上ここにいたら、騎士としての誓いも
幼馴染としての形骸化した優しさも、すべてゴミ箱に捨ててしまいそうだ。
僕は逃げるように、執務室の重い扉を後にした。
閉ざされた扉の向こう側で、一人
いつまでも冷めない熱と、疼くような独占欲を抱えたまま。
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